デジタルアーカイブスタディ

夢の電子図書館へ──「大規模デジタル化事業」
国立国会図書館長 長尾真

影山幸一

2011年12月01日号

その他

2001年発行の著書『「わかる」とは何か』で、想定外の原子力発電事故と地震を予言されています。東日本大震災によって被災した地域、特に自然が美しい福島県では人災ともいえる原発事故によって大きな被害が出ました。福島県にデジタル文化特区を設けて、デジタル文化と自然が調和する新しい文化創造エリアの中心施設として「デジタルアーカイブセンター(Japan Digital Archives Center)」の設置を私は構想していますが、3.11以降、長尾館長が災害に関して考えたことを教えて下さい。

長尾──原子力発電については、昔から疑問を持っています。今回の震災に対し、国会図書館として何をするのが大事かを考えました。資料の修復のお手伝いはやってきていますが、もっと長期的に何をすべきかを考えたときに、震災に関するあらゆる記録をきちっと集めて、後世に残して日本国内だけでなく世界的に利用していただく「東日本大震災アーカイブ」をつくりましょうと、提唱しています。地震や津波も原発もいろいろな記録があるので、国会図書館だけでは集められない。そのため総務省、文部科学省、経済産業省、環境省、内閣府といった関係省庁に呼びかけ、それぞれの担当分野で記録を集めてもらい、デジタル化して、誰でも利用できるかたちをつくりたいと思っています。国会図書館としては、ネットワーク上の情報を全部集め、関係省庁が集めたデジタル資料と合わせて統合的に検索できるポータルサイトをつくっていく。今まで関係省庁と二度ほど会議を開き、みなさんが合意をしてくれ、第3次補正予算のなかに必要経費を計上していただきました。これから本格的に記録集めが始まると思います。特に今回、デジタルカメラによるビデオ映像がたくさんあります。こういうものも貴重な資料で、研究にも教育にも利用できます。この計画は被害状況だけでなく、復旧復興のプロセスまで含めて記録を残していこうということなので、価値があるし、100年、1,000年伝えていくように努力しましょうと、やり始めています。

長尾館長は「知識は我らを豊かにする(Through knowledge we prosper)」というキャッチフレーズを掲げ、図書館界の改革を推進しています。来年1月より「国立国会図書館デジタルアーカイブポータル(PORTA)」が「国立国会図書館サーチ」へと進化するのもその功績のひとつですが、将来の電子図書館の夢をお聞かせ下さい。

長尾──人間の頭脳にはものすごい知識や情報が入っており、それを自由に取り出せるようになっています。図書館の世界でもそれと同じように、膨大な過去のすべての知識を集積して使えるようにしたい。第二段階としては、より高度化し、検索語と似たような情報を連想的に取り出すなど、人間頭脳の知識構造に似たようなところへ徐々に近づいていく可能性があると思います。その知識の構造は中立的でひとつですが、私が見たときはこんなふうに見え、他の人が同じ知識構造を見たら別の知識構造が見えてくる、といったような知識のシステムをつくることです。つまり人によって関心事も過去の経験も違うので、そこから見たときに知識がどう見えるか、またどう活用できるか、そういう見え方やいろいろ違った取り出しのシステムをつくる。ある人にとってはすごく大事な情報でも他の人にとっては価値がないと思う情報、すぐには見えないが関連する情報世界に引き込んで発見を促すもの。個人個人によってウエイト付けされた図書館機能を持つ人工知能的な図書館というものを夢見ています。

そのためにはデジタルアーカイブは網羅的である必要がありますね。

長尾──そうです。

最後に、長尾館長が橿原神宮の宮司さんのご子息だったことには驚きました。京大退官後は一時神主になろうと思ったそうですが、長尾館長の今後の夢を教えて下さい。

長尾──これからは京都へ帰って、本を読んで空想でも巡らして過ごします(笑)。

ありがとうございました。

インタビューを終えて

 長尾館長には毎週のように講演が続く多忙のなか、インタビューに対応していただいた。ゆっくりと言葉を確かめながら話す誠実さが印象に残っている。
 平成22年度補正予算でも、引き続き約10億円が計上され、2012年1月末までその分の作業が続いているが、「大規模デジタル化事業」は国立国会図書館の革命であり、日本の歴史に残る知の改革事業であろう。この事業そのものがアーカイブされていく価値がある。
 また、『国立国会図書館 資料デジタル化の手引2011年版』は、現時点における資料のデジタル化標準を示唆しており、美術界にとっても参考になると思う。特に、原資料を直接スキャニングするときのカラーマネジメントとsRGB、sYCC、Adobe RGBといったデジタル画像のカラースペース、JPEG2000を推奨した画像フォーマットなどは、色彩の再現性にも関連し、今年発刊された『文化資源のデジタル化に関するハンドブック』と『アート・アーカイブ ガイドブック β版』とともに一読の必要性を感じた。
 「日本古来の文化のなかに、これからの世界の普遍的概念になるであろう情の感覚が、底流として流れていると思う」と、21世紀を予感する長尾館長。文化の世界と、精神の世界の接点に、美術の世界があることを認識させてくれた。「美を生命力」と語った長尾館長の言葉に力づけられている。

長尾真(ながお・まこと)

国立国会図書館長。京都大学名誉教授。1936年生まれ。1959年京都大学工学部電子工学科卒業、1961年同大学工学研究科修士、1966年工学博士(同大学)。同大学の助手ののち講師、助教授を務め、1973年京都大学工学部教授、1989年日本認知科学会会長、1991年機械翻訳国際連盟設立初代会長、1994年言語処理学会設立初代会長、1994年電子図書館アリアドネ公開、1995年京都大学附属図書館長、1997年第23代京都大学総長、1998年電子情報通信学会会長、1999年情報処理学会会長、2000年日本図書館協会会長、2001年国立大学協会会長、2004年情報通信研究機構初代理事長、2007年より現職。主な受賞:IEEE Emanuel R.Piore Award(1993)、大川出版賞(1995)、紫綬褒章(1997)、日本放送協会放送文化賞(1999)、C&C賞(1999)、英国ノッティンガム大学名誉博士(1999)、ACL Lifetime Achievement Award(2003)、仏国レジオンドヌール勲章シュヴァリエ級(2004)、日本国際賞(2005)、文化功労者(2008)など。主な著書:『情報工学講座 画像認識論』(コロナ社, 1983)、『機械翻訳はどこまで可能か』(岩波書店,1986)、『知識と推論』(岩波書店, 1988)、『人工知能と人間』(岩波書店, 1992)、『電子図書館』(岩波書店, 1994 .新装版 2010)、『「わかる」とは何か 』(岩波新書, 2001)、伝記的なものとして『情報を読む力、学問する心』(ミネルヴァ書房, 2010)など。

2011年12月

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