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【PR】日本近代美術との新たな出会い──東京国立近代美術館「重要文化財の秘密」展と「MOMATコレクション ナビキューブ」

大谷省吾(東京国立近代美術館副館長)/内田伸一(編集者、ライター)

2023年04月15日号

東京国立近代美術館の70周年記念展「重要文化財の秘密」には、明治以降の絵画・彫刻・工芸における重要文化財68件のうち、51点が集結した。それは同館70年の歴史と並行してきた戦後の重要文化財指定の歩みを通じて、日本近代美術をとらえ直す試みであり、美術館・博物館の収集・展示・研究活動の重要性を再認識できる場でもある。企画担当者である大谷省吾副館長に、同展の目指したもの、および関連して近代美術コレクションに新たな光を当てる同館の試みについて伺った。[聞き手:内田伸一]


大谷省吾副館長


重要文化財の「秘密」とは?

「実現は相当難しいのではないか」。それが、東京国立近代美術館70周年に際して「近代美術の重要文化財のみで構成する展覧会」を構想した当初、大谷省吾副館長が抱いた率直な思いだった。同館では2012年の開館60周年特別展「美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年」でも館所蔵の13点(当時)を一挙公開している。だが、他館からも多数の出品が必要となれば、どの館もひときわ大事にしている重要文化財の貸出はハードルが高く、保護・管理義務による条件も厳しいためだ。しかし、50件超えを目標に所蔵館をまわって企画趣旨を丁寧に相談していくことで、東京国立博物館をはじめとする多くの所蔵先から協力が得られ、実現に至った。

大谷──本当にありがたいことで、一方で私たちとしては、これだけの名品が集う機会だからこそ、単なる陳列展示を超えて批評的な視点も加えたいと考えました。重要文化財の基礎となる文化財保護法の施行は1950年(編注:前年の法隆寺金堂火災による壁画焼損が契機とされる)。そして東京国立近代美術館の開館が1952年です。さらに明治以降の美術が最初に重文指定されたのは1955年。つまり日本近代美術史において、当館の活動と重要文化財指定の歩みは、70年間並行してきたといえます。そこが発想の出発点となりました。

日本の近代美術については、より以前の伝統的美術や、より新しい現代美術の人気の間にあって、特徴や魅力をとらえにくいと感じる向きもある。しかし、出展作のひとつ、原田直次郎《騎龍観音》(1890;重文指定2007)のように、従来からの伝統と新たに受容された西洋文化との関係など、価値観がぶつかり合うなかで生まれ、単一の評価軸ではとらえ難いからこそ、近代美術は興味深いというのが大谷氏の持論である。今回はその魅力を、重文の名作群で実感できる場が目指されたともいえよう。



原田直次郎《騎龍観音》(1890)護国寺蔵(東京国立近代美術館寄託)[提供:東京国立近代美術館]


展覧会名にある「秘密」という言葉には、二重の意味があるという。ひとつには、個々の作品が重文指定された理由を、鑑賞者にも考えてもらいたいとの思い。さらには、この70年間の重要文化財をめぐる価値観の変遷もふまえて近代美術史をとらえ直す狙いがある。文化庁は例年、重文指定する各作品についてその指定理由も公表している。そこで大谷氏らはまずこれを集め、当時の評価を読み解きながら準備を進めた。それは展覧会における作品解説にも反映されており、会場に大きく掲示された重文指定年表も、こうした再考察の視点から用意されたものだ。



重要文化財指定年表(近代の絵画・彫刻・工芸) 展示風景[提供:東京国立近代美術館]



展示風景[提供:東京国立近代美術館]


時代と共に変遷する価値観・評価軸

こうした準備は大谷氏ら企画陣にも発見や気づきをもたらし、それは展覧会場を訪れる私たちにも感じとれるものとなった。

大谷──1950年の文化財保護法施行から数年は、明治以降の美術は重要文化財の対象にはなっていません。同法の前身である戦前からの「国宝保存法」と「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」では、存命作家の作品や制作後50年未満の作品は対象外でしたから、これも影響したのでしょう。最初に指定されたのは1955年、狩野芳崖の《悲母観音》(1888)など日本画4件でした。これは各方面が納得する選出だったと思われますが、以降の指定にはかなり議論があったと推察します。

