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[PR]文化遺産をデジタル鑑賞システムでひらく──フランス国立図書館リシュリュー館

栗栖智美(美術ライター、通訳、コーディネーター)

2022年11月15日号

BnF(Bibliothèque nationale de France:フランス国立図書館)といえば、建築家ドミニク・ペローが手掛けたセーヌ川沿いの図書館を思い描くパリジャンが多いだろう。ここは、1996年末にオープンしたBnF新館で、本を開いて立てたようなガラス張の巨大な4つの建物がパリのランドマークとなって久しい。
一方、BnF旧館であるリシュリュー館は、12年におよぶ大工事の末、9月17日リニューアルオープンして話題になったばかりだ。 今回息を飲むほど美しいLa salle Ovaleが一般に無料公開されたことで、早くもパリの新しい観光名所となりつつある。


ジャン=ルイ・パスカルにより1897年に着工、完成まで35年かかった天井高約20mのLa salle Ovaleの大ホール[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]

一般市民へと開かれたフランス文化遺産

14世紀のシャルル5世の蔵書を起源とする王立図書館は、リシュリュー館を中心にフランスに7つの施設を構えるフランス国立図書館に発展した。これまで予約制で研究者しかアクセスできなかったリシュリュー館は、従来の研究者専用の図書館も継続しながら、2万冊の本を自由に閲覧することのできる図書館 La salle Ovaleと、4,000万点のコレクションの中から常時900点を展示するギャラリーと企画展示室、紙や印刷の原料となるパピルスやクワなどの植物が楽しめる1,900m2の庭園、庭園のテラス席が気持ちのよいカフェを併設する広大な図書館としてすべての人にフランスの文化遺産の鑑賞の機会を与えてくれる。

Salle Ovaleは文字通り楕円形のホールで、ガラス天井から差し込む自然光を浴びながら、閲覧席で読書や勉強に励む人々で連日満席だ。今回の修復では、モビリエ・ナショナルによって長時間の作業でも疲れにくい椅子がデザインされている。閲覧席を囲むように壁には4階分の本棚がぎっしり並び、舞台芸術、地図、版画、写真、美術史、コミックなどの書籍を自由に読むことができる。1830年のコミックに始まり、バンド・デシネ、世界の漫画が充実しているのも現代ならでは。室内には9つのデジタル端末が設置されていて、手軽にクイズに挑戦したり、小説家の制作秘話を知ったり、AR(拡張現実)の技術でステージ衣装をデジタル上で試着するなど、さまざまなテーマで私たちの知的好奇心をくすぐってくる。ガラス天井を囲む金色のアカンサスや、古代ギリシャ風の柱頭などが20世紀初頭の古き良きパリの雰囲気を醸し出しているが、デジタル端末などの新しい技術がうまく溶け込み、新時代の図書館として機能している。

図書館で出合うことができるのは、書籍や書籍に関連したオブジェ、音楽、映像くらいだと思っていた。ところが、リシュリュー館は、歴代のフランス王や所有者が集めた壮大な美術コレクションを楽しむことができるのも特筆すべき点だ。

まず、上階のギャラリーは7つの部屋に分かれていて、古代ギリシャや古代ローマ、ヨーロッパの陶器、彫像、コイン、メダル、宝石、ジュエリー、銀食器など、さまざまな美術工芸品を鑑賞することができる。奥にあるルイ15世の部屋は、実際に18世紀中頃に王のコインや彫刻石のコレクションを収容していた部屋。当時も一般公開されていたようで、パリで最も古い美術館と言えよう。フランソワ・ブーシェやシャルル・アンドレ・ヴァン・ローなどの壁画、ロココ様式が繊細な大テーブルやコンソール、壁にしつらえられた装飾と豪華なシャンデリアが美しい。今回の大工事でそれまでのモスグリーンから白を基調にしたリニューアルがなされ、創設当時の面影を今に伝えている。



古代ギリシャ・ローマのさまざまなオブジェが展示されたSalle de Luynes[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]



ルイ15世の部屋では修復後、美しく生まれ変わったロココ時代の家具や装飾が見られる[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


