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ルーヴル - DNP ミュージアムラボ「スペイン絵画に関する鑑賞」システムレポート
栗栖智美
2013年08月01日号
2013年7月3日、パリ・ルーヴル美術館で、当美術館とDNPによるミュージアムラボ第3弾のレセプションが行われた。
ルーヴル - DNP ミュージアムラボとは、2006年から始まったルーヴル美術館と大日本印刷(DNP)による共同プロジェクトである。1998年にルーヴル美術館内に設置されたマルチメディア情報検索スペース「サイバールーヴル」をDNPが協賛して以来、美術館公式ウェブサイトの日本語版制作支援などを通して両者は友好関係を築いてきた。ミュージアムラボは、新しい美術鑑賞のあり方を提案する共同プロジェクトで、ルーヴル側が作品と作品に関する学術情報を提供、DNP側は多言語で利用可能な最先端技術や情報加工技術を駆使したシステムの開発という相互関係のもと実現したプロジェクトである。
今回お披露目された第3弾のシステムは、ドゥノン翼2階のスペイン絵画展示室に設置されている。スペイン絵画の大作が並ぶ展示室26と、隣接する展示室25に置かれたタッチパネルスクリーンだ。
まず、展示室25にある大きなスクリーンでは、ルーヴル美術館におけるスペイン絵画コレクションの歴史を見ることができる。17世紀から現代までを12の時代に分けたインタラクティブな年表で、5世紀にわたる変遷史と各時代の情報閲覧が可能だ。現在180点以上のスペイン絵画を収蔵しているルーヴルだが、絵画の情報はもちろん、その意味やエピソード、取得時期、各時代の展示場所まで、鑑賞者が知りたいと思うことが瞬時にわかるシステムだ。
例えばルーヴル(宮殿)に飾られた最初のスペイン絵画はベラスケス作の《王女マルガリータの肖像》で、ルイ14世の母、スペイン出身のアンヌ・ドートリッシュの浴室に飾られたというエピソードがこのスクリーンを数回タッチするだけで知ることができる。あどけない顔の王女マルガリータの肖像は有名だが、このタッチパネルの前にいると知らなかった情報を楽しく得ることができ、どのようにこれだけ多くのスペイン絵画をコレクションするに至ったか視覚的にわかるのである。
一方、巨大な26展示室の中央に設置されたタッチパネルは4台。ゴヤ、グレコ、ムリーリョ、リベラ、スルバランといった主なスペイン画家とその作品、そして「肖像画のジャンル」「静物」「貧者」「修道会」といったスペイン絵画を読み解くうえでキーワードになってくる主題が用意されている。
例えば、同展示室にあるホセ・デ・リベラの《エビ足の少年》。これは、他国の同時代の絵画でもお馴染みの宮廷の肖像画でも静物画でも宗教画でもなく、「貧者」をモチーフにしている。ムリーリョの《乞食の少年》もしかり。ここで鑑賞者は「貧しい人を描くのはなぜだろう?」と思うかもしれない。そこでこのタッチパネルを利用すると、当時の社会の現実であり、托鉢修道会の強い影響力、そしてピカレスク(悪漢物語)文学の背景のもと、17世紀以降のスペインで流行った主題だということがわかる。さらに《エビ足の少年》が手に持った紙に書かれた〈DA MIHI ELIMOSINAM PROPTER AMOREM DEI〉という文字の意味もラテン語で「神のお慈悲として、私に施しを与えたまえ」ということだと知ることができる。展示してある絵画だと遠すぎたり光の具合で見えにくい場所も、細部を見たければ簡単に拡大したり前後左右に動かしたりできるのも嬉しい機能である。
鑑賞者がふと疑問に思うことをパっと検索して納得することができる──これは、世界中から年間900万人もの来客を迎えるルーヴル美術館学芸員たちの長年の現場の経験と、人間工学に基づいた使いやすい仕様や日本の最新テクノロジーを知り尽くしたDNP開発チームの技術力の見事なマリアージュと言えよう。
実際、夜間営業中のルーヴルでは、多くの鑑賞者がその日スタートしたばかりのシステムを利用していた。日本語、フランス語、英語、スペイン語と当美術館を訪れる観光客をおよそ網羅できる4カ国語に切り替えられ、スマートフォンと同じように使えるため、老若男女、世界中からの鑑賞者が取扱説明書もなしに簡単に楽しみながら使っていた。有料オーディオガイドを持ち運ばずにすみ、展示室に用意された学術的な長文解説パネルを読まなくても、好きなときに好きなだけ知りたい情報を得ることができるこのシステムは、時間の限られた観光客には最適だと言える。
実は、ルーヴル美術館には2011年6月工芸部門に、セーヴル磁器の製作過程、用途など工芸品ならではの鑑賞方法を提示するタッチパネル、2012年6月には古代エジプト美術部門の展示室にエジプト独特の世界観や美意識を理解したり、エジプト墓碑などに刻印された文字や絵を読み解くためのシステムがすでに導入されている。毎年1テーマずつ設置され好評を博しているこのミュージアムラボは、来年、古代ギリシア・エトルリア・ローマ部門の《ミロのヴィーナス》のある常設展示室にも導入されることが決定している。
ミュージアムラボは、ルーヴル美術館の設置に先駆けて、DNPの東京・五反田のスペースでルーヴルからやってきた作品とともに体験できる企画展を開催して来た。今回のスペイン絵画のシステムに関しては、2012年4月から10月にかけて日本初公開となったゴヤの《青い服の子ども》と鑑賞システムが8種展示された。
現在も、2014年にルーヴル美術館に設置予定の古代ギリシア美術をめぐる展示が行われている。日本にいる人もパリに旅行する予定の人も、ルーヴル美術館とDNPが共同開発している「見る」「知る」「感じる」新しい美術鑑賞法を是非体験してみてほしい。
ルーヴル - DNP ミュージアムラボ第10回展
「古代ギリシアの名作をめぐって ─ 人 神々 英雄」