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アート・アーカイブ探求

日高理恵子《樹を見上げて V》──測りしれない距離「尾野正晴」

影山幸一

2015年04月15日号


日高理恵子《樹を見上げて V》1991年, 麻紙・岩絵具, 162.0×162.0cm, 国立国際美術館蔵
撮影:内田芳孝 無許可転載・転用を禁止

変わる原点

 風はまだ冷たいが青空の下、満開の桜に囲まれた国立国会図書館からの帰り道、霞ヶ関界隈の桜を見ながら徒歩でJR新橋駅へ向かう途中、憲政記念館隣の国会前庭(ぜんてい)に初めて入ってみた。「日本水準原点標庫」という明治24(1891)年築の小ぢんまりとした、それでいてローマ神殿形式の近代洋風建築(東京都指定有形文化財)に出会った。全国の標高の基準となる原点を、中にある水晶板のゼロ目盛りで測定するそうだ。この辺りは磐石な土地のはずだが、基準の原点は東日本大震災の地殻変動で、水晶板の目盛りは24mm下がり、この原点の標高は24.39mに改定された。水準原点は変わるのだ。美には原点があるのか、また変わるのか、と思いつつ再び桜を見上げた。
 日高理恵子の1991年制作の《樹を見上げて V》(国立国際美術館蔵)という絵画がある。樹の細い枝が毛細血管のように広がる正方形のモノクロ画面。日高は山桜や樫などの樹を、その下から真上を見上げ、長年描き続けている。真上に樹を見上げる行為は、気持ちのいい日常の一瞬ではあるが、花も実もない大きな作品を展覧会場の壁面に展示する日高の絵画は、一見優しいが気づかぬうちに強引な視線の誘導がある。完成した絵は壁に掛けられ、見る人は見慣れた樹を異なる構図で鑑賞することになる。樹は人に見られ、また樹が人を見る。鑑賞者は自身の存在に気づかされる。何か起こりそうな予感がする。
 葉の落ちた冬の樹の力強さをとらえた初期の作品《樹を見上げて V》について、国立国際美術館で日高の個展を企画した尾野正晴静岡文化芸術大学名誉教授(以下、尾野氏)に、絵の見方を伺いたいと思った。JR京都駅に隣接するホテルのロビーでお会いすることになった。


尾野正晴氏

自然のパラドックス

 尾野氏は、20年以上日高の活動を見ている元学芸員である。約束の時間の30分前に尾野氏はいらっしゃった。1948年神戸に生まれた尾野氏は、文学少年で漠然と芸術関係の仕事に就ければという思いはあったが、1972年京都大学経済学部経営学科を卒業し、大手不動産会社に入社、エリートコースを踏み出した。しかし、その年の12月には違和感を感じて退職。「なんてお馬鹿なことをしたのでしょう。当時は何でもできるという感覚があった」と尾野氏は笑う。美術への関心から同年末に初めて渡仏した。好きな画家は近代絵画の父ポール・セザンヌ(1839-1906)である。
 その後、募集があった兵庫県の西宮市大谷記念美術館に入り、勤務しながら通信教育で学芸員の資格を取得、近現代美術を専門とする学芸員として福岡市美術館滋賀県立近代美術館、国立国際美術館と異動した。2000年に静岡文化芸術大学の文化政策学部教授となり、2006年から約3年間非常勤の滋賀県立近代美術館館長を務め、2014年より静岡文化芸術大学名誉教授。福岡市と滋賀県の両美術館では創立当初から関わってきたそうだ。
 「日高の作品は、非常に新鮮でした」と、尾野氏は第一印象を述べた。尾野氏が国立国際美術館の主任研究官だった1997年、オーストラリアとの二国間交換展で日高を推薦し、1998年には国立国際美術館で日高の個展を開催した。「一度見たら忘れられない絵画の一つである」と尾野氏は書き残している(図録『近作展─22 日高理恵子』)。
 「色彩と独自のタッチで奥行きとしての自然を再構築しようとしたセザンヌと異なり、日高にとって色彩はリスキーだったかもしれない。確かに、色彩は鑑賞者の感情に強く訴えかけるし、惑わされるというと言い過ぎだが、色彩によって違うものを見てしまう危険性もある。ただ、人の目を裏切り続ける自然の苛酷さや豊かさは圧倒的で、二人とも見極められない自然の何かに気づいた。自然の大いなるパラドックスと言える」と、自然に対峙し苦悩するセザンヌと日高を対比し特徴を述べた。

