デジタルアーカイブスタディ
展覧会図録のデジタルアーカイブとその公開──三の丸尚蔵館の事例から
三島大暉(宮内庁三の丸尚蔵館学芸室研究員)
2023年09月01日号
コロナ禍で大きく加速したDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れのなか、2022年に改正された博物館法では「博物館資料に係る電磁的記録を作成し、公開すること」という項目が追加され、国内の文化的基盤を支えるミュージアムにおいても、デジタルアーカイブに対する注目度はますます高まってきている。
皇室に代々受け継がれ国に寄贈された絵画・書・工芸品などをはじめとして、約9,800点の美術品類を収蔵する「三の丸尚蔵館」(※)。同館は近年、国内でもまだ珍しい事例として、自館で開催された展覧会の図録をデジタル化し、ウェブサイト上での公開を始めた。同館学芸室研究員の三島大暉氏に、同館におけるデジタル資料の構築と保存、活用の具体的手法や、これからの課題についてご寄稿いただいた。(artscape編集部)
はじめに
2021(令和3)年までの間に三の丸尚蔵館では展覧会図録のデジタルアーカイブを行なった。具体的には、1993(平成5)年11⽉から 2020(令和2)年9⽉まで開催してきた86 回に及ぶ企画展(第19、84 回展覧会および特別展を除く)の展覧会図録をスキャンしてデジタル化(PDFファイル化)し、一部編集を加えて2021年に三の丸尚蔵館のウェブページからダウンロードできるように公開した
。図1は三の丸尚蔵館のこれまでの展覧会図録を一覧化したページ であり、展覧会名をクリックした先の各ページでPDFファイルを掲載している。以下、三の丸尚蔵館の事例を紹介し、展覧会図録のデジタルアーカイブの課題や期待を述べていく。記録資料としての展覧会図録
展覧会図録(カタログ)は展覧会で出品された作品の図版が掲載された冊子であり、作品解説、資料、展覧会のテーマに沿った論文やコラムなども掲載されている。そのため、展覧会図録は気に入った展覧会や作品の思い出になるだけでなく、展覧会の記録資料として重要である
。また、新しい図録は最新の調査研究成果が反映されているという点で、そして過去の図録は当時の作品に対する評価や調査研究状況(例えばある作品の作者が不明となっていたことなど)を示しているという点で、いずれも作品の基礎的文献になる場合もある。一方、展覧会図録の多くは、一般的な書籍の流通ルートと異なり入手経路が限られるため「灰色文献」と指摘されることがあり、販売が終了した図録を見たい場合は大学図書館やアートライブラリ、ミュージアムライブラリなどに行く必要があるなどアクセスしづらい面もある。三の丸尚蔵館の場合:収蔵品情報へのアクセスを助けるツールとしての展覧会図録
三の丸尚蔵館では、収蔵品の地方貸し出し要望への対応強化の一環として、収蔵品情報に簡便にアクセスできるようにすることが求められ、収蔵品の図版や解説が掲載された展覧会図録のデジタルアーカイブを実施することとなった。展覧会図録のデジタルアーカイブの事例は多くなく、特に国内ではごく一部の大学博物館などで見られる程度であったため、機関リポジトリでの刊行物PDFファイルの公開事例を調査するとともに、海外での事例を調査し、J・ポール・ゲティ美術館の事例
やメトロポリタン美術館の事例 を参考にしながら、利用しやすいものになるよう検討を進めた。展覧会図録のデジタル化は、三の丸尚蔵館の担当者の指示のうえ、デジタル化を専門とする委託事業者においてスキャン時に影が出ないよう図録の背表紙を落とし、次の3種類のPDFファイルを作成した。
1つ目は全ページをスキャンしたままの保存用PDFファイルである。解体した紙の展覧会図録に代わる保存用データとして保管するとともに、保存用PDFファイルを一部編集して作成された次の2種類の公開用PDFファイルに変更があった場合に自前で差し替えられるようにするものである。このような保存のためのデジタルアーカイブでは、スキャンの解像度を400dpiとし
、スキャンされた図録の1ページがPDFファイル上でも1ページとして扱われている。また、スキャンされたページ画像が暗くなったり、白飛びしたりしないよう、明暗調を紙の白色を基準としつつ、PC画面上、印刷時の両方とも閲覧に支障がないよう可能な範囲で事業者と調整を行なった。2つ目はインターネットで公開し利用しやすいよう保存用PDFファイルに一部編集を加えた公開用PDFファイルである。公開のための展覧会図録のデジタルアーカイブとして次の対応を行なった。まず三の丸尚蔵館の収蔵品は近現代の作品も多く、展覧会図録に掲載された著作権保護期間内の収蔵品の図版と、画像利用規定が当館と異なる機関の作品の図版について必要な対応を行なった。具体的には絵画、工芸品、写真担当といった複数の研究員が分担して展覧会図録の全ページを確認し、これらに該当する図版については一律にPDFファイル上で非表示にするようにした。
次に、公開用PDFファイルをどのようにしたら使いやすいものにできるか(どのように個々の収蔵品の図版や解説にアクセスしやすくできるか)を館内で検討し以下のような対応を行なった。まずPDFファイルの初めの方に図録に掲載された収蔵品の目次を追加してPDFファイルの機能で該当ページへジャンプできるようにした
