2019年09月15日号
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アートプロジェクト探訪

開国博Y150:都市ブランディングの主体は誰か──横浜の都市、アーティスト、そして市民

久木元拓(首都大学東京システムデザイン学部准教授)2009年07月01日号

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創造都市横浜の次なる一手は、都市ブランディング

 2008年12月、横浜で都市ブランド共創プロジェクト「imagine YOKOHAMA」★1が提唱された。これは開港150周年の節目に横浜の都市ブランドを市民が一体となって創るプロジェクトとして、横浜市都市経営局が仕掛ける新たな都市戦略である。横浜市がここで用いている「都市ブランド」とは、広く国内外に向けて発信していく横浜市の独自の価値のことを指している。それは同時に市民の横浜市への愛着や誇り、国内外の人々や企業が感じる魅力の源泉となるものであるという。
 横浜の特徴としてよく言われるのが、“初もの”のまちということである。アイスクリームやガス灯、街路樹に日刊新聞などなど、初ものの例には事欠かない。それは今日のアートとまちづくりの視点からも同様に指摘できるもので、日本初の大型国際現代美術展「横浜トリエンナーレ」の開催から公設民営のアート組織のパイオニアと称されるBankART1929、芸術不動産など新たなインキュベーションの仕組みも生んだクラスター形成の先駆的取り組みである創造界隈、そしてそれを総括するクリエイティブシティ/創造都市の提唱は、まさに“初もの“好きの横浜の真骨頂と言えよう。
 こうした動きを一気に束ね促進させる大いなる大義名分こそが、“開港150周年”というエポックである。“開港150周年”は、横浜の都市政策の目的性を高める意味でじつに効果的に活用されている。
 そしてついに、満を持して、横浜は自身で“ブランド”という言葉を使い始めた。ブランディング論から言えば、ブランドとはそれに関わるさまざまな人々の心の中で育まれるものであり、少なくとも声高に提唱するものではないとも言えよう。ついに横浜もネタが尽きたか。しかし、横浜には、あえてこの言葉を使う意味があるのではないか。そうした逆説的な認識からこのスタディをはじめるに至っている。

都市をブランディングすること──横浜ブランドとはなにか

 そもそも都市の“ブランド”となにか、実際にブランディングに成功している都市とはどのような都市と言えるのだろうか。例えば、NYやロンドン、パリなど、世界各地にいる映画や美術、ファッションなどのそれぞれのクリエイティブな仕事に関わる人々の多くが注目し、情報を得たい、訪れたい、その都市で活躍をしたいと考える国際的な文化的価値の創造拠点と言える都市がそうであろうか。そうだとすれば、そんな都市はいかにして形成、維持可能なのか。ここではいわゆるブランディングの段階論に沿った筆者独自の都市ブランディング段階論をもとに横浜の展開例について考えてみたいと思う。
 都市ブランディングの段階として、筆者は大きく3つの段階を設定している。第一段階は、「認知」の段階である。ここで重要となるのは、ブランドとなる文化的価値を形成する人材の育成とその創造、つまりはネタの仕込みと生成である。フワフワの土壌に文化の種がまかれる段階である。別名イノキュレーション(Inoculation=植えつけ、注入、感化)段階とも呼んでいる。
 横浜はまさしく開港150年の歴史によって、その「認知」の基盤については、十分なまでに強固に形成されていると言えよう。港ヨコハマ、中華街、赤レンガ倉庫、そしてなぜか人々の耳に残る「よこはま・たそがれ」。横浜に関わる人々はもちろん、横浜を知らない人々の心のなかにも、横浜は浸透している。別府が何県にあるのか知らなくても、そこが温泉の街だと日本人ならなんとなく知っているのと同じように。ハマっ子は、言うまでもなく神奈川出身ではなく横浜生まれなのである。
 ただ、こうした開港150年目の横浜の認知の基盤はともすると横浜のイメージを固定化し、停滞化させる方向へと人々を導きかねない。横浜がただの近郊都市ではないつねに新しい「横浜」としか言いようがない都市であり続けるには、今日的な視点からの都市ブランドのたたみ掛けが必要不可欠であると言えよう。
 とはいえ、2002年以降の中田市長体制下、2004年クリエイティブシティヨコハマの政策も始動し、さまざまなクリエイターの集積としての創造界隈の持続的発展、横浜トリエンナーレも過去3回着実に集客力をあげ、経済効果も評価されたところで、2009年、開国博Y150が華々しく開催されているこの現在の状況を、少なくとも政令指定都市レベルの他都市は羨ましく思わないとは言い切れない。
 こうした展開をみるにつけ、現在の横浜はすでに、都市ブランディングの第二段階である、“信頼”の段階を経ているものと考えられる。こうした一連の新たな横浜ブランドを形成する要素としての文化的価値の生成によって、さまざまな人々に横浜ならでは“信頼”を与えることができているのだろうか、現在の横浜に必要なのはまずはその検証であり、それを踏まえたさらなる信頼の獲得であると言えよう。
 横浜ブランドの効果の検証としては、従来から行なわれている経済波及効果の調査がある。2007年3月浜銀総合研究所の調査では、2004年2月〜2007年3月における馬車道・日本大通地区の創造界隈形成における市内の経済波及効果を約120億円と推計、2005年横浜トリエンナーレ開催に関わる経済波及効果については51億円と推計している★2。また、開催中の「開国博Y150」 の経済波及効果については、548億円の試算がすでになされている★3
 経済波及効果自体は、施設整備等の直接投入額とその二次波及効果、対象企業の生産額の単価と数量の設定、逆行列係数表による間接効果の算出等によるものだが、現実にはある程度の産業と人の集積、外部からの集客の実績があれば十分に想定できるものでもあり、横浜市の366万人(2009年6月現在)の人口規模、MM21地区の2008年来訪者5,300万人という実績からすれば、十分に期待できる数値結果であるとも言えよう。少なくとも、上記の波及効果の何百倍もの経済効果がその他の横浜の通常の経済活動で果たされていることを認識しておいてもよいであろう。

