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Withコロナ時代の美術館を取り巻く状況調査

坂口千秋(アートライター)

2020年11月15日号

artscape編集部は、全国の美術館博物館を対象に、2020年8月25日から10月8日までの間「Withコロナ時代の美術館を取り巻く状況調査」というアンケート調査を行なった。収束の兆しがないまま長期化する新型コロナウイルスの状況は、どのような影響を美術館運営に及ぼしたのか。模索を続ける美術館の現状を、アンケート調査の結果をもとに探る。

Withコロナ時代の美術館を取り巻く状況調査
実施期間:2020年8月25日から10月7日まで
対象:artscape「ミュージアム・データベース」登録の全国の美術館・博物館 約1,200館
調査形態:webアンケート用URLをメールにて送信
回答数:56件

コロナ禍を契機としたさまざまな影響について


新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2月末から全国の美術館が次々と休館した★1。回答を得た56館中54館がコロナ下で休館を経験した(うち1館は休館中)。開館していた2館も制限付きで、「通常どおり開館した」と答えた館はひとつもなかった。

休館した館の約40%が「開催中の展覧会を中止」または「開催予定の展覧会を中止」した。「開催予定の展覧会を延期」は60%を越えた。さらにワークショップやギャラリーガイドを中止した館は90%以上で、教育普及的な館内プログラムが特に大きな影響を受けたことがわかる。

感染症予防対策について




5月25日に緊急事態宣言が全国で解除される前に、再開へ向けた文化施設の感染症予防対策ガイドラインが政府や諸機関から発表された。再開にあたって、どのガイドラインを参考にしたかという設問には、日本博物館協会のガイドラインが85%以上、ついで自治体の発表したガイドライン66%と多かった。さらに「他館の取組をニュースで知って参考にした」「他館から情報をもらった」など、複数のソースを参考に対策を行なったことがうかがえる。入場者数の制限、観客動線の変更、ソーシャルディスタンス対策などは高い率で実施された。入館者の個人情報の取得は64%が実施したが、入館者からの抵抗もあるという意見も聞かれた。

タッチレス、コンタクトレス対策の実施状況

文化庁は「令和2年度文化芸術振興費補助金」のうち「文化地施設の感染症予防対策事業」として、美術館博物館の感染防止や業務再開に伴う環境整備、空調設備の改修、時間制来館者システム導入事業などの経費を一部助成する制度を立ち上げ、美術館博物館を支援した。感染予防対策として、三密状態や接触を避けるタッチレス、コンタクトレス対策の実施状況を見てみる。




入館時に「予約制を導入した」と答えた館は14%。「オンラインによるチケット販売を実施した」館も10%にとどまり、「やりたいが課題がある」と答えた回答者もそれぞれ10%にすぎない。予約制もオンライン販売も「導入する必要性を感じない」という回答は55%を越えた。コロナ以降、予約制やオンラインでのチケット販売が広がった印象があったが、実態は異なるようだ。

その理由は、やはりコストの問題と答えたところが多い。「予約制をとったとしても、電子チケットの発券とタッチレス入場のシステムまで揃えて導入出来なければ、受付業務の煩雑化につながる」という意見もあった。実際、予約制は行く側にとっても少々億劫だ。事実、予約制にすることで来館者の足が遠のくことを危惧する声もアンケートでは聞かれた。結局、予約制をとるかわりにスタッフが入場制限を行なったり、消毒を頻繁に繰り返すなどして、スタッフが館内の三密対策をまかなっている、というのが現状だろう。

一方、「キャッスレス化を実施した」は、「検討中」とともに26%、「来館者のスマートフォンを活用した情報提供サービス」は、実施こそ15%と少ないものの、40%近くが「やりたいが課題がある」と答えた。wifi環境やシステムの未整備、セキュリティ問題、人手不足などが課題に挙げられた。

また、オンライン予約によって時間あたりの入室上限数を設定したところ、混雑はおおむね緩和されたが、入場者数は著しく減少したという館もあった。入場者数の減少については多くの回答者も指摘しており、コロナ禍の長期化によってさらに深刻化する恐れがある。一方で、混雑が緩和されたことによって鑑賞の質があがったという感想も聞かれた。美術館運営と鑑賞体験の今後を探るうえでも、入場者数と鑑賞体験の相関について詳しい検証が待たれるところだ。

オンラインコンテンツの開発の加速

コロナ禍での休館以降、さまざまなコンテンツの動画配信が加速し、コロナ後の新フィールドとして注目されている。オンライン動画配信について、①企画展/特別展の紹介、②所蔵品の紹介、③作家インタビューおよび学芸員による解説、④イベント、という4つのカテゴリーごとの実施状況を聞いた。



どのカテゴリーも「実施した、あるいは検討中」が半数以上であり、動画配信への高い関心が見て取れる。最も多かったのが企画展/特別展の紹介、ついで作家のインタビュー。これまで館内で行なっていたギャラリートークなどのイベントが中止となり、オンラインに移行したと考えられる。以下は、アンケートの結果をもとに個別取材したオンラインコンテンツについての聞き取り結果である。

