2021年11月15日号
次回12月1日更新予定

アート・アーカイブ探求

長沢芦雪《虎図》写実から解放されたユーモア──「辻 惟雄」

影山幸一

2010年11月15日号

応挙からの出発

 機智に富む芦雪の絵でありながら、インパクトの弱さを感じるのはなぜなのだろうか。「芦雪が円山応挙から出発したことと関係するかもしれない。応挙の写実描写を完全にマスターし身につけた芦雪は、ボキャブラリーを新しく加えるのが難しかったのだろう。もともと応挙とは違う諧謔や擬人化した表現であったが、それが出しづらかったのでは。だがそれでは応挙の亜流と言われるようなものになってしまう。芦雪は自覚して応挙の亜流にはなりたくないと思っていた。芦雪のもっていた素質を活かして、大胆な機智的な表現を展開した。奇想の度合いは、若冲は地のまま全部、地と奇をてらう要素が半々の蕭白。芦雪には生来の奇の部分がさほど濃くなくて、それをカバーしようという努力があった」と辻氏。
 芦雪の《虎図》をインパクトが弱いと感じたのは、本土最南端の地、和歌山県串本町の温暖な気候の無量寺で実物を見ていないからだと思えてきた。横4m以上のワイド画面に全身を横一杯に伸ばした猫のような虎が描かれていたら、どう感じるのか。体験するほかない。写実の基本をしっかり学んだ芦雪だからこそ、一気加勢に描いた巨大な虎も破綻なく作品となったのだろう。ウィットとユーモアを生み出す基底に写実があることを見落としてはならないのだ。辻氏が、米国の若冲コレクターであるジョウ・プライス氏から聞いた「若冲は85歳まで生きたが芦雪は46歳で亡くなった。もし芦雪が若冲の歳まで生きたとしたら、おそらく若冲をしのぐ画家になったろう」、また蕭白研究家のマネー・ヒックマン博士(元ボストン美術館員)から聞いた「蕭白には力があるが芦雪のような優雅さに欠ける」という言葉に虚を突かれた思いがした。

氷の中の魚

 もうひとつ芦雪の人間性を表わした印章の逸話を伺った。「印章が、なぜ魚なのか。芦雪が淀から京都の応挙のアトリエに通って絵を教えてもらっているとき、冬の寒い日の朝で道端の小川の水が凍っていて、中に魚が閉じ込められていた。気になったので帰りにまた見てみると、氷が溶けていたので魚は自由を得て嬉しそうだった。翌日そのことを師匠の応挙に話すと、自分の修業時代を思い出すと言われた。応挙は天才というよりも努力型で、あの素晴らしい描写技術は、技術を使いこなせるようになって、初めて自由を得たのだと応挙は芦雪に語った。芦雪はそのことを忘れないように、氷の象徴である亀甲型の中に魚という字を入れた判子を使い出した。判は現在も残っているが、故意に割られた跡があり、芦雪が師の画風から自由になった証としてあえて割ったといわれている。芦雪39歳の時に描いた作品の印が欠損しているので、その頃ではないかと思われる」。

せめぎあう地点の言葉

 辻氏は30代に「奇想」、40代に「遊び」、50代に「かざり」、60代に「アニミズム」と、時代ごとにキーワードを掲げてきた。今、辻氏は明言する。「絵は、描く人と見る人、五分五分で成り立ち、いい絵は直感と経験により瞬間に判断される」。辻氏が美術作品にひそかに望むのは、意表をつかれたいということだと言う。眠っている感性と想像力が一瞬に目覚め、日常性から解き放たれるような喜びを感じたいのだそうだ。「奇想」というのは、そのようなはたらきを持つ不思議な表現世界を指すために使われている。
 そして「美術史をやるのだったら、モノに直接対面するのが一番大事。それがやりがいというか生きがい。考古学者が土の中からすごいモノを掘り当てるのと、モノにこだわるという意味では同じ。印刷の技術は確かにどんどん上がっているが、実物を見るのとはやっぱり全然違う。図版では、大きさの概念がわからない。ネズミとゾウの違いがわからないようなものでね。3mある絵巻とそれを印刷した図版ではまるで違い、そこがこわい。大きさっていうのは実は非常に大事な要素なんです。カラーで印刷すると実物よりきれいになっちゃいますしね。実物の肌触りがなくなる。別のものを見ていると思ったほうがいいでしょう。ただ、実物を見る場合、見る度に印象が違ってきてしまうという側面もあります。光の状態や自分の状態にも影響されやすい。実物を見ることは、それだけデリケートで重要だということ。また“美術史というのは学問ではない”などと言われることがある。そう言われるとき、学問とはなにか、と思い悩みます。実証性、客観性が学問にとっての最重要な柱とすれば、美術史といえどもそれらを大事にしなければなりません。しかし、歴史上の出来事を実証だけで詰め切れるでしょうか。それだけではわからないということのほうが多すぎます。それなのに時代の雨風を逃れて、今われわれの前に残っているモノが、見るものをしばしばギョッとさせ、感動させるのはなぜか。それも実証のものさしで測れることではない。こうしたギャップを埋めるのが想像力、イマジネーションの働きではないでしょうか。直感と連動した想像力の自由な働きと、それの反対側にある実証を求めての分析力・思考力。この二つの対立物がモノをめぐってせめぎあう地点、それが“美術史の研究の場”というものだと思っています。また面白いか、面白くないかって、非常に重要だと思うんですよ。それを第一の価値基準としてモノを見ています」。辻氏は美を探る新しい言葉を考え続けている。