「感覚の実現」

 日高は樹を見上げる行為を30年近く続けている。1974年に国立西洋美術館で見た「セザンヌ展」がすべての始まりであったという。特にセザンヌの「感覚の実現」という言葉に刺激を受けて以来、空間に存在する距離や奥行きを、樹々の枝や葉を通して探究することが制作の動機となった。武蔵野美術大学に入学し、アルブレヒト・デューラー(1471-1528)やレンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の素描作品を鉛筆で模写しているとき、予備的な素描を、表現そのものにできないかと考えた。大学で初めて日本画の画材を使い、素描をもとに本画を描いた。胡粉の白と緑青(ろくしょう)★1を焼いてつくる色が鉛筆の鉛色に似て気に入った。
 「見るという行為そのものが、私にとってとても不思議な未知なる世界なんです。人間に与えられた何かを感じる力、知覚、視覚……できうる限り真摯に鍛え、私にはこう見えた、こう感じたという、自分の眼、感覚を絵に残していきたい……。測りしれないものに少しでも近づくために、私は絵を描いているのかもしれないですね」と、日高は絵を描く意味を述べる(『CAMK流─現代「日本画」の精華』p.89)。
 制作の核にあるのは、自宅に近い神社での写生、樹の枝のドローイングである。1988年から制作が始められた「樹を見上げて」のシリーズによって、樹を見上げるという独自の視点を獲得した日高。画面を支配していた重力を解放し、背景としての“空”を獲得するなど、《樹を見上げて V》は新たな方途となった。

*1:孔雀石という鉱石を原料とする緑色の顔料。粒度によって緑色の色調が変化する特徴がある。また火にかけることで黒色に近い緑色もつくり出せる。

【樹を見上げて Vの見方】

(1)タイトル

樹を見上げて V。英名:Looking Up the Trees V。番号を振っているが、独立したひとつの作品。「樹を見上げて」を何度も描く必要性や意味があったのだろう。

(2)モチーフ

樹、空。自宅近くの神社の樹。枝は空間を測量するための目印となる。

(3)サイズ

縦162.0×横162.0cm。風景画は横長の画面が一般的だが、天地左右にとらわれないようにあえて正四角形に挑戦した作品。

(4)構図

樹の下から真上を見上げた真四角の構図。

(5)色彩

白、黒、灰、茶。黒は、緑青を焼いてつくる。鉛筆素描のような階調。

(6)画材

麻紙(まし)、胡粉、岩絵具、膠(にかわ)。粒子のある岩絵具が「呼吸しているような絵肌」や「枝の向こうに広がる空間の表現を可能にする」と日高。日本画材が日高の遠近感を表わすのに適した。

(7)制作年

1991年。

(8)落款

なし。

(9)鑑賞のポイント

見る者と樹との間(ま)が曖昧になり、一体感が生まれて包み込まれるような感じがしてくる。絵画の空間表現には、遠近法や明暗法などがあり、基本は線や色を使って距離感を出すが、この作品は遠近感がさまざまで、空間の階層が重なり合っている。地と図、白と黒のシルエットのような平面をいかに崩していくか、また、地と図の関係からどのような空間をつくり出していくか。遠くて近い、近くて遠い無限の世界を目で追うと楽しい。日本画と現代美術の領域を横断して、「見ることと、感じることと、描くこと」を一体化した日高初期の代表作品。

重層的な空間

 「絵を描くことが困難であるのと同様に、絵を語ることも難しい」と言う尾野氏であるが、《樹を見上げて V》についてあえて感想を伺った。
 「見かけはストイックだが、目に見えない生命力、可能性を内に秘めた生命力が潜んでいるように思う。また、《樹を見上げて V》の余白・間(ま)も魅力的だ。見る者と枝、枝と空、重層的な空間を取り込むための大事な要素としての余白。広がりとともに、深さを与える余白。デッサンを見る者は線そのものを見ているのではなく、線が取り囲む空白を見ているのだとすれば、余白の表現は違った意味を持ってくる、セザンヌの余白がよい例だ」と語った。
 徹底して見詰める画家である日高は、同じ場所で同じ樹をじっと見詰め、季節により変化する枝を身体と一体化するまで描くという同じ動作を繰り返す。視覚・知覚の神秘を探っていくなかで「樹を見上げて」のほか、「樹の空間から」や「空との距離」のシリーズが生まれている。
 「〈絵で大事なのは、正しい距離を見出すことだ〉というセザンヌの教えのとおり、距離は一番のキーワード。距離を感じるのは視覚だけではない。というか、身体感覚で感じ取れる距離もある。身体を通して感じる空間を平面で表現するのは困難だろうが、枝を見詰める観察力と、枝で線、葉で面を描き分ける描写力を保持することで、日高は答えではなく、さらなる課題を自然からよりよく引き出している」と尾野氏は言う。天空へとつながる何もない空間が、枯渇しないインスピレーションを与えている。

