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[PR]サントリー美術館に聞く! 学芸員インタビュー「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」
内田洸(サントリー美術館学芸員)/内田伸一(編集者、ライター)
2021年06月01日号
対象美術館
ミネアポリス美術館(通称Mia)は、1883年に25人の市民が地域の暮らしに芸術を取り入れようと設立したミネアポリス美術協会を前身とする。同協会による美術展の企画開催、公立図書館内の常設展示室開設などを経て、1915年に最初の美術館建築が開館。以来、世界各地の多様な美術品を収集・公開している。日本との縁では1974年の丹下健三による増築も目を引くが、やはり特筆すべきは9500点近くにのぼる日本美術コレクションだろう。
「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」展は、近年も成長を続けるこのコレクションから、水墨画、狩野派、やまと絵、琳派、浮世絵、文人画(南画)、さらに特定の画派に収まらない伊藤若冲らの奇才や、幕末〜明治に生きた河鍋暁斎らの画業まで幅広い名品を精選。日本絵画の粋が多数「里帰り」する大規模展だ。国内4館巡回の皮切りとなるのは、東京のサントリー美術館。開館60周年を迎える同館の基本理念「生活の中の美」は、前述のミネアポリス美術協会が目指した「暮らしに芸術を」とも響き合う。そこでサントリー美術館の内田洸学芸員に、展覧会の見どころを伺った。
全米屈指の日本美術コレクションを体験
Miaの日本美術コレクションは、1915年の正式開館前に最初の収蔵があり、以降も寄贈、遺贈、購入を通じて発展を続けている。まずはその位置づけについて内田氏に伺った。
内田──Miaは世界各地の文化から幅広い美術品等を収蔵しており、その数は9万点以上に上ります。アジア美術も充実しており、そのなかに約9500点の日本美術コレクションがあります。これは歴史上の動向とも関係しながら発展してきたようです。たとえば20世紀初頭のジャポニスムの動きと関連していえば、帝国ホテルの設計で知られるフランク・ロイド・ライトが浮世絵の収集を行なったことは有名ですが、そのライトから歌川広重の《東海道五十三次》(保永堂版)を購入した人物が、その後Miaに寄贈したケースもあります。また美術館側でも担当者が意欲的に訪日するなどして、積極的に収集を進めてきました。
ちなみに、現地ではこの日本美術コレクションは、どのような存在なのだろう。
内田──日本美術の常設展示セクションは16室で構成され、内容も縄文から現代までかなり幅広いものです。茶室を再現した展示などもあり、楽しみながら日本文化を広く知ることができる空間だと感じました。
収蔵対象は仏像や染物など幅広い領域にわたり、特に充実しているのは浮世絵や版画類、掛軸、屛風類。今回はこれらを含む1400点にのぼる絵画コレクションより、中世から近代にいたる作品、精選92点(※サントリー美術館での展示は83点)が海を渡って再び日本の地を踏んだ。来歴からの断定は難しいが、今回、Mia収蔵後は初来日だと考えられる、いわゆる「初里帰り」作品も出展作の約1/3を占めるという。
内田──同コレクションは20世紀以降も豊かになっています。特に2013年にクラーク日本美術・文化研究センターから、2015年にバーク・コレクションから多くの日本絵画・工芸が寄贈された結果、質・量ともにアメリカ国内でも有数の日本美術コレクションへと成長を遂げました。若冲や暁斎といった国外でも高い人気のあった絵師の作品を複数収蔵するなど、海外の美術館ならではの特色が見られるとともに、バーク氏の収集品のように日本の専門家と広く交流しながら集められたものもあります。そうしたさまざまな収集活動が集結して、コレクションの個性になっています。今回は、そうしたMiaの日本美術コレクションの最新形を、日本でご紹介する機会でもあります。
なお本企画は主催の読売新聞社が以前から交流のあったMiaと2015年ごろから検討を始め、2019年には巡回4館(サントリー美術館、福島県立美術館、MIHO MUSEUM、山口県立美術館)の学芸員で現地調査を実施。その後のコロナ禍の混乱も乗り越え、開催を実現させた。