創造的型破り

 辻氏は「中世から近世にかけての日本絵画の歴史は、応挙のような〔型〕を作り出す画家と、その〔型〕を継承する呉春のような画家、さらにはその〔型〕を崩したり壊したりする〔型破り〕の芦雪のような画家という、三つの役割分担によって織り成されてきた」と述べているが、芦雪はその型破りのイメージ通り。
 馬術、水泳、剣術、音楽と多趣味多芸で、独楽(こま)の曲芸が得意だった芦雪。あるとき殿様の前で披露した際、その独楽を受け損じて眼に刺さり、片目がつぶれてしまったと伝えられている。また師である応挙から三度も破門されたという話が残っている。自由奔放で傲慢に見えた芦雪の態度に反感をもつ者がいたのかもしれない。芦雪は46歳にして大坂で急死した。それも自殺説と毒殺説があり、尋常な死に方ではなかったようだ。一男二女を設けたが、いずれも夭折し、妻は芦雪の死後4年に32歳の若さで亡くなった。日本一大きい《虎図》は、南紀の風土の中で芦雪を解放しているにちがいない。
 「長沢芦雪 奇は新なり」展が、2011年3月12日〜6月5日MIHO MUSEUMで開催される。《虎図》ほか新発見の作品や80年ぶりに公開される《方寸羅漢図》など、創造的型破りの作品が約100点出展される。2000年に開催された没後200年記念展以来の芦雪の大規模展である。


主な日本の画家年表
画像クリックで別ウィンドウが開き拡大表示します。



辻 惟雄(つじ・のぶお)

MIHO MUSEUM 館長。1932年名古屋市生まれ。東京大学教養学部理科II類入学、同大学文学部美術史学科卒業、1961年同大学院美術史専攻博士課程中退。東京国立文化財研究所美術部技官、東北大学文学部教授、東京大学文学部教授、1993年定年退官。国立国際日本文化研究センター教授、1998年多摩美術大学学長のち千葉市美術館館長。東京大学名誉教授、多摩美術大学名誉教授。専門:日本美術史。主な著書:『奇想の系譜』(ぺりかん社, 1988)、『岩波 日本美術の流れ 日本美術の見方』(岩波書店, 1992)、『日本美術の歴史』(新書館, 2009)、『岩佐又兵衛 浮世絵をつくった男の謎』(文藝春秋, 2008)など。

長沢芦雪 (ながさわ・ろせつ)

江戸中期の画家。1754〜1799。丹波国篠山(兵庫県東部)生まれ。幼少時に淀藩(京都市)の足軽長沢氏の養子となったといわれる。名は政勝。字(あざな)は氷計。芦雪は号。20歳代後半に写生の祖、円山応挙に師事、高弟となる。師風とは異なる大胆で奇抜な着想による奔放な画風。1786年暮れから翌年、南紀各地を回り、無量寺、草堂寺、成就寺などに多くの障壁画を残す。厳島神社に《山姥図》を奉納した。京都回向院にねむる。代表作は《虎図》《海浜奇勝図》《白象黒牛図屏風》《富士越鶴図》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:虎図。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:長沢芦雪, 江戸時代1832年(天明6)頃, 紙本墨画, 襖183.5×115.5cm(4面)・180.0×87.0cm(2面), 重要文化財。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者: 無量寺・串本応挙芦雪館。日付:2010.11.11。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 109.4MB。資源識別子:imation DVD-R 4.7GB 8x(MAH 1310C09235040 8)。情報源:無量寺・串本応挙芦雪館, DNPメディアクリエイト。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:無量寺・串本応挙芦雪館, DNPメディアクリエイト



