ボーン・デジタルの情報学

第3回:電子ジャーナルの時代

大向一輝(国立情報学研究所准教授)2010年01月15日号

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学術論文の電子化と電子ジャーナル

 学術論文の電子化は、論文作成環境の進歩によるボーン・デジタル化が直接引き起こしたわけではない。この流れとは別に、電子図書館の進化形として論文をデジタル化し、ネットワークを通じて提供する試みが行なわれてきた。
 初期においては紙で出版された論文をスキャンし、画像データとして配信するタイプの電子図書館サービスが登場した。国内では、学術情報センター(現・国立情報学研究所)が1997年より「NACSIS-ELS(現・CiNii)」というサービスを開始し、これまでに約300万論文の電子化を行なっている。これについては次回以降に詳説する。
 また、貴重資料の保存という、デジタルアーカイブの本来的な役割としての電子化も進められており、科学技術振興機構の「Journal@rchive」では、1880年から発行されている日本化学会誌を筆頭に、500を超える論文誌・学会誌を創刊号から電子化し、一般公開するプロジェクトが進行中である[図2]★1


2──Journal@rchive
引用出典=http://www.journalarchive.jst.go.jp/japanese/top_ja.php

★1──Journal@rchiveでは、各学会のビジネスモデル保護の観点から、最新の数年分の論文については電子化・公開を行なっていない。

 このように、電子ジャーナルは字義通りの学術論文の電子化と、前節で述べたボーン・デジタル化の2つの潮流が重なりあうかたちで存在している。そして、電子ジャーナルは学会や図書館のありかた、そして研究者のワークスタイルに極めて大きな変化を起こしている。
 すでに、多くの論文誌ではなんらかのかたちで電子版が提供されるようになっている。電子版と言えども、必ずしも一般公開されているのではなく、会員や契約機関のみがアクセス可能になっているものなど、その運営モデルは紙の論文誌と変わるものではない。また、紙から電子版へ一気に移行したわけではなく、紙と電子版を併用している学会や、電子版の利用に強い制限を設けている学会など、さまざまなポリシーで運営されている。
 それでも、電子ジャーナルの利便性やコスト面での優位性から、冊子での頒布を廃止し、完全にデジタルでのみ流通する論文誌が増加しつつある。国内では、この流れを支援するために、科学技術振興機構による「J-STAGE」という電子ジャーナル構築サービスが提供されている[図3]


3──電子ジャーナル構築サービス「J-STAGE」
引用出典=http://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja

 電子ジャーナルの時代になり、研究者は手元のコンピュータから論文をダウンロードして閲覧するようになった。その利便性は圧倒的であり、これまでのように図書館に出向く機会が激減している。その図書館は、論文誌の保管庫ではなく電子ジャーナルの契約担当者や大学内のシステム管理者としての役割が求められるようになっている。
 学会もまたそのような変化から無縁ではいられない。電子ジャーナルのためのシステム構築を個々の学会が個別に行なうことは負担が大きく効率的でないことから、出版機能は専門の組織あるいは企業が受け持ち、学会は会員の交流と査読のみを行なうというかたちで機能分化していく傾向が見られる。とくに科学・技術・医学分野では顕著であり、各分野の頭文字を取ってSTM出版社と呼ばれるいくつかの大規模な学術出版社が多数の電子ジャーナルを発行する状況となっている。
 電子ジャーナルを契機として、学術情報の流通は研究者同士の互助的(あるいは牧歌的)な仕組みを脱し、商業出版と一体化しつつある。そこでは、利便性が上がる一方で、コンテンツの価格高騰のために論文誌を講読できない大学が出てくるなど、学術の本質から外れるような事態も起こりつつある。

 次回は、電子ジャーナルが研究の世界に何をもたらしているのか、それに対してどのような活動が行なわれているかについて述べる予定である。

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大向一輝

1977年京都生まれ。国立情報学研究所准教授。博士(情報学)。2005年総合研究大学院大学博士課程修了。セマンティックウェブやソーシャルメデ...

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