圧巻のマザラン・ギャラリー

ここだけでも見応え十分なのだが、マザラン・ギャラリーはさらに見どころがたくさんある。長さ約45m、幅約8m、天井高約9mの回廊は、ルイ14世の枢機卿を務めたマザランが1644-1646年に建築家フランソワ・マンサールに作らせたもので、バロック様式のギャラリーとして現存する希少な建築物だ。この天井画にはジョバンニ・フランチェスコ・ロマネッリによるギリシャ神話に関するフレスコ画が描かれており、大規模な修復を経て元来の明るさを取り戻した。ちなみに、マザランの死後継承した熱心なカトリック信者の所有者により、いくつかの裸体の神々のからだに「慎みのヴェール」が付け加えられたのだが、今回の修復でほとんどの衣が除去され、マザランが発注した当初の作品により近づいている。



パリスの審判、トロイヤ陥落などギリシャ神話の名場面が描かれた圧巻の天井画
[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


マザラン・ギャラリーには、時系列に写本、絵画、版画、地図、地球儀、楽譜、衣装などが展示されていて、タイムトンネルをくぐるように楽しめる。古代最大のカメオ『グランド・カメ・ドゥ・フランス』や13世紀の聖ルイ王の宝物、中世ルネサンスの豪華写本、大航海時代の地球儀、モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の手書きの楽譜、ゴヤのエッチング、18世紀末のパリの地図、ヴィクトル・ユーゴーの『Notre Dame de Paris』の直筆本、ロベール・ドローネーのアクリル絵画、ウジェーヌ・アジェの写真など、フランスが歩んできた歴史を、豊富な作品から横断することができる。これまでさまざまな美術館を訪れたが、ここまで多岐にわたるジャンルから、コンパクトに一国の歴史が見渡せる展示はなかったのではないだろうか。



西暦20年に作られたという現存する最大の古代カメオ[筆者撮影]

デジタル端末から作品の細部、より深い知識へ

建物や作品の充実度は言うまでもないが、鑑賞者のふとした疑問を答えてくれるデジタル端末が要所要所にあるのも、今回のリニューアルの特徴だ。公式サイトでは18の端末が設置されているとあった。他言語対応のタッチパネルディスプレイは操作が非常に簡単で、年配や外国人の鑑賞者も迷うことなく利用していた。

ひとつの端末で、学芸員による見所のインタビューと、いくつかの作品の理解を助けるための歴史的な解説、作品のサイドストーリーと3つの選択肢がある。作品の画像は精巧で、画面にタッチすると360度どの角度からも見ることができ、拡大縮小も思いのまま、作品が細部に至るまで手に取るようにわかるのも嬉しい。



展示室に点在するデジタル端末で作品のさまざまな背景を知ることができる[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


ヘッドホンと字幕があるので、目の不自由な人への配慮も忘れない。さらに彼らのために、3Dプリントで作品を再現し、触ることのできるハンズオン展示もところどころにあった。

点字で解説を理解し、立体の彫像を触ると形が把握できる。素材は樹脂だが形は精巧なので、私も触りながらオブジェの凹凸が確認できて勉強になった。

先ほどのルイ15世の部屋のデジタル端末では、壁画のそれぞれのテーマの詳細やエピソード、部屋の構造や調度品の用途などについて細かい説明がされていて、より深く鑑賞することができた。



3Dプリントで精巧に再現されたオブジェの凹凸を触りながら鑑賞できる[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]



ルイ15世の部屋のデジタル端末[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


また、マザラン・ギャラリーの端末では、9mの高さがあり、展示品もあるため全体像を把握するのが難しい天井画を、さまざまな角度や大きさから見たり解像度の高い画像画像で一覧することができ、それぞれの部分のテーマや修復時の「慎みのヴェール」の除去について、修復時のエピソードなども知ることができた。

これらのデジタル端末は、精巧な画像の撮影技術や高度な3Dデジタル化技術を持った日本の大日本印刷が技術提供をしている。単なる解説動画ではなく、タッチパネルで使いやすく、画像を拡大縮小しても細部が粗くなることもない。好きなところで止めて、次の解説に飛ぶこともできる。このようなデジタル端末が各所に置かれていると、鑑賞中の疑問が解決でき、さらなる知的好奇心の冒険に連れ出してくれるようで、積極的に作品にのめり込むことができる。退屈な「お勉強用」端末でなく、シームレスに知りたい情報+αが得られる楽しい端末であった。



