2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

トピックス

Fête du graphisme 2015 グラフィックデザイン・フェスティバル2015 レポート

栗栖智美

2015年02月15日号

 2015年1月7日より、パリ市庁舎、アーティスト・レジデンスがあるcité des artsギャラリー、シャンゼリゼ大通りやデザインやマルチメディアの学校など、パリ各所でグラフィックデザイン・フェスティバルFête du graphisme 2015が開催されている。


パリ市庁舎の展示会場

表現し続けるまち、パリ

 1月7日といえば、風刺新聞社シャルリー・エブド襲撃事件があった日。この事件は、他者との差異を言論や表現を通して理解し共存してきたフランス人のプライドが、圧倒的な暴力によって瞬く間に踏みにじられた、屈辱的な出来事だった。続く370万人が参加したフランス全土での追悼集会、インターネット上でのJe suis Charlieの拡散は、単なる表現の自由の叫びだけにとどまらず、フランス人のアイデンティティの再確認という側面もあった。
 Fête du graphisme 2015コミッショナーたちも、この事件を受けていち早く、国内外のグラフィックデザイナー、イラストレーター、アーティストたちに呼びかけてJe suis Charlieへのオマージュ作品を募集することを決定。事件後5日で700を超える応募があり、作品の一部はホームページFacebook上および、マルセイユの会場で展示されている。
 シャルリー・エブド襲撃事件によってフランス人が受けた傷跡はあまりにも深い。表現を生業とするアーティストたちにとってはなおさらだ。事件の恐怖に沈黙するのではなく、表現し続けなくてはならないという強い使命を感じたに違いない。

 不幸な事件によって幕開けしたFête du graphisme 2015であるが、参加者たちもまた、表現に対する決意を新たにし、結束力を高め、昨年以上に盛り上がっているように思う。会期中はパリ中で展覧会、上映会、講演会、コンサート、ワークショップ、パーティーが盛んに行なわれ、作品の一部はパリの街角でも展示されている。


パリ市庁舎「パリはシャルリー、われわれはシャルリー」と掲げられている。

Utopies & Réalités:ヘニング・ヴァーゲンブレットと永井一正のポスター展

 メイン会場となっているCité internationale des artsでは、3つの展覧会を同時開催。
 「Utopies & Réalités」と題された展示は、世界的に有名なグラフィックデザイナーであるヘニング・ヴァーゲンブレットと永井一正のポスター展。


ヘニング・ヴァーゲンブレットによるベルリン・ジャズ・フェスティバルのポスター


 ヴァーゲンブレットはドイツを代表するアーティストで、人物や動物、機械、文字などを独特なタッチで描き、カラフルな色彩と卓越した構成力で画面一杯に配置する、表現主義的ともいえるスタイルを確立している。物語があり、ユーモアに富んで生き生きとした画風はコミックス、本、ポスター、新聞、雑誌、アニメーション、ステージデザイン、CDジャケット、切手に採用され、多くの人々に親しまれている。当展示では、ベルリン・ジャズ・フェスティバルのポスターや個人プロジェクトのポスターなどでその世界観を堪能できる。


永井一正のポスター。80年代後半からのライフワークとなっているLifeシリーズより

 二人目の招待作家は、日本デザイン史を語るうえで欠かせない永井一正。1971年札幌冬期オリンピックのシンボルデザインをはじめ、アサヒビールや東京電力のロゴをつくった人物だ。初期の幾何学模様を多用したポスターは、抽象のなかに宇宙の摂理を表現したスケールの大きなスタイルが特徴である。その後の、意匠化され無駄な線や形が削ぎ落とされた上野動物園のポスターにおいても、有機的で繊細な手描きの線の重なりによって描き出されるLifeシリーズのポスターにおいても、森羅万象への愛や地球環境への問題提起、命の尊厳など一貫したメッセージが受け取れる。抽象から具象へ、シンプルさからリアリティーと独創性溢れる画風へと、いろいろなスタイルの作品が一堂に会す。いずれの作品にも、たった一枚のポスターに強いメッセージが込められていて、ポスターデザインの凄みを感じずにはいられない。
 この二人は対照的な画風でありながら、グラフィックデザイナーに必要な公共性と、アーティストとしての芸術性を兼ね備えている点で共通する。ともに、企業からの依頼作品と同じくらい、自身のアートワークにおいても成功している。まさに現実世界にユートピアを実現できたグラフィックデザイナーなのである。
 なお、会期終了後、永井一正のポスター作品は、公益財団法人DNP文化振興財団より、フェスティバルの協賛団体、ADPRGへ寄贈される。

We Love Books! A World Tour in Paris



 続く展示は、世界中から集められた450冊ものアートブックの展示だ。画集から文庫本まで、中身が見られないのが残念だが、巧妙な仕掛け本や、表紙のタイポグラフィー、絵、写真の構成の美しいもの、デザイン的に興味深い本がずらりと並ぶ。本は書かれている内容に重きをおきがちだが、外観の洗練さにおいても人を惹きつけることができる。さながら一枚の絵画作品のように、近づいたり離れたりして注意深く鑑賞している人もいた。

