2021年11月15日号
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アート・アーカイブ探求

東洲斎写楽《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》哀感にじむアンバランスな魅力──「浅野秀剛」

影山幸一

2009年10月15日号

「あまりに真を画んとて」

 今に残る写楽の版画は140数種が確認されている。10カ月間という短期間にしてはその数が破格に多く、またその画業の軌跡は四期に分けられる。写楽のデビューという第一期は、1794(寛政6)年5月、江戸三座(都座・河原崎座・桐座)の夏興行に取材した大判黒雲母摺による役者大首絵28図。同年7月からの第二期は、38図すべてが全身像となり、黒雲母摺は少なく、白雲母摺や黄ツブシ(画面全体を黄色の顔料で摺る)の細判(約33×15cm)の作品が多く出てくる。11月からの第三期は、役者絵58図で一番多い。背景に舞台装置などが描き添えられた細判が多くなり、間判(あいばん, 約33×23cm)の半身像もある。第四期は1795(寛政7)年正月、役者絵は10点と少ない。すべて細判で背景には舞台の様子がよく描かれ、資料的な印象が強い。落款は「写楽画」のみとなった。第一期の大首絵28図が白眉だ。第三期から相撲絵、武者絵なども登場している。
 大田南畝(おおたなんぽ, 1749〜1823)は「あまりに真を画んとてあらぬさまにかきなせしかば、長く世に行はれず、一両年にして止む」(大曲駒村『浮世絵類考』1941, 曲肱書屋より引用)と写楽のことを記述しているが、これは似顔を迫真的に描こうとして、あってはならないように描いたので長く人気を保てずに1、2年で作画をやめたという内容だ。そのあってはならないという造形上の特徴を浅野氏は3点挙げている。「ひとつは、美化を捨象(しゃしょう)した独特な顔貌表現。ニつめは、役者の個性表現が主で役柄の個性は従である。三つめは、稚拙さである。役者絵は役者の特徴をつかまえつつも、美化し好もしく描くというのが大前提であるが、写楽には美よりも醜を強調しているところが見受けられる」と浅野氏は述べている。

ヘタウマの源流

 写楽の個性をドイツ人の美術研究家ユリウス・クルトがとらえ、1910(明治43)年ドイツ・ミュンヘンで『SHARAKU』が出版された。これが契機となり、写楽は世界的に有名になっていった。浅野氏は出版以前に多くの人はすでに写楽を知っていたが、この本で知名度と評価が上がったと言う。とはいえ写楽は決して絵がうまいわけではないようだ。浅野氏は絵が写実的というのが好ましいというのであれば、写楽の絵は下手。でも絵は上手か下手か、リアルかリアルでないか、デッサンが正確か不正確か、というよりも最終的にどれだけインパクトを与えるかが重要。そういう意味では絵は下手でもいいと語った。
 浅野氏は雑誌『週刊朝日』の巻末にある「山藤章二の似顔絵塾」を例に出し、写楽はここで突然大賞を取ったような人、つまり写楽は絵の修練を積んでいない素人同然の絵師であり、絵がうまいことと、魅力ある絵は必ずしも合致しないという。ヘタウマの源流に写楽がいる。

醜と滑稽

 奴一平の金子(きんす)を奪い取ろうと今にも襲いかかろうとする《三代目大谷鬼次の江戸兵衛》の広げた両手は、震えているようにも見える。目尻が上がっているのは気の強さか、しっかりした顎の輪郭線は頑固そうに見える。また同時に、大胆なストライプの着物柄が悪役の極悪ぶりを際立たせ、こめかみのほつれた髪が繊細ではかなげな内面性を醸し出している。
 このような図像を、写楽は一枚に破綻なく描き出した。「主として輪郭線・目・鼻によって役者の個性を形づくり、口と眉に仕草を加えて役柄を表現しようとした」と浅野氏は解説している。明快な絵柄にも関わらず、役者の個性と役柄の二重の内面性が仕込まれていた。美の領域にある醜と滑稽を外在化させている。
 浅野氏は写楽作品の優れたところを次のように語った。「写楽流にデフォルメしたことが特質だ。リアルな表現である。ただそれだけではなく、当時から現代まで人を惹きつけるのは、写楽作品の哀感表現と言える。鑑賞者は自分を作品に投影し、生きていることの哀しさや寂しさを作品に読み取ることで、人間や生に対するひとつの共感を生む。写楽作品の本質であり、最大の魅力である」。


主な日本の画家年表
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【画像製作レポート】

 東京国立博物館所蔵の画像を販売する(株)DNPアートコミュニケーションズの協力により、数点ある《三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛》の画像のなかから、画像番号C0094594をCD-R(TIFF, 55.3MB)により入手することができた。当初は東京国立博物館のホームページ(HP)に、状態が良く新しい撮影日のように表示されていた、画像番号C0076398(列品番号 A-10569_471)を依頼していた。しかしまだHPに掲載していなかった最新の画像を手配してくれた。希望する画像がHPにないと思う場合は、確認することが肝要だろう。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によってカラー調整し、目視による画像の色調整を行なった。色調整作業は事前にカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)をスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN,8bit,600dpi)。スキャニングしたカラーガイドを実物のカラーガイドを見ながら誤差を修正。この修正済のカラーガイドと、CD-R のTIFF画像に写っているカラーガイドを合わせていった。画像データはPhotoshop形式26.6MBとして保存。また、セキュリティーを考慮して電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって拡大表示できるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]




浅野秀剛(あさの・しゅうごう)