広島市現代美術館では、臨時休館中の3月28日、特別展「式場隆三郎:脳内反射鏡」を紹介する「おうちで式場展」を公開。再開後は、来館者が動画を事前に見ていたことで展覧会への理解が深まり、より丁寧で深い鑑賞になった印象を受けたという。



広島市現代美術館「おうちで式場展」


同館では、このほかに、無人の館内を撮影した「無観客美術館」シリーズ(4月8日公開、計4本)、家でできるワークショップ動画「おうちツキイチ・ワークショップ」(4月23日より10月末日現在まで計8本公開)など、積極的にオンラインを活用中だ。

京都芸術センターは、京都市とも連携し、日頃から地元小学校へダンス等の出張ワークショップを行なっていたが、休館中はダンスのワークショップ動画を配信した。館内で行なっていたアーティストトークを動画に変更してオンラインで配信(「おうちでアート」)、再開後に開場前のモニターで流したところ、好評だったという。日時や距離に制限されずアクセスが可能で簡潔にまとめられたアーティスト動画は、その手軽さも含めて、今後も新たな普及活動として実施を検討したいという★2



京都芸術センター「おうちでアート」


また、青森の三沢市寺山修司記念館は、毎年5月4日に修司忌を開催し、来場者に花をたむけてもらっていたが、今年は関係者のみで行ないその模様をオンラインで動画配信した。また、献花のかわりにTwitter #修司忌2020で花の写真を募集してそれをプリントアウトして展示し、好評だったという。寺山修司が観客を演劇作品のなかに巻き込む演出をしていたこととつながるのではないか。オンラインとリアルな空間での展示がリンクしていることも意識しながら企画を考えているそうだ。



三沢市寺山修司記念館で展示中のTwitter等による献花


急速に広まるオンラインコンテンツは、新しさゆえにその効果も手法もまだ発展途上だ。アンケートでも、専門スタッフの不在、作品の著作権問題、主体団体の制度上の問題といった課題が指摘されたが、オンラインを活用した新しい教育普及活動への関心は高かった。

また、他館のオンラインコンテンツの取り組みでよかったものとして複数の人が挙げたニコニコ美術館については、以前キュレーターの田中みゆき氏が「例外状態で鑑賞がもたらす意味──ニコニコ美術館で観る『ピーター・ドイグ展』と絵字幕版『うたのはじまり』」という記事をartscapeに寄稿している。鑑賞者との新しい関係創出の可能性を考察した興味深い内容で、ぜひ一読をおすすめしたい。

今後の展開への期待と課題

最後に、Withコロナの美術館/博物館のあり方と課題について自由記述を依頼したところ、たくさんのコメントが寄せられた。  美術館とオンラインに関しては、次のような意見が多かった。美術館の臨場感はかけがえのない体験であり、今後も足を運んでもらうために、リスクを下げながら体験の満足度を上げることが重要。同時に、オンラインコンテンツの充実を図ることも必要で、さらにその効果を可視化することも、特に予算が削減される中では必須の課題である。

また、地域のなかでの美術館という視点も強調された。インバウンドや観光客が中心だった美術館では、地域住民に向けた企画や広報の展開が新たな課題になっている。また、課外学習の休止により子どもの鑑賞体験が減っているなかで、学校等の関係各所と連携した教育普及活動に期待を寄せる声もあった。

また資金力やマンパワーのない美術館でも低額で利用できるスタンダードな音声ガイドや展示解説サービスのアプリを開発してほしいという意見は、来場者側にとっても魅力的なサービスだ。実現に向けての模索の必要性と展開の可能性をおおいに感じる。

数値だけでは見えない多様な意見、そして厳しい状況下でも美術館の使命を考える姿勢に、ポジティブな力強さが感じられた調査結果だった。美術館が原点を見つめ直し、今できることをひとつずつ実践していく、そういう時間はまだしばらく続くだろう。その際に、お互いの体験を共有し、意見を交換しあう場やネットワークの存在が、今後ますます重要になってくるのではないだろうか。


★1──artscape「アートフラッシュニュース|新型コロナウィルス感染にともなう各美術館博物館等の対策状況(3月2日現在)」https://artscape.jp/exhibition/art-flash-news/2020/10160429_21607.html
★2──京都芸術センターは制作室やパフォーミングアーツの稽古場でもあったことで、対観客とは異なる課題が発生した。アーティストの制作や稽古の機会を奪わずに、どうやれば安全に早期に再開できるかという問題にも直面したという。スタジオとしての再開後は、制作室に通うアーティストどうしがコミュニケーションできる場となり、安否確認や補助金申請などの情報交換をしあっていたというのは興味深い。



*artscape編集部より、お忙しいなかアンケートにご回答いただいた各館の皆様に厚く御礼申し上げます。今後も動向を注視していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

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