Underground. Revues alternatives, une sélection mondiale de 1960 à aujourd’hui



 このギャラリー最後の展示は、1960年代から今日までのオルタナティブな出版物の数々。コミックス、フリーペーパー、同人誌、雑誌、写真集、デザイン本、自費出版、カード、ポスター、ありとあらゆるサイズの印刷物が集められている展示は圧巻だ。欧米諸国はもちろんのこと、日本、エクアドル、フィンランド、南アメリカ、コロンビア、トルコなどの作品もあり、印刷方法もコピー、オフセット印刷、ゼログラフィー、スクリーン印刷、版画など多岐にわたる。描かれるモチーフや特集として取り上げられるテーマ、写真や絵など、年代によって、地域によって特徴が出るのが面白い。昔のデザインが古臭いこともあれば、斬新にうつるものもあり、壁中に埋め尽くされたさまざまな印刷物は、長い年月を経て、デザイン史的に貴重な証人となっている。日本からも『ガロ』をはじめアンダーグラウンドな同人誌がいくつか出品されており、マニアックな選出と広範囲な地域からの出品に、来場者も懐かしさと興味深さが交錯して、長時間見入っている人が多かった。膨大な作品群に共通するのは、ほとばしるつくり手の情熱や主張だ。出版社を通すことができなくても、それでも表現をしたいと熱望する人たちのエネルギーが詰まった展示室では、老若男女が作品の一つひとつを丁寧に見ていたのが印象的だ。

Ailleurs. Les alliances françaises s’affichent



 展示ギャラリーの隣の公園の柵には、ずらっとポスターが野外展示されている。アリアンス・フランセーズ財団という、世界140カ国で語学学校などを経営している組織が、各地のアーティストや美大生に呼びかけて、その土地を表現するポスターを募ったのだという。お国柄が一目でわかるもの、デザインと土地の特色がうまい具合に調和した完成度の高いポスター、おそらく若い学生が描いたであろう未熟な作品、玉石混合で、道行く人も足を止めていろいろと語り合っている。

Célébrer la Terre


日本からも永井一正をはじめ3名のデザイナーが選出されている

 パリ市庁舎では、世界中から選ばれた39人のグラフィックアーティストの作品が展示されている。2015年12月に行なわれる、国連気候変動パリ会議(COP21)のために依頼したもので、「地球を祝福する」がテーマだ。温暖化対策や地球環境の整備を目的とした会議のポスターとあって、地球、太陽、動植物、水、緑、人間をモチーフにした作品が多い。ここで展示されている全作品はシャンゼリゼ大通りと、パリ市内の1,700カ所のバス停の広告スペースにも展示されている。


パリ市内のバス停広告スペースでの展示


 今年で二回目となるfête du graphisme 2015。文化通信省の後援でパリ市が主催している本フェスティバルは、雑誌やラジオで取り上げられてはいたが、まだ多くの人に知られたイベントではない。だが、広告ポスターなどを公共施設に掲示するJCDecaux社の協力もあって、出展作品は通常の広告ポスターにまぎれて、パリのあちこちで自然と目にされている。
 展示会場でじっくり作品を見ると、一枚のポスターや本の表紙から、強いメッセージや熱い感情が溢れ出る印象深いものばかり。それでいながら、そのメッセージは決して攻撃的ではなく、押しつけがましくもなく、受け手に考えるきっかけを与える。町に溢れる広告のなかで、ハっと気を引き、何かを思索させてくれるものこそ、優れたグラフィックデザインなのだろうと思う。画に人を惹きつける魅力と懐の深さがあり、それを前にして私たちは共感することもあれば、自分にない思考と対峙することもある。
 異なる意見でもお互いに認め合うのは、フランス人の得意とすることである。さまざまな表現手段に寛容なフランス人にとっては、あらゆる表現の自由はもっとも守られるべきことのひとつ。冒頭に言及した事件で彼らが身に染みて思ったのは、ペンは剣より強くなくてはいけない、ということだろう。事件へのオマージュとして本フェスティバルに応募した作品を見ながら、ペンによって人類が尊重して暮らせる日が来ることを願わずにはいられない。



Fête du graphisme 2015 主な展示

http://www.fetedugraphisme.org

Utopies & Réalités/We Love Books! A World Tour in Paris/Underground. Revues alternatives, une sélection mondiale de 1960 à aujourd’hui

会場:Cité internationale des arts
住所:18 rue de l’Hôtel de ville, Paris 4e
会期:1月16日〜2月8日まで

Ailleurs. Les alliances françaises s’affichent

会場:Cité internationale des arts/隣の公園の外柵
住所:18 rue de l’Hôtel de ville / rue des Nonnains d’Hyères, Paris 4e
会期:1月16日〜2月8日まで

Célébrer la Terre

会場:À Paris Rendez-Vous(Hôtel de ville de Paris[パリ市庁舎]内)
住所:29 rue de Rivoli, Paris 4e
会期:1月16日〜3月4日まで

会場:Champs-élysées(野外展示)
会期:1月21日〜2月4日まで

会場:パリ1,700カ所のバス停(週替わり)
会期:1月7日〜2月17日まで

  • Fête du graphisme 2015 グラフィックデザイン・フェスティバル2015 レポート

文字の大きさ