〈歴史〉の未来

第6回(最終回):リアルタイム・ウェブは「歴史」を殺すのか?

濱野智史(日本技芸リサーチャー)2010年05月15日号

 twitterでつぶやく 

リアルタイム・ウェブをアーカイヴ化する試み──米国議会図書館が全ログを保存へ

 さて、かつて筆者は連載第3回で、「Twitterのように極めてリアルタイム性の強いテクストをどのように収蔵し、歴史資料として扱っていくべきか」という問題提起をしたことがあるが、いまやそれは現実のものとなりつつある。
 というのも、先月、米国議会図書館はTwitterの全ツイートログを保存すると発表したからだ(「米国議会図書館は、なぜTwitterの全ログを保存するのか WIRED VISION」)。報道によれば、これはTwitter側が同図書館へ寄贈を持ちかけるかたちで実現に至ったという。


2──Library of Congress(米国議会図書館)によるTwitterの全ログ保存は、Twitter上で発表された

 公的なアーカイヴであるところの図書館が、Twitterの全ログを保存するということ。それは一見すると、リアルタイム・ウェブの〈歴史〉を記録する試みとして、じつに素晴らしいことのように思える。しかし筆者には、それでも気になる点がいくつかある。
 それは、図書館側が寄贈を受け入れるにあたって提示したという条件についてである。その条件とは、上の記事によれば、「検索エンジンへの公開は行なわない、単一ファイルのかたちでは公開せず、許可された研究者にのみセットで提供する」というものだったという。
 これらの条件は、おそらくTwitter利用者のプライバシーへ配慮した結果なのであろう。ただ、これは歴史資料を保存する図書館のあり方としてはいささか転倒的ともいえる。なぜなら、本来であれば図書館や歴史資料館という場所は、書籍や資料を編纂・収蔵し、公共に開かれたかたちで「歴史」なるものが共有されることを志向しているはずだからだ。しかし今回のTwitterの全ログ保存にあたっては、ウェブ上というパブリックな場所で公開されていたTwitterのログが、むしろパブリックな場所からは参照不可能なかたちで記録されることになる。これはいいかえれば、「パブリックなものをアーカイヴ化すると、逆にパブリックな領域からは退出してしまう」という逆説として表現することができる。
 また、「許可された研究者にのみ」Twitterのログが公開されるという条件も興味深い。筆者には、これが「歴史」というものの変質を端的に表わしているように思われるからだ。リアルタイム・ウェブ時代の到来を迎えた私たちは、今後おそらく、自分で自分自身の過去(〈歴史〉)を振り返る機会が減っていくだけではなく、研究者のような第三者に過去を「研究」される機会が増えていくようになるだろう。それはすなわち、〈歴史〉が私たちの生にとって内在的なものであるというよりも、ますます外在的なものになっていくこと──「歴史」の「疎外」──を意味しているのである。

 さて、そろそろ字数も大幅に超えてきてしまった。唐突ではあるが、本連載にも幕を下ろさなければならない。たったこの1年間の連載の間にも、リアルタイム・ウェブの普及は急速に進み、すっかり情報環境の光景は変わってしまった感がある。とかく変化の早い情報環境の動向ではあるが、今後もライフワーク的にその変化に目を向けながら、「〈歴史〉の未来」というテーマに基づく論考を積み重ねていければと考えている。今回で隔月連載というかたちでの更新は終了となるが、今後もなんらかのかたちで本連載は継続される予定なので、読者の皆様にはぜひ今後もお付き合いいただければ幸いである。それでは、また次の更新まで。

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濱野智史

1980年千葉県生まれ。株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程修了。著書=『アーキテクチャの生態系』...

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