■尾野正晴(おの・まさはる)

静岡文化芸術大学名誉教授。1948年神戸生まれ。1972年京都大学経済学部経営学科卒業。1972年三井不動産、1973年(財)西宮市大谷記念美術館学芸員、1975年福岡市美術館学芸員、1981年滋賀県立近代美術館学芸員、1986年国立国際美術館研究員、1991年同主任研究官、2000年静岡文化芸術大学文化政策学部教授、2010年同大学大学院兼務、2006年〜2008年滋賀県立近代美術館館長(非常勤)、2014年より現在に至る。専門:近現代美術。主な展覧会企画:「20世紀彫刻の展望」(滋賀県立近代美術館, 1984)、「モーリス・ルイス」(滋賀県立近代美術館, 1986)、「絵画1977-1987」(国立国際美術館, 1987)、「ミニマル・アート」(国立国際美術館, 1990)など。主な編著:『20世紀美術双書II 絵画頌』(アキライケダギャラリー, 1988)、『ワーキング・スペースー作動する絵画空間』(福武書店, 1989)、『セザンヌと現代絵画』(光琳社出版, 1990)、『名画と出会う美術館 第6巻 躍動する現代美術』(小学館, 1992)など。

■日高理恵子(ひだか・りえこ)

画家・多摩美術大学教授。1958 年東京都生まれ。1983年武蔵野美術大学造形学部日本画科卒業、1985 年同大学大学院造形研究科美術専攻修了。1995-96年文化庁芸術家在外研修員としてドイツ滞在、2009年より多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻教授。主な展覧会:個展(みゆき画廊, 1985)、個展(ヒルサイドギャラリー, 1989)、個展(ギャラリー16, 1990)、「第11回山種美術館賞展〈今日の日本画〉」(山種美術館, 1991)、「Art Today ‘93」(セゾン現代美術館, 1993)、「現代絵画の一断面『日本画』を越えて」(東京都美術館, 1993)、個展(オーストラリア, 1997)、「VOCA‘97」展(上野の森美術館, 1997)、個展(国立国際美術館, 1998)、個展(佐賀町エキジビット・スペース, 1999)、個展(小山登美夫ギャラリー, 2000)、「今、ここにある風景=コレクション+アーティスト+あなた」展(静岡県立美術館, 2002)、「日本の知覚」展(オーストリア・スペイン・日本, 2005-2006)、「プレイバック・アーティスト・トーク」展(東京国立近代美術館, 2013)など個展、グループ展多数。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:樹を見上げて V。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:日高理恵子《樹を見上げて V》1991年, 162.0×162.0cm, 麻紙・岩絵具, 国立国際美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:日高理恵子, 国立国際美術館, (株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 14.3MB(350dpi, 8bit, RGB)。資源識別子:4×5カラーポジフィルム(48KODAK, H-4434, カラーガイド付き・グレースケールなし), 撮影=内田芳孝。情報源:日高理恵子。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:日高理恵子, 内田芳孝, 国立国際美術館

【画像製作レポート】

 《樹を見上げて V》は、国立国際美術館が1996年度に購入。日高の作品を取扱う小山登美夫ギャラリーを経由し、日高より著作権の許諾を得、作品のカラーポジフィルムを日高より送ってもらう。印刷会社でデジタル化(350dpi, 20.4MB, 8bit, RGB)、カラーガイド付きのTIFF画像ファイルを受領。スキャニング代2, 160円。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、モニター表示のカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイド・グレースケールを参考にして、図録などの印刷物を参照しながら、目視による画像の調整作業に入る。色を調整後、縁に合わせて切り取る。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。Photoshop形式:14.3MB(350dpi, 8bit, RGB)に保存。セキュリティーを考慮し、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示を可能にしている。
 著作権者である作家の日高から作品画像を早々に送っていただいたが、作品を所蔵している国立国際美術館の使用許諾(「特別観覧許可書」の特定画像資産等使用の許可)には、申請後ひと月を要した。デジタル社会のニーズに対応するために、美術館に関わる法的な処理システムを整備するなど、今後さらなる工夫が必要であるように思われる。

