フォーカス

既存の国際展を超える試みを目指す──「あいちトリエンナーレ」レポート

暮沢剛巳(東京工科大学デザイン学部准教授/美術評論)

2010年09月15日号

 8月21日、愛知県では初めての大規模な国際展「あいちトリエンナーレ」が、「都市の祝祭 Arts and Cities」をテーマに始まった。「国内外130組以上のアーティスト・団体が参加し、現代美術、ダンスや演劇等のパフォーミング・アーツやオペラなどの世界最先端の現代アートをご紹介」する同展のレポートを美術批評家の暮沢剛巳氏にお願いした。

 うだるような暑さだった。私も仕事柄それなりに多くの国際展を訪れているつもりだが、これだけの暑さの中で市街地に設置されている作品を見て回ったことは記憶になく、それだけでも強烈な印象が残った。去る8月21日に開幕したあいちトリエンナーレのことである。
 今回のトリエンナーレは、芸術文化センターや名古屋市美術館といった公共施設に加え、市街地にも多くの作品を展開するかなり大規模なものだが、主要作品は徒歩で回れる範囲に収まっているとのことで、私もペットボトル片手に各会場を回って歩いてみた。主要4会場ごとに、それぞれ印象に残った作品を手短に書き留めておこう。

 芸術文化センターでは、オールオーバーなペインティングなど、ホワイトキューブの空間的特性を生かしたオーソドックスな作品が多くを占めていた。そうした中で、狭い壁の両側に都市の模型を設置したヘマ・ウパディヤイや室内いっぱいにバルーンを拡張させた松井紫朗の試みが異色であった。また蔡國強は、平面作品を制作風景を収録した映像と同時に展示していて、スケールの大きな火薬や煙のプロジェクトで知られるこのアーティストの別の一面を見た気がした。


松井紫朗


蔡國強
ヘマ・ウパディヤイ

 名古屋市美術館もまた、多くの作品はホワイトキューブの空間的特性に忠実なものだった。順路の冒頭に位置するオー・イーファンの作品は部屋一面に敷き詰めた線香を会期中を通じてゆっくりと燃やし、メッセージを浮かび上がらせる趣向で、現代美術になじみのない観客にも作者の意図が伝わりやすく感じられた。また地下の展示室に設置された島袋道浩の作品は、県の南に位置する漁村に密着取材して、その暮らしぶりを様々なメディアを通じて伝えるもので、美術とは何かを考えさせる要素に満ちていた。美術館の地階では常設展がいつも通り開催されており、そのため空間の純度は高いとはいえなかったが、ことこの作品に関してはそれが幸いしていたように思う。


オー・イーファン
島袋道浩

 納屋橋会場のビルは、以前はボウリング場として使われていた施設で、ここには主に映像系の作品が展示されている。これは、設備の問題に加えて、数十秒から長くても数分で見終えてしまう造形作品と異なり、鑑賞に一定の時間を要する映像作品の特質に配慮したためでもあろう。そのなかでも楊福東の映像作品は、会場にランダムに設置した十数台のカメラを同時に回して、同じ映像の別のパートをエンドレスで上映する興味深い試みであったが、多くの技師を必要とする関係で、上映回数が限られているのが残念であった。


楊福東

 長者町は伝統ある繊維問屋街で、このエリアにある多くの商店や廃屋の室内や外壁、地下通路などにインスタレーション作品が設置されている。この光景を目にした観客の多くは、地震で全半壊した農家や廃校となった小中学校の校舎に多くの美術作品を設置した越後妻有トリエンナーレのことを連想したことだろう(実際主催者も強く意識していたことは間違いない)。ただ過疎の農村地帯である妻有とは異なり、大都市の中心部に位置している商店街を舞台としている今回は、作品が設置されている施設の多くが老朽化や地権などの問題を抱えていることもあって、作品の恒久設置は難しそうである。とはいえ、例えば街の一角に設置されたナウィン・ラワイチャイクンの大型絵画には、さながら昔のプログラムピクチャーの看板ような味わいがあり、ぜひ会期終了後も残してほしいと思った。またセンターと長者町会場に設置されていた公募作品も、それぞれ全く異なる空間の特性に配慮した力作が揃っていた。


ナウィン・ラワイチャイクン

 このようにあいちトリエンナーレの美術展示はかなり大規模だが、これに加えてパフォーミングアーツやオペラの公演も予定されているのだから驚いてしまう。しかもそこに並んでいるのは、ヤン・ファーブルなど一部を除けば美術関係者には馴染のない名前が大半だ。また予算の関係で断念したが、当初は音楽の公演も予定されていたという。これらの公演は、「複合性」をテーマのひとつとして掲げ、美術と他のジャンルの表現の境界領域を目指す試みの一環なのだという。後発ゆえに、既存の国際展にはない特色を打ち出そうとしたのだろう。しかし現代美術を専門とする私には到底これらの分野までカバーする余力がなかったし、それは作品を見て回った多くの市民も同感だろう。逆に、これらの公演に強い関心を持つ層のうち、この酷暑の中で市街地に設置されている美術作品を見て回った者もまた決して多くはあるまい。複数のジャンルにまたがる芸術の祭典として名高いヴェネチア・ビエンナーレでも、美術展と建築展や映画祭はそれぞれ別個に開催されている。ジャンルの垣根を崩したいという主催者の意気込みは評価したいが、主催者はそれが現実的になかなか困難であることを実感したのではないだろうか。
 もちろん、興味深い作品が数多く出品されていることは既に述べたとおりだし、愛知県では初めての大規模な国際展である「あいちトリエンナーレ」が、多くの市民が現代美術に気軽に接することのできる貴重な機会であることには変わりない。開幕当初の酷暑にはさすがに参ったが、後半にさしかかるころには涼しくなっているだろう。奇しくも現在は瀬戸内国際芸術祭も開催中である。双方の関係者は互いに相手を意識せずにはいられないだろうが、個性の異なる2つの大規模な国際展が競合することによって、日本のアートシーンが活性化されるのであれば幸いである。

あいちトリエンナーレ

会期:2010年8月21日(土)〜10月31日(日)
会場:愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場

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