キュレーターズノート

ニューヨーク、アート訪問備忘録(ギャラリー街、Guggenheim、MET、MoMA&PS1、New Museum)/オノ・ヨーコ展「希望の路 YOKO ONO 2011」

角奈緒子(広島市現代美術館)

2011年07月01日号

 小企画も含めると、わたしが確認し得ただけでも6つの展覧会を開催していたMoMAでの注目はなんといってもフランシス・アリス(1959年生まれ)の個展、“A Story of Deception”だろう。巨匠と呼ぶにはまだ早いが、着々とその道を歩んでいるように見えるアリスの作品は、残念ながら日本ではまだ、まとまったかたちでは紹介されたことがなく、この展覧会は作家を知るのにじつによい機会となった。ベルギーに生まれ、ヴェネツィアで教育を受けた後、メキシコ・シティに暮らすアリスは、受け入れざるを得ない(と多くの人が思い込んでいる)現実──もちろんこの影には大きな問題が潜む──と実直なまでに向き合い、好奇心とウィットに富んだ方法でその実状や問題をあぶり出そうと試みる。この展覧会は昨年テート・モダンで開催された同名の展覧会の巡回展なのだが、出品作品がけっこう異なっている様子(テート・モダンの展示は見ていないが、図録だけ購入したゆえ気づいた)。実見を楽しみにしていた 《The Green Line》(底に穴を開けた緑のペンキ缶を持ったアリスが、エルサレムの休戦ライン「グリーン・ライン」に沿って歩くという映像作品)、はMoMAでは出品されていなかった。政治的配慮なのか、またはほかになんらかの理由があったのかは定かではないが、この作品を見られなかったのは少し残念だった。PS1ではまた、自らを被写体としてさらけ出し、写真、映像として発表するローレル・ナカダテ(1975年生まれ)の個展も必見である。彼女の関心の対象や出来上がった作品は、当然ながらアリスとはまったく異なるものの、その「体当たり」的な手法は両者に共通するように感じられ、やたら体力を消耗する(いい意味で)鑑賞だった。


フランシス・アリス展、PS1の会場

 遅ればせながら初訪問となったニュー・ミュージアムはいま、言わずと知れた積み重ねた箱のようなビルとツンと立ったイザ・ゲンツケンのバラとのコラボがなんとも愛らしい。初めての筆者の目になにより新鮮に写ったのは、展示室ならまだしも、エレベーターや階段、そして聞いたところによるとトイレにまで、寄付した人物の名前が掲げられていたこと! ちょっとした宝探しのような楽しみを覚えながら、ここでもまた、各階をフルに活用した同時開催展の数の多さに驚いた(ロビーと2階では、フェミニズム問題にフォーカスしたリンダ・ベングリス[1941年生まれ]を、4階では政治・歴史的な問題を一貫して扱うギュスターヴ・メッツガー[1927年生まれ、またまた巨匠!]の個展“Historic Photographs”を開催)。3階では、タイの映像作家であり映画監督、アピチャッポン・ウィーラセタクンの個展“Primitive”を見ることができた。静かに、時に賑々しく進行するナラティヴの映像作品は、音の交差は避けられないものの比較的見やすく展示されており、腰を据えてじっくり作品を見ることができた。さらに5階で開催されていたモノとモノ(または言葉)の出会いが偶発的に引き起こす意外な反応をささやかな形で表した、マルセル・ブロータース(1924-76)とリリアナ・ポーター(1941年生まれ)の二人展“The Incongruous Image”も、地味ながら楽しめる内容であった。


ニュー・ミュージアム外観、以上すべて筆者撮影

 はからずも先月のアメリカによるビン・ラーディン殺害後の渡米となった今回のニューヨーク訪問。白状すると少し怯えていたのだが、ニュー・ミュージアム以外の場所ではとかくさまざまな意味でスケールの大きさにのみこまれそうになりながらも、安全かつ充実した滞在となった。そしてなにより不景気と言いながらも、これだけの質と数の展覧会を開催できる体力のある美術館のパワーにも感服しきりであった。

学芸員レポート

 以前、ほんの少しだけしか触れなかった今年度のヒロシマ賞。7月30日のオープン目指し、いよいよ本格的に準備が始まっている。2003-04年にニューヨークのジャパン・ソサエティから日本へと巡回した「YES オノ・ヨーコ」展以来久しぶりにオノの作品をまとまったかたちで見ることができる展覧会となる。アートを通して「ヒロシマの心」を全世界に広くアピールし、人類の平和に寄与した作家に贈られるこの賞の記念展にふさわしく、オノからのメッセージは、66年前のヒロシマ、ナガサキの惨劇へ捧げるレクイエムとなるのみならず、3.11の大震災で被害を受けた日本、そしていまだ争いの絶えない世界へと発信される。チラシ、ポスターや図録のデザインで一際目を惹く、毛筆による文字「希望の路」はオノ・ヨーコ自身の手によるもの。この文字を使った新作インスタレーションも発表される予定のヒロシマ賞記念展、ぜひご期待ください。


第8回ヒロシマ賞受賞記念:オノ・ヨーコ展「希望の路 YOKO ONO 2011」、ポスター

第8回ヒロシマ賞受賞記念:オノ・ヨーコ展「希望の路 YOKO ONO 2011」

会期:2011年7月30日(土)〜10月16日(日)
会場:広島市現代美術館
広島県広島市南区比治山公園1-1/Tel. 082-264-1121