参考文献

尾野正晴『20世紀美術双書II 絵画頌』1988.8.20, アキライケダギャラリー
正木基「日高理恵子──身体的なまなざし」『日高理恵子展』(図録)1989, ヒルサイドギャラリー
高島直之「矛盾する「見ること」の要請」『日高理恵子』(図録) 1990, galerie 16
編集部「Studio&Technique連載20 日高理恵子 樹を見上げて」『美術手帖』No.631.pp.178-182, 1990.12.1, 美術出版社
日高理恵子「制作ノート 樹を見上げて」『季刊 武蔵野美術』No.81, pp64-71, 1991.1.26, ムサシノ出版
中村敬治「きがふれて」『きがふれて』(図録)1992, galerie 16
加藤弘子「『日本画』を越えて」『東京都美術館特別展図録第23号 現代絵画の一断面──「日本画」を越えて』(図録)pp.4-7, 1993.9.28, 東京都美術館
正木基「21世紀作家図鑑 日高理恵子 見ることと描くことの直結がもたらすもの」『日経アート』pp.68-69, 1996.9.日経BP社
Masaharu Ono「Reiko Hidaka」(Catalogue)1997.8, Monash University Gallery, Australia
尾野正晴「枝、葉、そして空──日高理恵子の絵画」『近作展──22 日高理恵子』(図録)1998, 国立国際美術館
図録『美術に探る“原”風景──1960年代から現代まで──ふるさとニッポン展 Visionen von den Urlandschaften』1999, 北海道立旭川美術館
本江邦夫「木とともに描く」「日高理恵子」(図録)2000, 小山登美夫ギャラリー
「STARDUST 日高理恵子 枝ざかりの空」『芸術新潮』No.611, p.86, 2000.11.1, 新潮社
図録『Ikiro─be alive:Contemporary art from Japan:1980 until now』2001, Kröller-Müller Museum
図録『流動する美術──VII 視覚を越えて・巡りて:日高理恵子/光島貴之の絵画』2001.2.1, 福岡市美術館
尾野正晴「『トリックス・アンド・ヴィジョン 盗まれた眼』展について」『静岡文化芸術大学研究紀要2001 第2巻』pp.69-81, 2002.3.31, 静岡文化芸術大学
図録『今、ここにある風景=コレクション+アーティスト+あなた』2002, 静岡県立美術館
図録『新潟県立万代島美術館開館記念展I 絵画の現在 11人の作家による11の展覧会』2003, 新潟県立万代島美術館
笠間達男「名言に学ぶ302 道に行きづまった時には、大樹を見上げて勇気を鼓舞する──駒井哲郎」『週間 教育資料』No.788, p.35, 2003.1.27, 教育公論社
図録『こもれび展』2003.8.8, 水戸芸術館現代美術センター
図録『CAMK流──現代「日本画」の精華』2003.9.6, 熊本市現代美術館
図録『自然のかなた──現代美術家の視点』2005, 姫路市立美術館
本江邦夫「日高理恵子──木とともに描く」『現代日本絵画』pp.260-265, 2006.12.23, みすず書房
林洋子「画家たちの美術史51 日高理恵子 息づく絵肌が育む『空との距離』」『美術手帖』No.893, pp.197-200, 2007.4.1, 美術出版社
長田弘・日高理恵子『空と樹と』2007.11.10, エクリ
図録『眼をとじて──“見ること"の現在』2009, 茨城県近代美術館
日高理恵子「空との距離VIIIをめぐる覚え書き」『多摩美術大学研究紀要』第25号, pp.9-12, 2011.3.31, 多摩美術大学
Webサイト:「教員紹介:日高理恵子教授」『多摩美術大学』(http://www.tamabi.ac.jp/yuga/teachers/hidaka/index.html)多摩美術大学, 2015.4.3
Webサイト:「所蔵作品 日高理恵子 樹を見上げてI」『豊田市美術館』(http://www.museum.toyota.aichi.jp/collection/000232.html)豊田市美術館, 2015.4.3
Webサイト:「日高理恵子 作品詳細」『国立国際美術館』(http://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=50463)国立国際美術館, 2015.4.3


主な日本の画家年表
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2015年4月

  • 日高理恵子《樹を見上げて V》──測りしれない距離「尾野正晴」

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