ボーン・デジタルの情報学
第2回:巨人の肩の上に立つ
大向一輝(国立情報学研究所・総合研究大学院大学助教)2009年10月15日号
前回、「学術分野においては、研究者はアーカイブを活用し、また自身の成果をアーカイブに加えることが死活的に重要である」と述べた。
無論、アーカイブとの関連が深いのは学術分野だけではない。どの分野においても過去の貴重な資料・作品を保存するためのアーカイブは多数存在している。しかし、学術分野のアーカイブは保存目的ではなく、研究者が「いま」それを使わなければ職能をまっとうできないという点で、他の分野と一線を画していると筆者は考えている。それでは、研究者はどのようにアーカイブと関わっているのだろうか。
ドワーフと巨人
グーグルが提供している論文検索サービスGoogle Scholarにアクセスすると、図1のように検索ボックスの下に「巨人の肩の上に立つ(英語版ではStand on the shoulders of giants)」と書かれている。何の説明もなく、いささか唐突にも感じられるこの言葉は、近代物理学の祖アイザック・ニュートンが好んで使っていたことで有名な慣用句である。
図2に示すように、ドワーフ(小人)は地面に立っていると遠くの風景を見ることができないが、巨人の肩の上に立つことで、当の巨人よりもほんの少しだけ遠くを見渡すことができるようになる。学術の世界でもこれと同様に、一人ひとりの研究者が生み出す知見は小さいかもしれないが、「巨人」すなわち先人たちの膨大な知識の上に積み上げることで学術の発展に貢献することができる。
その意味で、「巨人の肩の上に立つ」という言葉は、常に先人に畏敬の念を払うべし、という戒めであるとともに、自身が生み出した知識もまた巨人の一部となって次の誰かの礎になる、という学術そのものが内包しているプロセスを表現したものであると言える。
引用=コミュニケーション
上で述べた学術のプロセスを円滑に循環させるために、知識のアーカイブは極めて重要な役割を担う。基本的に、研究者の活動は学術論文や専門書(以下まとめて学術文献と呼ぶ)のかたちにまとめられる。すなわち、学術分野におけるアーカイブとは、学術文献が収集・保存されたものである★1。
さて、学術文献が一般の記事や書籍と異なる点は、その内容もさることながら、過去の文献への引用や言及が非常に多いことである。また、過去の文献を一切参照していない研究成果は、内容がどれほど興味深いものであったとしても信頼性が認められず、結果として評価されない。
過去の文献で行なわれた議論を引き継いだり批判したりする際に引用するのは当然としても、直接には関連していない類似研究を複数取り上げ、それらとの相違点を詳細に示すことが文献の信頼性を高めるための重要な要素であるとされている。一見無駄なようにも見えるこの引用の「作法」も、「巨人の肩の上に立つ」システムを念頭に置くと、「巨人」たる学術知の集積に新たな知見を組み込むための仕組みとして理解することができる。
一方、引用は文献そのものの評価の仕組みでもある。発表された研究成果の価値は、その後に他の文献からどの程度引用されるかによって決定される★2。
このように、学術の分野は文献の引用を通じて過去から未来へと連綿と続いていくコミュニケーションの過程であるととらえることができる。そのなかで、アーカイブは単に資料の散逸を防ぐだけではなく、より積極的に知識の流通を担うという役割が求められてきた。