翌1956年には菱田春草の《落葉》(1909)などが重文指定を受けるが、その後は近代美術からの指定がない空白期が続く。変化があったのは1967年以降。横山大観の《生々流転》(1923)や、洋画から初めて高橋由一《鮭》(1877頃)などが指定された。この年は明治政府誕生百周年の前年にあたる。政治的要素も含む近代のとらえ直しが、重文指定にも影響したことは十分に考えられる。

大谷──その後1980~90年代にも、近代作品の重文が指定されない空白時期が続きます。1999年から指定が再開されますが、この間、日本全国で美術館が新設され、日本近代美術の展覧会が多数開催されるなど、研究は進んでいました。以降の指定作品をみると、こうした多様な研究に基づき、より俯瞰的な視点で指定が行なわれるようになった印象です。
典型的な例が黒田清輝の《湖畔》(1897;重文指定1999)。じつは前述の「明治百年」の1968年に指定された黒田の《舞妓》(1893)と共に候補になったものの、議論の末に見送られたようです。資料を辿ると、この決定の背景には、やはり当時はまずヨーロッパ美術をいかに理解できているか、という価値観が強くあったように思われます。

印象派的な色合いも特徴的な《舞妓》は、どこか外国人目線で描かれたような画風でもある。他方、薄塗りの《湖畔》は黒田が帰国後に自らの表現を探り続けた成果といえるが、当時は前者のほうが重文指定に相応しいとみなされたのだろうか。



黒田清輝《湖畔》(1897)東京国立博物館蔵[提供:東京国立近代美術館]


大谷──彫刻で言えば、近代美術で最初の重要文化財は1967年指定の荻原守衛《女》(1910)。これも、まずはロダン的な価値観に則った作品が選ばれた印象です。他方、高村光雲の《老猿》(1893)も著名な重要作ですが、当時は息子の高村光太郎にも「前近代的な置物」などと批判されています。そうしたこともあってか、重文指定は制作後100年余を経た1999年まで待つことになりました。



高村光雲《老猿》(1893)東京国立博物館蔵[提供:東京国立近代美術館]


時代を経て、より俯瞰的・複層的な評価軸が採用され始めたように見える指定例はほかにもある。2000年には、黒田清輝の《智・感・情》(1899)と、黒田を筆頭とする東京美術学校のアカデミズムへの叛逆的な作品ともいわれる萬鉄五郎の《裸体美人》(1912)が共に指定された。翌2001年には、工芸から初めて鈴木長吉の《鷲置物》(1892)が指定される動きも。こちらは明治工芸再評価の動きと同期するようでもある。



萬鉄五郎《裸体美人》(1912)東京国立近代美術館蔵[提供:東京国立近代美術館]



鈴木長吉《鷲置物》(1892)展示風景 東京国立博物館蔵[提供:東京国立近代美術館]


同展のキャッチコピー「問題作が傑作になるまで」が示す通り、出展作のなかには、当初は困惑や不評を招いたものが、後にさまざまな背景から評価を高めた事例も少なくない。そこから、日本近代美術を測る物差し自体がこの70年間で大きく変わってきたことも窺える。そしておそらく、この価値観は今後も更新され続けるのだろう。

大谷──重要文化財に関してさらにいえば、女性作家は現状では上村松園だけですし、戦後の作品が指定されるのはこれからになるでしょう。加えて、国宝指定はまだありませんから、今後どんな動きがあるのかを考えるのも、とても興味深いことです。

コレクションをいかに活かしていくか

「重要文化財の秘密」展は、いうまでもなく東京国立近代美術館をはじめ、各出展作の所蔵館におけるコレクション活動に支えられて実現している。そして、価値観や評価の更新という点では、美術館はこれに関わり、牽引する役割が当然ある。収蔵作品の価値を継続的に伝え、研究活動を通じて新たな価値付けを行なうことは、その作品のこれからのありようにも──今後新たに重文指定される可能性も含め──つながることだろう。

