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[PR]スウェーデン国立美術館×DNPミュージアムラボ
スウェーデン国立美術館館長と考える:アートとウェルビーイング、その関係は?
artscape編集部
2023年05月15日号
国内外のミュージアムと協働して、誰もが気軽に芸術文化に触れ、その背景を読み解き、驚きや感動、共感やヒントをえる方法を開発してきた大日本印刷株式会社の文化活動「DNP ミュージアムラボ」。スウェーデン国立美術館とは、オリジナルの対話型鑑賞法「アート リフレクション メソッド」を用いたワークショップの普及を行なっている。
このメソッドは、美術作品を見たときの「気持ち」に焦点を当て、対話を通して⼼の動きを言葉にすることで、美術鑑賞の楽しさや作品の新たな魅力を発見していくという手法である。そのベースとなるのは、アートが人々を結びつけ、心を揺さぶる経験がウェルビーイングにつながるのではないか、という考えだ。
3月2日、このプロジェクトの一環として、「アートとウェルビーイングの関係、そしてそのための美術館の役割」をテーマに、スウェーデン国立美術館のスサンナ・ペッテルソン(Susanna Pettersson)館長(開催当時)を講師に迎えたトークショウが開催された。
ペッテルソン館長は、1980年代から美術館の展示ガイドや美術教育に関係するプロジェクト、展覧会のキュレーション、フィンランド国立アテネウム美術館などの館⻑を経て、現在はスウェーデン国立美術館の館長を務めている。これまで美術館の公共性と来館者を重視し、「一般の人々がいなければ、美術館はただの収蔵庫になってしまう」というペッテルソン館長の言葉は、まさに今回のトークのテーマに通じるものである。
以下に、ペッテルソン館長によるトークショウの要約を紹介していきたい。
1.ウェルビーイングの視点からみたミュージアムの歴史について
まず最初に、ペッテルソン館長はミュージアムを「ウェルビーイングの場」とする視点から捉えなおし、その歴史をたどった。
16世紀──「好奇心のキャビネット」での対話
作品の収集が始まったのは、16世紀のヨーロッパ。当時の収集の目的は、権力や知識の象徴であったという。収集物は収集家の興味の対象によって、ミネラルや石などの自然科学に由来するもの、現在のアートのような人工的なもの、時間や距離を測る科学的なものの3つに分類されていた。収集されたものは「驚異の部屋」やさらに小規模な「好奇心のキャビネット」として展示されることがあり、収集物をコンパクトに展示する特徴があった。しかし、その場は一般に開かれておらず、限られた人たちしか見ることができなかったのである。
そして重要なことは、人々が実際に収集物を近くで見て、手にとり、さらに互いに議論し合っていた点だ。作品について対話することは、DNPとスウェーデン国立美術館が実施する「アートリフレクション メソッド」で行なっているワークショップにもつながっている。
現在、こうした作品の見方を再導入しようとしている美術館がある。例えば、大英博物館では、ひとつの作品群をたくさん所蔵している場合、来館者がより近くで見られるような展示方法(「Hands On desks」)を試している。何千年も前の貴重な物を、実際に手に取ることができる。
「学び方は、その人の特性によって違います。例えば、見る、聞く、読むことで学べる人もいれば、触ることで多くを学べる人もいるのです」
17〜19世紀── 一般市民へとひらくミュージアム
17〜19世紀のヨーロッパでは、大英博物館をはじめとする多くの著名な美術館が産声をあげる。やがて、各国の美術館はこの頃ヨーロッパで広まっていた啓蒙主義の考え方から、プライドをもって一般市民に美術館を広く公開していたのだ。
ここで注目したいのは、アクセシビリティである。啓蒙主義の背景には、アクセシビリティという考え方があり、“文化はすべての階層の人に広く開かれているべきである”と考えられていたのである。
例えば、労働者が⼯場勤務のあとにミュージアムに⾏けるよう、開館時間を長く設定したり、無料で公開する時間帯を設けたりしていた。また、美術館やギャラリーは街のいたるところにあった。そして、この頃すでにギャラリーツアーが行なわれており、コレクションカタログも作られていた。
しかし、現代との大きな違いは19世紀のミュージアムではトップダウンの考え方があり、イギリスの文献によると、鑑賞者を「空っぽの容器」だと捉え、彼らに知識を注ぎ込んであげなければいけないと考えられていたようである。現在の私たちは、対話は双方向のものであって、トップダウンのものではないと考えている。
20世紀── 社会と向き合うミュージアム
20世紀の大きな変化はアーティストがそれまでとは違った自己表現を行なうようになったことだ。彼らは伝統的なミュージアムや権威に対して批評するような作品を発表するようになった。そこから、アーティスト、ミュージアムの権力者、来館者、批評家の間に緊張関係が生まれたのである。
第二次世界大戦後、さらにミュージアムは社会と向き合うようになる。ミュージアムは、アーティストとだけでなく、さまざまな分野の人たちと協力し合った方がよいことを理解していく。博物館学や社会学、経済学、ビジネス界など、これまでの美術史だけではない観点も取り入れようとしていった。
そして、ミュージアム教育がヨーロッパの美術館において非常に重要になっていく。1960年以降、ミュージアムエデュケーターと呼ばれる人たちが現われ、鑑賞者のターゲットを絞って展示を計画するようになり、そのコミュニケーションメソッドも研究されるようになった。19世紀にあった鑑賞者を「空っぽの容器」とする考え方はなくなり、鑑賞者のニーズを真剣に考えるようになったのである。
