2022年05月15日号
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デジタルアーカイブスタディ

日本美術の担い手たちの声を残すデジタルアーカイヴ──日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴの試み

加治屋健司

2011年02月01日号

 2010年に東京藝術大学で行なったシンポジウムは、「オーラル・アート・ヒストリーの実践」と題し、美術分野の聞き取りの先達である黒ダライ児氏(戦後日本前衛美術研究家)と平井章一氏(国立新美術館主任研究員)をお招きして基調報告をしていただいた。そして、アーカイヴの坂上しのぶと住友文彦が自らの経験と関心を踏まえて報告を行なった後、副代表の池上裕子と私を交えてディスカッションを行なった。オーラル・ヒストリーの重要性を改めて確認する一方で、展示や教育普及など多様な業務を行なう美術館のなかに、効果が見えにくいオーラル・ヒストリーが入っていくには、まだいくつかのステップが必要であることが示され、今後の活動を考えるうえで役に立つ重要な視点を得ることができた。


写真4 シンポジウム「オーラル・アート・ヒストリーの可能性」(2009年11月14日、大阪・国立国際美術館)


写真5 シンポジウム「オーラル・アート・ヒストリーの実践」(2010年11月27日、東京・東京藝術大学)

アーカイヴの設立と運営

 アーカイヴを設立したきっかけは、アメリカでのアーカイヴ経験である。アメリカ美術史の研究者として出発した私は、アメリカ留学時にスミソニアン協会のアメリカ美術アーカイヴなどを利用していた。アーカイヴには、手紙、草稿、切り抜き記事、写真などの物的史料に加えて、作家、批評家、学芸員、画廊主、コレクターおよびその家族などのオーラル・ヒストリー(口述史料)がある。日本の現代美術を研究し始めたときに、同様のアーカイヴが日本に存在しないことを知り、2006年に、志を同じくする池上とともに構想を練り、合計6名の大学の研究者と美術館の学芸員でアーカイヴを設立した。
 「日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ」という名称に関して、「日本美術」の定義について聞かれることがあるので、説明しておきたい。それは、一般的な用法と同様、日本の文化的文脈のなかで活動した人が作った美術のことを主として指しており、聞き取り調査の対象範囲を地域的に限定しているに過ぎない。私たちは人的にも資金的にも限界があり(専従スタッフはおらず、恒久的な予算も持たない)、池上も指摘するように、責任をもって聞き取り調査を継続していくためには、その活動の範囲をある程度明確にする必要がある。とは言え、その限定性はゆるやかなものである。私たちは、聞き取り調査をする方の国籍や居住地を日本に限定していないし、聞き取りの言語も日本語だけにしているわけではない。在日韓国人の作家やアメリカ在住の日本人作家にも話を伺うし、非日本語ネイティヴの方には英語を交えて聞き取りを行なうこともある。「日本美術」というカテゴリーを設けることで、かえって「日本美術」の多様なあり方を複数の視点から捉え直すことができるのではないかと私は考えている。
 アーカイヴの運営についても触れておこう。アーカイヴの活動に関する重要事項の決定は合議で行なっており、メンバーの個人的な関心から基本的に独立したものである。聞き取り調査の対象を決定するにあたり、私たちは、調査が必要と考える美術関係者のうち、ご年長の方から優先的にアプローチしている。とは言え、聞き取り調査は、さまざまな状況や人間関係のなかで実現する場合もあるため、そうした巡り合わせも活用することにしている。また、ご高齢ではあるが、さまざまな事情のために聞き取り調査が実現していない方もいる。現在公開しているオーラル・ヒストリーの一覧を見て、偏りがあると思う人もいるかもしれないが、それにはこうした理由がある。アーカイヴとはそもそも非体系的なものであるため、偏りの問題が完全に解消されることはないだろうが、オーラル・ヒストリーの件数が増えていけば、その問題はある程度緩和されていくだろう。
 今後の活動としては、今まで通りオーラル・ヒストリーの収集を継続していくと同時に、財源と場所の問題について検討する必要があると考えている。私たちは非営利組織であり、現在、理解を示してくださる石橋財団の助成金や研究者向けの研究助成金をもとにして活動しているが、活動を長期的に行なうためには、活動成果をアピールして、財源の安定化を図る必要がある。また、現在は公開してない音声や映像を閲覧する施設についても考える必要がある。こうした問題を考えると、いずれ何らかの形で施設・機関との提携・協力関係が必要になってくるだろう。ただ現段階では、場所を持たないことの身軽さを活かして、助成団体への説明責任を果たしつつ、聞き取り調査に集中して口述史料を充実させていきたいと考えている。

オーラル・ヒストリーのこれから

 最後に、私たちのアーカイヴとデジタルアーカイヴが交差する点に触れて本稿を終えたい。私たちのアーカイヴは、活動成果をウェブサイトで公開しているため、デジタルアーカイヴと言えるだろう。しかし、最初からデジタルアーカイヴを目指して設立したわけではなく、居住地も所属機関も異なる研究者と学芸員の集まりであることから導き出された結果である。ウェブサイトという媒体は、先述したオーラル・ヒストリーの3つの特徴を伝えるのに適しており、アクセスと検索のしやすさにも大きなメリットがある。しかし、デジタルアーカイヴにも不安がないわけではない。私たちは、現在、聞き取り調査を音声と映像で記録し、調査の様子を写真で撮影している。これらは、mp3、mpeg、jpegなどのデジタルデータであり、ハードディスクドライブとDVDで保管している(わずかだが磁気テープで保管しているものもある)。アーカイヴの史料は長期的に存在する必要があるが、言うまでもなく、現行のハードディスクドライブもDVDも、たとえば100年後には使えなくなっている可能性がきわめて高いため、定期的な記録媒体の交換や変更が必要になってくる。だが、結局それを可能にするのは、その作業を行なう人間ではないだろうか。新しいメディアが登場しても、その都度それを更新していけば史料は残っていく。したがって、デジタルアーカイヴをめぐる不安とは、ある程度、人的資源の問題に還元できるだろう。日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴの活動を続けていくことが、オーラル・ヒストリーという史料の充実をもたらすと同時に、デジタルデータとしてのオーラル・ヒストリーの存続を可能にしていくのである。

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