。次に、絵巻や屏風など見開きの状態で閲覧しないと図版と作品名や解説の組み合わせがわかりづらくなるページについては、2ページ分をまとめて1画面に表示されるようにした 。そして、保存用ファイルでは1ファイルあたりギガバイト(GB)単位のファイルサイズになるが、公開用ファイルでは画像解像度を240dpiとして、印刷した際でも小さな文字が読めるようにしつつ、手軽にダウンロードできるファイルサイズ(ほとんどが100MB以内)になるよう調整を行なった。作成したPDFファイルの3つ目は、公開用PDFファイルを収蔵品ごとに活用しやすく分割したものである。これを利用して具体的には「地域ゆかりの収蔵作品ページ」
を宮内庁ホームページ上に作成した 。ここでは各都道府県にゆかりのある収蔵品をピックアップした一覧から当該作品の図版や解説が掲載された図録該当ページを参照できるようにした。展覧会図録を解体し、図録上の収蔵品の図版や解説を、収蔵品一覧から参照可能な詳細な収蔵品情報として再構成したともいえる。このような分割した公開用PDFファイルを作成するにあたって以下のことに留意した。まず大学等の刊行物PDFファイルの事例と同様に、分割されたとしても元の刊行物(展覧会図録)を辿れるようにするため、各展覧会図録の奥付のページを各PDFファイルの後ろの方に追加して、調査研究等で書誌情報が明確な資料として利用できるようにした。また、追加した奥付のページには、展覧会図録の著作権は宮内庁に属していること、掲載された情報は図録発行当時のものであることといった留意事項を付記して、分割した公開用PDFファイルが独り歩きしないようにした。
実践を経て、出てきた課題
当館は基本的に、出品作品の多くが自館の収蔵品で構成された展覧会を単館で開催してきたため、権利関係者が比較的少ない。図録の著作権自体も当館(宮内庁)が保有しているため、展覧会図録のデジタルアーカイブに向けてはスムーズに調整を進めることができたと思われる。一方、現在の国内の展覧会のうち、テレビ局や新聞社などと共催の大型の展覧会では、開催館ではなく、テレビ局や新聞社、それらを含む実行委員会が展覧会図録の著作権を保有していることも多い。そして、借用作品で構成された展覧会も所蔵者の意向や画像利用規定への対応が必要になる場合もある。このように関係者が多い場合、展覧会図録のデジタルアーカイブに際して、それにどのような目的や効果があり、どこが責任を持って権利処理等の実務を担い、デジタルアーカイブの費用を負担するかなどさまざまな調整が必要になることが、まずひとつの課題として考えられる。
もうひとつの課題は色味である。デジタルアーカイブされた展覧会図録の図版については、形や大まかな色で作品を認識するのに十分ではある一方で、できるだけ印刷物に近い色味になるようスキャンしているものの、どうしても紙の展覧会図録の色味と多少の差が生じてしまう(CMYKで印刷したものをRGBで取り込んでいるため)。さらにデジタルアーカイブした展覧会図録を画面で閲覧する際のディスプレイの色の設定の違い、印刷する際のインクや印刷紙の違いでも差が生じるだろう。そのため、特に色味と関連させた研究をする場合は作品の実物を鑑賞することが重要であり、作品が保存管理上容易に鑑賞できない場合は、少なくとも当館の展覧会図録の場合は色校正で展覧会担当者や分野担当者が実際の作品の色味に近づけるよう調整を行なっているため、紙の展覧会図録を参照することが望ましい。このような色味の課題に対応するには、完成版の展覧会図録のPDFデータも紙の図録と合わせて納品してもらうことが必要だろう。これによりOCR処理を原則必要とせず、本文内のキーワード検索が実施できるようになるメリットもある。
ミュージアムとデジタルアーカイブのこれから
上記のような課題はあるものの、展覧会図録のデジタルアーカイブを実施する機関が増えることを期待したい。当館の場合、展覧会図録のPDFファイルを公開したことにより、収蔵品の貸出や画像利用手続きの際に収蔵品情報へアクセスしやすくなっただけでなく、ちょうどコロナ禍で在宅勤務となった期間に職員が過去の展覧会図録を参照することで、ある程度業務を進めることができた。展覧会図録のPDFファイルをダウンロードしておけば、移動時間やインターネットにつながらない環境でもスマートフォン片手に図録を眺めることができる。一部の図版が表示されないといった制限はあるものの、展覧会図録の利用しやすさ・扱いやすさは各段に上がった。また、展覧会図録の保存の面でも、いずれ劣化していく紙に加えてデジタル化した展覧会図録を残していけるという点でも意味があるだろう
。当館のように、基本的に自館の収蔵品で構成された展覧会を単館で企画する館は限られると思われるが、常設展や収蔵品展の展覧会図録のデジタルアーカイブは、収蔵品情報の公開手段のひとつになるだけでなく、その館の特色、地域や分野の特徴を外に発信する足掛かりになる可能性がある。当館の事例が少しでも参考になれば幸いである。