八つのキーワードで展観する「素晴らしき絵師たち」の画業
同展は江戸絵画を中心に、日本絵画史の主要ジャンルが時代を超えて競演する構成。内田氏は「Miaの幅広いコレクションから精選された内容ゆえ、もともとお好きな方々はもちろん、日本美術はとっつきにくいと感じている方々にも、良い出会いがあればと願っています」と言う。キャッチコピーの“あなたの推し絵師きっといる!”とは、「展示室を訪れれば、きっとイチオシの絵師〈推し絵師〉に出会えるでしょう」という思いの反映であり、日本美術の多様さを間近・身近に感じてほしいということでもあるだろう。各章の見どころを内田氏のコメントと共に紹介したい。
展覧会は、「第1章:水墨画」で始まる。墨の濃淡を駆使して対象の立体感や遠近感、さらに微妙な光や大気の状態まで表現する水墨画の発祥は、中国・唐時代(618-907)に遡る。日本には奈良時代からさまざまな経路を通じて伝えられ、鎌倉時代以降は多くの作品が流入、南宋絵画が愛好されることになった。南宋から元時代の様式が、14〜17世紀までの日本絵画の大きな柱となる。
内田──この最初の章では、室町後期の戦国時代に生きた画僧、雪村周継の《花鳥図屛風》(16世紀)が私のイチ推しとなります。1965年にコレクターからMiaへ寄贈されたもので、同館の日本絵画コレクションでも屈指の名品。右隻は白梅に白鷺の群れが、水面には2匹の鯉が見え、春の月夜の景色と言われます。左隻では白鷺と燕が柳の周りを飛び、こちらは夏の朝と考えられています。雪村の高い画技と、巧みに描き分けられた白鷺や鯉の表情も見どころです。使用印からは、雪村70歳ごろ、晩年の作品と考えられています。
続く「第2章:狩野派の時代」は、室町時代以降、時の権力者の庇護も受けて発展した稀代の絵師集団を扱う。狩野正信(1434-1530)に始まる狩野派は、血縁でつながる狩野家を中心に隆盛。中国絵画を基礎に、水墨画的な線と、濃い彩色法とが調和する画風を発展させた。のちに政治の中心が江戸に移ると、狩野探幽(1602-74)は幕府の御用絵師となり、その瀟洒淡麗な様式で革新をもたらす。一方、狩野永徳の門人でその画風を継いだ狩野山楽 (1559-1635)と養子の狩野山雪 (1590-1651)の一統は京に留まり、独自の画業を残した。ほか、今回は狩野派きっての女性絵師、清原雪信の作なども登場する。
内田──サントリー美術館では2017年に「天下を治めた絵師 狩野元信」展を開催しましたが、今回はこの狩野派2代目の元信、桃山時代の狩野永徳以降の、江戸時代の狩野派の名作が並びます。大きな見どころは、狩野山雪の《群仙図襖》(1646[正保3])。山雪は中国の絵画や古典に造詣が深く、その技巧と学者肌の一面がわかる同作は、Miaの日本絵画コレクションでも前述の雪村作品と双璧を成すものです。仙人たちの像主には諸説あり、今後の研究も期待されます。なおこの《群仙図襖》とメトロポリタン美術館蔵の《老梅図襖》は、もとは一枚の襖の表裏を成すかたちで、京都・妙心寺の塔頭・天祥院客殿にあったものです。表裏が分かれた経緯は定かではありませんが、《群仙図襖》は明治時代に寺の火災などもあり国内所蔵家に渡った後、アメリカへ移動。1963年にMiaへ収蔵されました。
「第3章:やまと絵 —景物画と物語絵—」は、平安時代に「唐(漢)」に対する「やまと(和)」の自覚を背景に、日本独自の様式へ発展した「やまと絵」を紹介。水墨を主とする唐絵に対し、濃厚な彩色による装飾性を特徴とした。今回は四季の風物を描いた襖絵・屛風絵などの大画面や、古典文学を描いた絵巻・冊子絵本など、多彩な作例を展観する。
内田──今回は特に、きらびやかで叙情性のある作品群が多く出展されます。例えば西行法師の生涯を描く《西行物語図屛風》や、平野に広がる薄(すすき)とそこへ沈む満月を描いた《武蔵野図屛風》(ともに17世紀)。後者は同主題が複数存在し、サントリー美術館にもそのひとつがあります。Miaの《武蔵野図屛風》では銀色の満月と秋の花々が豊かに描写される一方、同主題でしばしば登場する富士山は描かれておらず、初期の図様に基づくと考えられています。