【画像製作レポート】

 《虎図》は無量寺・串本応挙芦雪館の所蔵。「作品画像借用書」を無量寺へFaxし、その後電話で作品のポジフィルム借用を依頼。電話で仮許諾を得、作品の画像を管理しているDNPメディアクリエイトを知る。正式許諾を得るため改めて「作品画像借用書」を作成し、社印を押して無量寺へ郵送。折り返し「作品画像使用許可書」が返信された。そしてDNPメディアクリエイトから、DVD-Rで《虎図》の襖6枚(各20MB)、《虎図》《薔薇に猫図》のスナップ写真11枚が送られてきた。カラーガイド・グレースケールなし。代金なし。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像製作に入る。目視により色を調整し、縁に合わせて切り抜く。6枚(4枚と2枚はサイズが異なる)の画像をつなぎ合わせるのに手間取った。Photoshop形式109.4MBに保存する。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

土居次義『日本近世絵画攷』1944, 4.25, 桑名文星堂
森 暢「南紀の蘆雪──無量寺を中心として──」『三彩』第139号, p.19-p.28, 1961.6.1, 三彩社
山川 武「長沢芦雪とその南紀における作品」『國華』860号, p.5-p.57, 1963.11.1, 國華社
鈴木重三「国芳の奇想」『萌春』p.1-p.6, 1966.6.15, 日本美術新報社
図録『南紀寺院の長澤蘆雪画』1974, 和歌山県立博物館
小林 忠・辻 惟雄・山川 武『水墨画大系・普及版/第十四巻 若冲・蕭白・蘆雪』1977.12.23, 講談社
『日本美術絵画全集 第15巻 狩野探幽』《竹虎図襖》1978.4.25, 集英社
宮島新一編『日本の美術』通巻219号, 1984.8.15, 至文堂
『開館25周年記念 串本応挙芦雪館収蔵品図録』1986.2.1, 串本応挙芦雪館
『円山應舉研究 図録篇』p.195《水呑虎図》, No.373, 1996.12.10, 中央公論美術出版
図録『没後200年記念 長澤蘆雪』2000, 日本経済新聞社
赤瀬川原平・山下裕二『日本美術応援団』2000.2.20, 日経BP社
狩野博幸「トラの絵師・蘆雪の危うき“豪放”」『芸術新潮』第51巻第6号 通巻606号, p.74-p.81, 2000.6.1, 新潮社
橋本 治「連載 ひらがな日本美術史 その78 曲がり角に来ていたもの」『芸術新潮』第52巻第4号 通巻616号, p.127-p.134, 2001.4.1, 新潮社
山下裕二 監修『水墨画入門 見る・味わう・愉しむ』2004.3.30, 淡交社
辻 惟雄『奇想の系譜 又兵衛─国芳』2004.9.10, 筑摩書房
Webサイト:「長澤蘆雪〔虎図〕」『KIRIN ART GALLERY 美の巨人たち』
2005.2.12(http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/f_050212.htm)TV TOKYO, 2010.11.4
図録『特別展 天才と奇才の師弟 応挙と芦雪』宮島新一監修, 2006, 奈良県立美術館・読売新聞大阪本社
『別冊太陽 日本のこころ150 江戸絵画入門 驚くべき奇才たちの時代』2007.12.20, 平凡社
図録『対決──巨匠たちの日本美術』2008.7.8, 朝日新聞社
Webサイト:「串本無量寺制作ルポ|2008〜2009」『伝匠美』(http://www.dnp.co.jp/denshoubi/reportage/k01.html)大日本印刷, 2010.11.4
Webサイト:「串本無量寺再建当時の応挙と芦雪の絵画空間を再現」『DNPニュースリリース』2009.10.28(http://www.dnp.co.jp/news/1209915_2482.html)大日本印刷, 2010.11.4
辻 惟雄『ギョッとする江戸の絵画』2010.1.15, 羽鳥書店
Webサイト:高井ジロル「“奇想”という美のかたちを見出したユニークな研究者(前篇)美術史家  辻 惟雄」『WEDGE infinity』2010.4.20(http://wedge.ismedia.jp/articles/print/864)ウェッジ, 2010.11.4
Webサイト:高井ジロル「“奇想”という美のかたちを見出したユニークな研究者(後篇)美術史家  辻 惟雄」『WEDGE infinity』2010.4.26(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/873)ウェッジ, 2010.11.4
『湘南よみうり』Vol.377, 2010.11.1, 湘南読売会

2010年11月

  • 長沢芦雪《虎図》写実から解放されたユーモア──「辻 惟雄」

文字の大きさ