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ようこそ、藤森王国へ
──「藤森照信展 自然を生かした建築と路上観察」

岡啓輔(建築家)/井関悠(水戸芸術館現代美術センター学芸員)

2017年04月15日号

建築が会話を生む




───第6室はいよいよ《ラ コリーナ》(2016)の展示ですね。

岡──《ラ コリーナ》が藤森建築のなかで一番大きいんですか?
井関──大きいです。「たねや」さんという近江八幡の老舗の和菓子屋さんのフラッグシップショップ、本社屋など、4施設がつくられています。
岡──ここで会議したら、会議の内容が変わりますよね。いくら「今日はいじめるぞ」という案件を持ってきても、「ま、いっか、この人たち、許すかー」みたいになりそう。
井関──このテーブルと椅子のセットは実際の応接室から借りてきたと聞いています。だからいま、たねやさんにはテーブルと椅子がない。(笑)★5
岡──ここ数ヶ月間のたねやの打ち合わせがつまらなくなって、あのとき、机持っていかれたせいだって責められたらどうします?
井関──いやいや、ここまで来ていただいて会議してもらえばいいんですよ。(笑)ここでお茶も飲めますし、たねやのお菓子も隣で売っているので食べられます。

岡──やっぱり椅子って重要だな。(笑)(《蟻鱒鳶ル》にはまだ椅子はない)
長野の禄山美術館の庭に変な椅子があって、座りづらいんですけど、座ると「どうでもいいや」って気になって、精神のだらけた部分を全開にさせてくれるんです。それと同じような効果がありますね。
井関──《蟻鱒鳶ル》にもそろそろ必要ですよ。


《蟻鱒鳶ル》2017年3月撮影


岡──建築の重要さってこういうことだと思いますね。その場が、どのくらいそこで話されることに影響するか。
井関──お茶室がまさにそうだと藤森さんは言ってました。お茶会ってだいたい4時間ほど続くようですが、4時間もそう話が続くわけがないので、茶器や軸をネタに話し続ける。
岡──この椅子、めっちゃ考えられてますね。腕組みできない。
井関──はい。腕組みって相手に対する警戒心の現われですよね。ここに座った人はアームの先のクッションを触りたくなるので、自然と腕組みしなくなるんです。


岡啓輔氏


岡──いま、みんなそういう建築の力を考えてないな。東京の大学がどんどんオフィスビルみたいになってきていて、大学出たあと会社に入るんだから、会社みたいなところで勉強するのが一番いい、みたいな。なんかそういうの嫌だな。大学の椅子がこれだったら、こういう学生が育ちますよね。「なんかいいんじゃねー」みたいな。それで行こう!
井関──発想が柔らかくなりますよね。くるくる回れるし。

岡──僕だったら「ここに金属いれたくない」なんて言って、これ一個つくるのに一年かかったりして。「うわ、これ一年かかったの? 重〜」って、座っただけで、生真面目な会話しなきゃいけない気になってくるけど、これは「いい加減な感じでつくってんな感」がいいですね。
井関──普通の椅子だとこんなに話題もたないですよね。こんな応接セットだと全然仕事の話が始まらない気がする。
岡──藤森さんのこういう軽やかさを学ばないとな。なんでオレこんなに重たくなっちゃうのかな。



《ラ コリーナ近江八幡》の模型


岡──これは焼き物ですか?
井関──はい、野焼きで焼いてるんですけど、焼いたあと割れてしまったものを石膏で継いでます。埴輪風ですね。★6
この模型を見たときに藤森さんって建築家というより彫刻家だろうなって思ったんです。木は暴れるけどまだ形は留められます。けれど、土はそういう次元じゃないですから。乾燥で一割縮んで、素焼きでまた一割縮みます。それに焼いたあと、藤森さんも大爆笑するくらいバンバン割れてたらしいですし。
岡──建築の人は失敗が許されなくて安全パイですすんでしまうけど、藤森さんは平気で失敗しますよね。
井関──それこそ《ニラハウス》のニラがうまく育たないとか。そのうえ失敗したって公言しますしね。
岡──そうでないと駄目ですね。