大和文華館館長。国際浮世絵学会常任理事。1950年秋田県生まれ。立命館大学理工学部数学物理学科卒業。専門:日本近世絵画史。『原色浮世絵大百科事典』(大修館書店)の編集・校閲者ののち、千葉市教育委員会にて同市美術館の開設準備に携わり、千葉市美術館学芸課長を経て2008年4月より現職。主な著書:『東洲斎写楽 原寸大全作品』(共著, 小学館, 2002)、『菱川師宣と浮世絵の黎明』(東京大学出版会, 2008)など。

東洲斎写楽(とうしゅうさい・しゃらく)

江戸中期〜後期の浮世絵師。生没年不詳。1794〜95年(寛政6〜7)のおよそ10カ月間に、役者絵と相撲絵の版画140余図を集中的に発表、すべて蔦屋重三郎から版行。人気を得たようだが、その後浮世絵界とは交渉を絶った「謎の浮世絵師」。その正体については、葛飾北斎など同世代の知名人に仮託する説があるが、阿波徳島の藩主、蜂須賀侯お抱えの能役者、斎藤十郎兵衛(1763〜1820)と見る説(『増補浮世絵類考』(斎藤月岑(げっしん)編 (弘化元年 1844年刊))が有力。作風は、写実的な役者表現の基本を勝川派に学び、流光斎など上方絵の作風を参考に、役者の素顔と演技の特徴を大胆にデフォルメ。作画期は、短期ながら歌舞伎の上演時期に応じ、四期に区分される。第一期の大判黒雲母摺(くろきらずり)による大首絵連作が最も質が高く、27図が重要文化財(東京国立博物館蔵)である。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:三代目大谷鬼次の江戸兵衛。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:東洲斎写楽, 1794年制作, 大判錦絵(36.8×23.6cm), 重要文化財。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:東京国立博物館/(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2009.10.1。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop,26.6MB。資源識別子:maxell CD-R 700MB 2-48X SPEED TNM IA5919(TIFF, Kodak EPY 7821〔94594〕)。情報源:東京国立博物館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東京国立博物館

参考文献

本間光則『増補 浮世絵類考』1890.5, 博文館・春陽堂
大田南畝 著, 仲田勝之助 編校『浮世絵類考』p.118-p.119, 1941.9.20, 岩波書店
大曲駒村『浮世絵類考』p.20, 1941.9.30, 曲肱書屋
瀬木慎一『浮世絵師 写楽』1970.5.25, 學藝書林
『太陽 浮世絵シリーズ4“写楽”』1975.10.25, 平凡社
由良哲次『総校日本浮世絵類考』1979.8.25, 画文堂
山口桂三郎・浅野秀剛『原色 浮世絵大百科事典 第八巻』1981.4.30, 大修館書店
布施英利「連載 美術館には脳がある 第11回 東洲斎写楽〔大谷鬼次の奴江戸兵衛〕」『世界』第592号, p.319-p.323, 1994.3.1, 岩波書店
図録『大写楽展』1995, 東武美術館, NHK, NHKプロモーション
『日本の美術』(歌麿と写楽)No.365, 1996.10.15, 至文堂
浅野秀剛・吉田伸之 編『【浮世絵を読む・3】写楽』1998.1.20, 朝日新聞社
浅野秀剛「写楽画の特徴とその芸術性──第一期の大首絵を中心に──」『東洲斎写楽 原寸大全作品』p.241-p.252, 2002.4.10, 小学館
小林 忠『江戸浮世絵を読む』2002.4.20, 筑摩書房
橋本 治『ひらがな日本美術史5』p.154-p.178, 2003.9.25, 新潮社
小林 忠監修『カラー版 浮世絵の歴史』1998.12.17, 美術出版社
浅野秀剛『浮世絵ギャラリー4 写楽の意気』2006.1.10, 小学館
内田千鶴子『写楽を追え』2007.1.30, イースト・プレス
河野元昭 監修『別冊太陽 江戸絵画入門──驚くべき奇才たちの時代』2007.11, 平凡社
細野正信 監修『日本絵画の楽しみ方完全ガイド』p.124-p.125, 2008.4.18, 池田書店
中野三敏『写楽』2007.2.25, 中央公論新社
辻 惟雄・浅野秀剛 監修『すぐわかる楽しい江戸の浮世絵──江戸の人はどう使ったか』p.152-p.153, 2008.9.15, 東京美術
大久保純一『カラー版 浮世絵』p.45-p.55, 2008.11.20, 岩波書店
中右 瑛 監修『寫楽・歌麿・北斎・広重 四大浮世絵師』2008.12.10, 青幻舎
浅野秀剛「写楽肉筆画の真贋鑑定」『版画芸術』夏号No.144, p.62-p63, 2009, 阿部出版
浅野秀剛「語りかける大首絵 十選〈3〉東洲斎写楽〔初代尾上松助の松下造酒之進〕」『日本経済新聞』文化44, 2009.9.29, 日本経済新聞社

浮世絵の画像が公開されている代表的なWebサイト

国立国会図書館 貴重書画像データベース
国立歴史民俗博物館 錦絵データベース
東京都立図書館 貴重資料画像データベース
静岡県立中央図書館 デジタルライブラリー
山口県立萩美術館・浦上記念館 収蔵作品検索システム
東京大学史料編纂所 錦絵データベース
立命館大学ARC所蔵 浮世絵検索閲覧システム
早稲田大学 演劇博物館所蔵浮世絵閲覧システム
慶應義塾図書館稀覯書画像 日本の錦絵
渋沢栄一記念財団 実業史錦絵絵引データベース

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