「第4章:琳派」では、17世紀初頭の俵屋宗達(生没年不詳)を起点に、主に私淑によって継承された琳派の動向を紹介。京の絵屋「俵屋」を主宰した宗達は、やまと絵や水墨画からモチーフを意匠化し、たらし込みなどの技法も駆使して新たな画風を生み出した。その後、宗達および彼と共に琳派の祖とされる本阿弥光悦に憧れた尾形光琳(1658-1716)が、彼らの作風を継承・発展させるような画業を展開。さらに年月を経て、光琳に私淑した酒井抱一(1761-1828)や、その弟子・鈴木其一(1796-1858)らによって「江戸琳派」の動きが形成された。
内田──今回が初の「里帰り」となる伝 俵屋宗達《伊勢物語図色紙「布引の滝」》(17世紀)などが展示されます。この《伊勢物語図色紙》は国内外に分散所蔵されている状態で、サントリー美術館もそのひとつを所蔵しています。また、鈴木其一《三夕図》(19世紀)は、『新古今和歌集』所収の三首の名歌に取材して秋の夕暮れを描いた、叙情的で滲み入るような三幅対の作品。前述のクラーク日本美術・文化研究センターによる寄贈作品のひとつです。ほかにも酒井抱一や池田孤邨らの優品が集う構成となっています。
「第5章:浮世絵」では、Miaの日本美術コレクションのなかでも充実を誇る同ジャンルから、精選30点近くが出品される(サントリー美術館では同章のみ前後期で構成を変えての展示)。江戸時代に大都市で花開いた新しい芸術・浮世絵は、菱川師宣(1618?-94)に始まるとされる。美人画・役者絵などを画題に、市場の組織化と版元を中心とした絵師・彫師・摺師による分業体制が確立され、江戸を代表する美術となり、さらに地方の旅人たちを介して江戸から広がった。表現の面で墨摺から多色摺の精巧な「錦絵」の技法も確立され、名所絵など新たな画題も誕生していった。
内田──2007年の「Great Ukiyo-e Masters 春信、歌麿、北斎、広重─ミネアポリス美術館秘蔵コレクションより」展(東京会場・松濤美術館)のように、Miaの浮世絵群はそれだけで展覧会がつくれる規模で、大規模な浮世絵展でも欠かせない存在となっています。今回はそのなかから、写楽、北斎、広重などを展示します。よく知られた名作群を堪能できることに加え、特筆すべきは摺りや保存の状態がとても良いこと。見慣れた作品も新鮮に見えるかもしれません。
「第6章:日本の文人画〈南画〉」は、江戸時代中期以降、長崎を通じて中国からもたらされた文人の概念や、明・清代の中国絵画に憧れた人々が生んだ新しい絵画様式をたどる。その背景には、当時の画壇で支配的だった狩野派とは異なる自由な絵画を求める気運が高まり、また中国文化への理解が幅広い層で深まっていた状況があった。そうして生まれた日本の文人画は、池大雅(1723-76)と与謝蕪村(1716-83)によって大成されたと考えられる。
内田──こうしたジャンルまで揃っているのもMiaコレクションの特色です。日本の文人画は、江戸中期以降、中国の文人への共感や中国文化への憧憬から生まれたもので、当時としては新しいモード、新鮮な画風をもって登場したと考えられています。本展では蕪村のほか、池大雅の妻・玉瀾らの作品を見ることができます。浦上春琴の《春秋山水図屛風》(1821[文政4])にもぜひご注目いただけたらと思います。柔らかな筆遣いで季節の風景を描いたもので、小さく描かれた点景人物の気持ちになって絵画の中をさまよってみるのも、楽しい鑑賞方法のひとつです。
「第7章:画壇の革新者たち」は、江戸時代中期以降に現われた、既存の流派や様式にとらわれない多様な作品群を紹介。近年人気の高い伊藤若冲(1716-1800)や曾我蕭白(1730-81)に代表される「奇想」の絵師らに焦点を当てる。極端にデフォルメした構図の水墨画や、細密な濃彩画によって独自の境地を開いた両作家に加え、多彩な江戸絵画を生み出す契機となった長崎派の作品も登場する。
内田──まず若冲の《旭日老松図》、蕭白の《群鶴図屛風》(いずれも18世紀)など、「奇想」の絵師の作品群があります。後者は画面に残る畳目から、畳上で即興的に素早く描いたのかと想像させるところもあり、ぜひ実物を目の前にしてこそ感じ取れる魅力を体験してください。また、長崎派の熊斐(ゆうひ)は中国語の通訳者の家へ養子に入り、来日した中国人絵師・沈南蘋(しんなんぴん)から直に学んだ人です。写実的かつ吉祥性をもつ花鳥画などで知られ、熊斐から全国に広まった画風は若冲らにも影響を与えたと考えられています。