大谷──重要文化財の指定候補は、文化庁の文化財調査官による事前調査を経て、文部科学大臣が文化審議会に指定すべき作品について諮問する形となります。その際、ある作品の価値が展覧会等を通じてより広く共有され、研究が深まることで選出につながることもあるでしょう。その意味でも、美術館が所蔵作品をしっかり研究し、成果を伝えていくことは重要だと考えます。
たとえば鏑木清方の《築地明石町》(1927)も、作家の代表作といわれながら長年所在不明だったものを、当館が調査・交渉を経て所蔵させていただくことになりました。2019年の特別公開、2022年の「没後50年 鏑木清方展」で広くご紹介できたことは、同年の重文指定の下地になったかと思いますし、清方のとらえ直しにもつながったと考えています。

なお「重要文化財の秘密」展がほとんど男性作家で構成されたのに対し、同時期開催の「MOMATコレクション」展では、出展作家の男女比をほぼ等しく構成した展示や、重要文化財作品と関連の深い所蔵品を展示する工夫もみられた。そこからは、同館自身が多層的な視点をもとうとする意欲と、その際もコレクションが鍵となることを感じとれる。国立館として、日本近代美術の流れを概観できるコレクション展を常時提供することは重要なミッションであろう。またその際、1万3千点以上のコレクションを活かした多様な切り口と構成で紹介することが、その魅力や価値を広く共有することにつながるはずだ。

収蔵作品との新たな出会いをインタラクティブに創出する

そのための新たな働きかけという点で、今回から1階エントランスロビーに常設された「MOMATコレクション ナビキューブ」にも注目したい。これは利用者の好みも反映して収蔵作品との新たな出会いを提供する、インタラクティブな作品鑑賞サービスである。同館ではこれを大日本印刷(DNP)との協働により制作・公開した



MOMATコレクション ナビキューブ


大谷──「MOMATコレクション ナビキューブ」は、ご来場者が展示室を一巡したあと、1階エントランスロビーでひと休み、という際に目につく場所に設置しています。大型ディスプレイおよび連動したタッチデバイスからなるインタラクティブなサービスを通じて、ご利用者に新たな作品との出会いを体験いただくことを目指しています。
まず「診断画面」で当館収蔵作品の画像から好きな3点を選択すると、そこから連想される10のキーワードが表示され、自分の好きな作品の傾向を知ることができます。続いて表示される立方体型のインターフェイス「ナビキューブ」では、①作品制作年、②作品分野、③作品制作時の作家の年齢、の3軸で収録作品が立体的に配置され、それらを自由な角度から比較、鑑賞できます。



MOMATコレクション ナビキューブの診断画面


さらにナビキューブは、以下の4つの視点からおすすめの収蔵作品をナビゲートしてくれる。

  1. AIのおすすめ:AIが作品画像の解析に基づいておすすめする作品を紹介
  2. みんなのおすすめ:同館の対話型鑑賞プログラム「所蔵品ガイド」参加者の感想を元に、おすすめ作品を紹介
  3. 学芸員のおすすめ:同館学芸員による作品解説を元に、おすすめ作品を紹介
  4. 展示中の作品:所蔵作品展「MOMATコレクション」で展示中の作品を紹介


1~3では各利用者の好みも考慮され、これは最初に選んだ「好きな作品」から抽出された画像特性やキーワードに基づいて行なわれるという。

現在はコレクションから特に人気の高い159点を収録。これは従来の名品展企画等をもとに選んだ約100点に、教育普及やミュージアムショップ、ガイドツアー等、各現場の情報も加えて選出した。ナビキューブの視点のひとつ「学芸員のおすすめ」では、これまで学芸スタッフが執筆してきた作品解説の蓄積を活用。そこから単語を抽出し、利用者が選んだ「好きな作品」との類似度の高いものが、おすすめ作品として紹介される仕組みだ。