21世紀── コミュニティとつながるミュージアム
21世紀になり、戦略の中心となったキーワードは「参加型」「コミュニティ」「アウトリーチ」「ダイバーシティ」「アクセシビリティ」「オンライン」などである。
例えば「参加型」は、これまで受動的に参加していた来館者が、ワークショップなどに参加することによって、非常にアクティブに関わるようになった。コミュニティとアウトリーチは表裏一体となり、そのコミュニティとのつながりをつくることで、多くの人々に開かれた美術館へとなっていったのである。
スウェーデン国立美術館では、口に入れてもいい絵の具を使った1歳半以下の赤ちゃん向けの絵画ワークショップも行なっている。赤ちゃんから高齢者まで、そして多様な文化的バックグラウンドの人たちができるだけ困難を感じずに美術館に訪れることができるよう、努力しているという。
ヨーロッパの美術館は、どうやってアクセシビリティを文化的に、経済的に、社会的にその敷居を下げるか、ということを考えている。今ではオンラインでできることも非常に増え、メタバースも登場している。
「21世紀において、ヨーロッパの美術館は、社会に対してより大きな役割を果たしているといえます。社会的責任が非常に大きく、オープンになってきています。しかし、根幹は収集初期の『好奇心のキャビネット』の時代から変わっていません。それは『オリジナルのアート作品に出会うことの大切さ』です。本物のアートにふれることで、学び、深く考え、楽しむことです。この3つをこれからは対話を通して実現していくことでしょう」
2.現代のミュージアムの4つの指標
今日の美術館は、文化産業の一翼を担っていると考えられている。さまざまなビジネスモデルやKPIなどの考え方もミュージアム運営に導入され、社会のウェルビーイングに役に立っている。スウェーデン国立美術館もミュージアムの声に社会的な意義をもたせることを戦略的な目的のひとつとしている。
ペッテルソン館長が、ミュージアムに社会的な意義をもたせるための4つの指標としているのは、「歴史・知識」「価値」「社会」「個人の感想や経験」である。美術館が社会における価値をどのように体現し、どのような意義を果たし、歴史的に位置付け、来館者のニーズからも社会的にインパクトを与えられるかという点でミュージアムの社会的重要性を評価できるからだ。
また、ミュージアムは「政府」「学術研究」「社会」「企業」との横断的なコラボレーションが必要であるという。しかも、美術館が成功するためには、この4つの中心にいなければならない。これらの機関とどのように関わっていくか、またSDGsなど世界的なトピックスをよく理解することも必要だ。
「最も大事なことは、美術館が何を、どうやって機能しているのか、誰を相手にやっているのか、なぜそうしているのか、その目的は何なのか、を明らかにすることです。これがきちんと説明できると、さきほどの4つの機関(政府、学術研究、社会、企業)とつながりやすくなります」
3.社会とコラボレーションするミュージアム
ペッテルソン館長は、ミュージアムの未来について、2つの重要な問いを投げかける。ひとつは「来館者は何を、なぜ必要としているのか」、次に「ミュージアムはどのような役割を果たせばいいのか」だ。
それを探るためには、オーディエンスの声に耳を傾け、彼らのニーズを知るための新しい出会い方を模索する必要がある。新しいイノベーション、新しいメソッドは、社会における4つの機関(政府、学術研究、社会、企業)とのコラボレーションが不可欠になる。
「コラボレーションのひとつとして、現在スウェーデン国⽴美術館では、DNPと協力してアートと人々の出会いの敷居を低くする新しいメソッドを開発しています。いちばん簡単なのはこれまでのやり方を踏襲し続けることですが、ときに覚悟してジャンプしてほしい。それこそが、将来的に一般の人々に大きな恩恵をもたらすものになるからです」
最後にペッテルソン館長は「歴史を理解することが、未来のイノベーションにつながる」という言葉を残した。いちばん大事なニーズは「本物のアートに出会う」ということだ。「美術館はウェルビーイングのための場になりうる。そして同時に、さまざまな新しい試みのテストグラウンドにもなる」と語り、トークショーをしめくくった。
なお、質疑応答では、会場からの質問をうけ、ペッテルソン館長より具体的な事例が語られたので、最後に記しておく。
「ミュージアムの敷居を低くするために、具体的にできることは何か?」との問いには、グループごとにニーズが違うので分けて考えなければならない、と前置きをしたうえで、「いちばん難しい心理的な敷居を乗り越えるのに最適なのは、子どもたちです。学校などを通じて子どもたちに美術館に来てもらうと、彼らは非常にいいアンバサダーとなり、次に家族を連れて来てくれる。そのためにもファミリー向けのプログラムに投資することは有効です」と答えた。
また、「後期高齢者向けのワークショップは用意されているか?」という質問には、「高齢者向けのプログラムを行なっている美術館は非常に多く、オンサイトでも、アウトリーチでもあります」と語り、記憶障害のある高齢者向けに企画した、作品と香りを紐づけるガイドツアーを紹介した。
「アートを共に見て、共に語るということは、感情的にも豊かな体験になります。『アート リフレクション メソッド』のコアにも、まさにこのような精神があります」
ペッテルソン館長のトークは、最後まで「一般の人々」を中心においていた。今後、このプロジェクトがさらなる広がりを見せ、ミュージアムがウェルビーイングの場となる社会が、世代を問わず幅広く浸透していくことを期待したい。
*トークショウの録画がDNP ミュージアムラボのサイトで公開中です。
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