本展を締めくくるのは「第8章:幕末から近代へ」。時代が明治に変わると、西洋から「美術」の概念や現地の材料・技法がもたらされ、日本の絵画は大きく転換する。伝統的な技法や画派を継承する「日本画」と、西洋の技法を用いた「洋画」が生まれ、浮世絵を母体にした新版画や創作版画も多様に展開する。欧米では多くの場合、日本の近代美術コレクションは限られているという。しかしMiaはこの領域でも河鍋暁斎(1831-89)や、パリ万博の実務者として渡欧した渡辺省亭(1851-1918)らの貴重な作品群を蔵している。さらに明治前期に渡米した青木年雄(1854-1912)のように、日本での再評価が期待される作家の画業にも注目したい。
内田──この最終章では、暁斎や省亭、またアーネスト・フェノロサ(1853-1908)の知遇を得た狩野芳崖らの作品をご覧いただけます。省亭は今春から国内3カ所を巡回する回顧展「渡辺省亭─欧米を魅了した花鳥画」が開催され、さらに注目が集まるのではと思います。また、青木年雄については私も今回初めて本格的に知ることになり、今後の研究が期待されます。また、日本の美術館によっては近代以前と以降で作品収集や研究が分かれる場合もありますが、そこがつながっているのもMiaのコレクションの特徴といえるかもしれません。そうした意味でこの最終章は、先行する流れのなかで引き継がれたもの、そして新たに発展したものを感じ取れるでしょう。同時に、Miaの収蔵する日本美術が、現代につながる生きたコレクションであると実感できる内容だと思います。
いま開催/観賞する意義
日本美術史上の名品絵画が集う展覧会といえる同展。いまこれを日本で開催/観賞する意義について、内田氏の考えを尋ねた。
内田──まず観ていただく方々の立場で考えると、昨年以降、コロナ禍の影響で海外渡航が難しくなり、国内でも多くの展覧会が中止・延期されました。私自身も、日常的に美術にふれ合える環境がとても貴重なことだったと実感しています。そうした時期を挟んで準備を進めた本展は、「本物」に出会える機会が少ないいま、海外の日本美術コレクションを肌で感じられる希少な機会かと思います。また、Miaでもすべてが常設展示されているわけではないため、今回のラインナップで通覧できる機会は貴重でしょう。
研究者としても、雪村、蕭白、若冲、山雪、また横山華山など、近年大々的な回顧展が行なわれている作家たちの優品が集まる今回は、重要な場と捉えているという。
内田──こうした有名絵師に加え、さらに前述の青木年雄のようなユニークな存在もあり、我々も先行する研究成果をふまえながら準備を進めてきました。また、今回はMia側との長期的なやりとり、さらに巡回4館で美術館の垣根を超えての交流からも大いに刺激を受けました。本展の監修者であるMiaのアンドレアス・マークス氏は主に浮世絵をご専門とされており、自分にはなかった新しい視点や、長くコレクションに接されている所蔵者ならではの見解もありました。これらを今後にも活かしたいと考えています。
時空を超えていくつもの流派や画風をめぐり、また屛風、襖、掛軸、巻物、団扇に至るさまざまなかたちで描かれた日本絵画の粋を体験できる同展。それはまた、「暮らしに芸術を取り入れる」というMiaの原点が、日本美術の特質と通じることを示唆する。同時に、めくるめく時代絵巻のような今回のコレクション展は、絵師たちの実践の背景に、単に聞こえの良い「多様性」だけでは片づけられない、芸術同志の——あるいは文化同士の——邂逅と相克の歴史もあったであろうことを想像させる。ミネアポリスという場所から海を渡り届けられた自国の歴史を前に、現代を生きる私たちは何を学べるだろうか。改めて、そのような思いも浮かんだ取材であった。
サントリー美術館 開館60周年記念展
ミネアポリス美術館 日本絵画の名品
会期:2021年4月14日(水)~6月27日(日)
※開館状況は変更の可能性があります。最新情報はウェブサイトをご確認ください。
会場:サントリー美術館(東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)
公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2021_1/index.html