自分でつくる建築


──第8室のテーマは藤森さんがたくさん設計されている茶室です。

岡──《矩庵》(2003)ってすごく緩い曲線のステンドグラスが入っているんですが、僕も《蟻鱒鳶ル》にいれるから勉強しなきゃと思っていたんです。素人ではああいうことはできないんだろうな、すごい職人をつれてきたんだな、と思いました。こんな曲面のついたグラスがつくれる職人さんがいるんですね、と聞いたら、これは施主さんがつくったと言うんです。驚きました。毎日毎日お寺の仕事と食事が終わって、酒飲みながら寝るまで作業して、1年半くらいでつくった。施主さん、本当に嬉しそうで一番充実していた時期だったと言っていました。


《矩庵》2003


井関──藤森さんはそれも読めているんですよね。これぐらいだったら彼はできるだろうと。
岡──ぐっときたのは、施主さんのお子さんが茶室に入りたいってギャン泣きしてたこと。あんなに子供が入りたいっていう茶室、建物ってないよなあ。きっとめったに入らせてもらえないんでしょうね。
藤森さんは、みんなにつくろうという気にさせますよね。それは石山修武さんだって、坂口恭平さんだって、たぶん僕だってそうなんですよ。これつくれそうだ、おれもやろう、って。
いまの時代、買い物をしていてほしいものがあるかというとそうじゃないですよね。一瞬、お、2980円で服買える、って思うんだけど、海外で安い賃金でみじめに働かされてつくらされたものだと思うと、気持ちよくない。すぐダメになるし、悪意が織り込まれている。買い物は面白くない。ならつくったほうがいいぞって。


第6室 素材見本 藤森建築で使われた素材と技法が展示されている。素人がつくる際の施工のヒントも。
撮影:山中慎太郎(Qsyum!) 写真提供:水戸芸術館


岡──《ニラハウス》をつくった最初期の頃は、素人には壁塗らせるくらいだったのが、いまはやることの幅がひろがってきてますね。そして藤森さんは素人の人たちの作業を見て、またさらにそこからアイディアをひっぱってきている。
モノとモノをぶつけるところにディテールが発生して、それらをどう組み合わせるかを建築家は考えるわけだけど、建築と空との間のディテールを藤森さんはきちんと考えているなと思いました。空や自然に対して無作法じゃない。後ろの山がこうなんだからこの形がいいとか。その場所をよく見ていらっしゃる。でも、いっぽうで妥協するときの思い切りのよさもいい。藤森さんはたぶん演劇的なんです。僕はダンスは見に行くけど、演劇は理解できないんです。藤森さんは大工じゃなくて、演劇の大道具さんを連れてきたりするでしょ。たとえば、《ラ コリーナ》は水田のある風景をつくりたいわけですよね、そこは絶対嘘じゃいけない。ほんとは土にしたいけど、それは金がかかる。全体として何かになれば、ここは「土らしい」ということで、少々嘘でもかまわんという。
藤森さんのやっていることは、よくわからないところがまだまだあります。ニヤニヤしながらくらくらしますよ。


第8室 新作茶室《せん茶》 藤森照信氏のデザインのもと、筑波大学貝島桃代研究室やボランティアがともに制作した




★5──展示されているテーブルと椅子は、実際には社内で使用されている実物ではなく、別に作られた同じデザインのものであることが後日判明した。

★6──たねやのウェブサイト「ラ コリーナ日誌」にこの模型の制作過程がレポートされている。「藤森先生の模型づくり(1)」

藤森照信展―自然を生かした建築と路上観察

会期:2017年3月11日(土)〜 5月14日(日)
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
茨城県水戸市五軒町 1-6-8/Tel.029-227-8111
□️関連プログラム
磯崎新 x 藤森照信 対談
日時:5月7日(日)15:00〜16:30(開場14:30)
会場:水戸芸術館コンサートホールATM
定員:400名
*当日9:30よりエントランスにて整理券を配布します。(お一人様1枚限り)
整理券を受け取る際には、当日のギャラリー入場券の提示が必要です。招待券をお持ちの方、中学生以下・65歳以上・障害者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名は、招待券もしくは身分証明書をご提示ください。
料金:無料


この展覧会は2017年9月29日(金)〜12月3日(日)、広島市現代美術館で巡回展として開催される予定です。

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