横浜ブランドの価値を測る

 経済的価値での評価がすべての社会的評価とみなせるほどに、人の心は単純には出来てはいない。地球上のあらゆる価値を貨幣価値に換算することは現実的には可能であるが、その可能性を地球上の誰もに信じさせるのは不可能であろう。少なくとも都市ブランディングの視点から言えば、経済波及効果の数値には表われ難い文化的価値を生成する効果をいかにとらえていけるかを考える必要があるのではないだろうか。
 ここで言う「文化的価値」とは、人と人との関わりのなかで生成されるさまざまなコミュニケーションの現われとしての覚醒、誘惑、陶酔、発見、驚愕、癒し、嫌悪、好意、快楽などを導く、都市に住む人々にとって生きる糧となる多様で複雑な価値である。言わば、都市ブランディングの要素一つひとつ、貨幣価値に換算できない、あるいはできる以前のものたちである。
 文化は地域や都市、国家、国際的環境における経済の潜在的な力強さの源泉として現われる。ただし、それを指標化、比較するのはGDPなどの経済的価値を貨幣価値換算していくような尺度と言える。
 このことから「価値」の議論においては、「文化」と「経済」との立場からそれぞれ異なる見解を導きだすことが可能となる。「文化」の立場から言えば、まずは文化的価値が厳然と存在することが前提となる。経済的価値はその文化的価値をなんらかの尺度をもって評価しなければならない場合に必要となる便宜的尺度に過ぎないうえに、その尺度は文化的価値を示すための十分な精度を持ちえていない。一方「経済」の立場から言えば、文化的価値は、経済的価値を左右する重要な要素ではあるが、あくまでも要素のひとつに過ぎず、しかもその要素は不確実性をともなう厄介なものであるという具合である。
 ここでは、そうした文化と経済の異質性と相補性の検証をする余裕はないが、曖昧性と不確実性をともなう「文化的価値」をいかに地域の現場で捉え、都市ブランディングの要素として価値を高めていくかについては、さまざまな地域が抱える問題として位置付けられよう。後半は、この問題をあらためて横浜における具体的な事例から探っていきたい。

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久木元拓

都市文化政策、アートマネジメント研究者

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アートプロジェクト探訪

  • 開国博Y150:都市ブランディングの主体は誰か──横浜の都市、アーティスト、そして市民

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