大谷──「展示中の作品」は上層階の所蔵品ギャラリーにお越しいただければ実物と出会えますから、ぜひご鑑賞いただけたらと思います。こうした新しい切り口で意義あるサービスとするためには実運用を通じて検証を続ける必要もありますが、新しい出会いという点では、思いがけない結果が示される可能性も含めてお楽しみいただけたら幸いです。作品同士の紐付けの方法など、今後のバージョンアップの可能性は、ご利用者の反応などもふまえて検討できたらと思っています。

なおこのサービスの開発には、今年3月に正式発足した国立アートリサーチセンターも協力している。同センターは「全国美術館収蔵品サーチ(SHŪZŌ)」などの取り組みも進めており、今回のコレクション展でも、小特集「プレイバック『抽象と幻想』展(1953–1954)」に協力している。ここでは過去の展覧会の再現にあたり、作品を撮影した当時のガラス乾板を元に、展示の一部をVRで再現した。また前述の横山大観《生々流転》に関して、40メートルに及ぶ画巻のデジタル化画像をつないだ4K高画質動画の制作にも同センターが協力している。



4K映像  横山大観《生々流転》1923年(重要文化財)


歴史上の重要作として国の指定を受けた銘品が集う稀有な機会としての「重要文化財の秘密」展から始まった取材だが、そこにあったのはむしろ、美術館が既存の価値観の変遷を俯瞰し、いかに新たな評価軸や補助線を加えていけるかという問いであったかもしれない。AIのおすすめ作品が浮かぶ「ナビキューブ」の画面の向こうに、荒縄で吊るされた《鮭》を拡大したエントランスパネルを見ながら、そのようなことを考えた。

(2023年3月23日取材)


★──東京国立近代美術館とDNPは、同館が推進する美術館支援システム「MOMAT支援サークル」のゴールドパートナーシップ契約を2017年に締結している。「ナビキューブ」はDNPコンテンツインタラクティブシステム「みどころキューブ®」を活用して製作された。

「MOMATコレクション ナビキューブ」の制作担当者からのメッセージ

DNPは、さまざまな美術館・博物館と協働して、人々と多様な芸術文化の出会いがより豊かになることを目指しています。

「MOMATコレクション ナビキューブ」は、来館者と作品の新たな出会いを創り出し、美術作品への関心を拡げることを目指して東京国立近代美術館と大日本印刷株式会社が協働で制作しました。

画面上で「好きな作品」を選択すると、立体的に配置された159点の収録作品から4つの視点でおすすめの作品のナビゲートを受けたり、収録作品の画像や解説を自由に探索して楽しめる作品鑑賞サービスです。

あなたにおすすめのMOMATコレクションはどんな作品でしょうか。是非、1階エントランスロビーにてご体験ください。

本サービスが人々と作品の出会いを生み出し美術に親しんでいただく契機となれば、またそれが芸術文化を未来へ紡ぐ一助となれば大変嬉しく存じます。

(大日本印刷株式会社 ICC本部 企画開発室 企画開発グループ 日向ひとみさん)


東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密

会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(東京都千代田区北の丸公園3-1)
入場料:一般=1,800円、大学生=1,200円、高校生=700円、中学生以下は無料
*本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)、コレクションによる小企画「修復の秘密」(2F ギャラリー4)もご覧いただけます
*各種割引については公式サイトをご参照ください

所蔵作品展 MOMATコレクション(2023.3.17—5.14)

会場:東京国立近代美術館 本館所蔵品ギャラリー(4F-2F)(東京都千代田区北の丸公園3-1)
入場料:一般=500円、大学生=250円、高校生以下および18歳未満、65歳以上は無料。5時から割引(金曜・土曜:一般=300円、大学生=150円)
*各種割引については公式サイトをご参照ください


会期:2023年3月17日(金)~5月14日(日)
休館日:月曜日(3/27、5/1、5/8は開館)
開館時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
*夜間開館:金曜、土曜および5月2日(火)、3日(水・祝)、4日(木・祝)、7日(日)、9日(火)、10日(水)、11日(木)、14日(日)は20時まで開館(入館は閉館の30分前まで)

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