マザラン・ギャラリーのデジタル端末[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]



近くで見られない天井画もタッチパネルで細かいところまで見ることができる[筆者撮影]


BnFでは1997年からGallicaと呼ばれるデジタルライブラリーも手掛けている。書籍はもちろん、絵画や写本、地図や地球儀、ポスター、コインやメダル、その他芸術作品がデジタル化され、オンライン上で誰もがアクセスすることができる。これによりフィジカルとデジタルの2つの図書館が存在し、必要に応じて資料のアクセス方法が選べるのも嬉しい。

さらなる知的好奇心を満たす

実は、今回一般公開されるまで、BnFリシュリュー館を訪れたことはなかった。歴史的建造物の図書館が無料で一般公開されるというニュースに、そこまでの期待はしていなかったのが正直なところだ。だが、歴史のある図書館が現代のデジタル技術を駆使して、こんなにも多角的に文化を体験し学べる施設になっていたのには予想以上に感動した。ここに行かなくてもオンライン上のGallicaで高画質な画像作品を鑑賞することもでき、リアルに足を運べば、フィジカルな作品や歴史を積み重ねてきた建築物に圧倒され、さらにデジタル端末で目の前の作品からどんどん派生する好奇心を満たすことができる。

開かれたミュージアムとは、単に一般にひろく公開するだけではなく、鑑賞者一人ひとりの好奇心に応えながら、わたしたちの知識をいっそう深いところに導いてくれるものだ。1996年にBnF新館の創設に際してフランソワ・ミッテラン元大統領は、それが世界で最大かつ最も先進的な図書館であること、あらゆる知識の分野をカバーし、誰にでも開かれ、最新のテクノロジーを使用し、そして遠隔でも利用でき、ヨーロッパの図書館と連携することを宣言していた。

今回のリシュリュー館のリニューアルオープンで、このミッションがさらにアップグレードされ、すべての人の知的好奇心を満たす図書館がまたひとつ生まれたように思う。

本を読みに行くだけではなく、さらなる別の楽しみを見つけに是非BnFリシュリュー館を訪れて欲しい。きっと想像以上の満足感を得られるはずだ。



痩せた土壌を生まれ変わらせ、クワやタケ、パピルスなど紙や筆記に関わる植物を植えるユニークな庭園はこれからも変化していく[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


★──Mobilier National、フランス国有動産管理局。フランス国家が所有する建物の家具調度類を保管・修復のための国家機関。

鑑賞システムの開発担当者からのメッセージ

今回DNPは技術メセナとして、BnFリシュリュー館に鑑賞システム「みどころビューア」を設置・公開しました。

「みどころビューア」では、デジタル化された作品・資料に、BnFの知識である多様な“みどころ”を組み合わせて提示することで、来館者に作品・資料に対する興味のきっかけを提供します。

DNPは今回の成果をパートナー企業と共に、美術館、博物館、図書館、公文書館などの文化施設や、企業の博物館やショールーム、ならびに学校教育にも展開することで、文化財の持続可能な価値の創出に取り組んでいきます。DNPの鑑賞システムで、文化に興味をもつ人が一人でも増えれば大変嬉しく思います。

*「みどころビューア」をはじめとする鑑賞システム(DNPコンテンツインタラクティブシステム「みどころシリーズ」)についてはこちらをご覧ください。



大日本印刷株式会社 マーケティング本部 アーカイブ事業推進ユニット事業開発第1部 田井慎太郎さん[© DNP Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2022, with the courtesy of the Bibliothèque nationale de France.]


フランス国立図書館付属美術館(Musée de la BnF, Richelieu)

住所:5, rue Vivienne Paris 2e
開館時間:月曜日14 :00-19 :30/ 火曜日から土曜日9 :00-20 :00/ 日曜日10 :00-18 :00
フランス国立図書館付属美術館のみ月曜日休館
入場料:常設展 10ユーロ、企画展とペアで13ユーロ。La salle Ovaleは無料

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