キュレーターズノート
別府現代芸術フェスティバル2012「混浴温泉世界」、生きる場所──ボーダーレスの空へ、祝CAMK10周年!九州アート全員集合展
坂本顕子(熊本市現代美術館)
2012年10月15日号
この秋は九州から離れられそうにない。週末ごとに各地で話題の展覧会やアートイベントが相次いでオープンしている。そのなかから、もっとも目が離せない、別府の「混浴温泉世界2012」の内覧バスツアーに参加してきた。
「混浴温泉世界」は今回で3年ぶり2回目の開催(2009年の第1回については、本連載でも紹介した)。雲一つない完璧な秋空に恵まれた内覧当日、北浜海岸では、クリスチャン・マークレーの旗が強い海風にたなびき、鉄輪温泉の噴出する激しい蒸気にチウ・ジージェの作品が燻される。人気のない楠銀天街が、東野祥子らの廃材によるインスタレーションによって、劇場空間に生まれ変わろうとしている。小沢剛はそのショーウインドウの隙間に、さまざまなタワーの建設を試み、廣瀬智央は、かつては遊郭が立ち並び賑わいを見せた浜脇地区の築100年の長屋を建築家らと再生し、新たな空間を立ち上げる。バスツアーは続いていく。天を仰ぎ、地下に導かれ、都市の隙間に入り込み、自分の身体をまるごと別府という街にあずけながら。
そしてやはり、別府は夜がなくては始まらない。小沢剛の別府タワーのネオンサインを使ったプロジェクト、シルパ・グプタの鉄輪の夜空に浮かび上がる「WheredoIendandyoubegin」の文字、そして毎週末は、みかんぐみがリノベーションした元ストリップ小屋「永久別府劇場」で繰り広げられる「混浴ゴールデンナイト」の金粉ショーやダンスの競演を見ずして、別府から離れることはできないだろう。だが、あえて難を言えば、市街地のデパート・トキハの1フロアを使用したアン・ヴェロニカ・ヤンセンズの空間構成や、今回初めて別府を訪れる来場者が、マイケル・リンなど前回の作品の場所などもあわせて効率的にまわることのできるマップの提示など、2回目を迎えたうえでの課題も残った。
しかし、この3年のあいだに、全国的に話題を呼んだフリーマガジン『旅手帖 beppu』の発行、現代アートファンだけではない地元の文化サポーターを支援する基盤としての「ベップ・アート・マンス」、若手アーティストを発掘し支援する「ベップ・アート・アワード」、湯治のための宿泊形態「貸間」から名をとったアーティスト・イン・レジデンス「KASHIMA2012」、同時進行する国東半島でのアートプロジェクトといった新事業と並行して、platform事業、ユケムリ大学、清島アパート、おもちゃの部屋、金券「BP」の利用拡大など、本来、現代のアートのもっとも魅力的な部分でありながら、美術館という場所からは失われてしまって久しい、自由な創造性が思い切りよく発揮されている。
その点からも、2009年、そして本年の「混浴温泉世界」は、九州のアート・シーンのエポックになったと言えるだろう。その刺激を受けて、九州のアートイベントやオルタナティブなアートスペースなどの運営者たちが、各地で持ち回り開催し、討議や情報交換を行なう「九州アート車座会議」も、第5回目が10月20日に北九州市八幡で開催されるほか、同じく北九州市では、オノ・ヨーコ、藤浩志、松蔭浩之、Nadegata Instant Partyらが参加する「街じゅうアートin北九州2012 ART FOR SHARE」(2012年10月6日〜11月4日)、福岡アジア美術館で立ち上がった「アジアをつなぐ境界を生きる女たち1984-2012」(2012年9月1日〜10月21日、その後、沖縄、栃木、三重に巡回。詳細は下記)、地域文化と現代アートをテーマにした大分県竹田市の「竹田アートカルチャー2012」(2012年10月6日〜21日)、アーティストの栗林隆が中心となり実施される「長崎アートプロジェクトin外海」(2012年10月12〜14日)など、この時期は毎週のように、九州のどこかでなにかが起こっている。熊本でも同じく塩田千春、栗林隆、照屋勇賢らが参加する「生きる場所──ボーダーレスの空へ」展が開催中で、「混浴温泉世界2012」のパスポートを持参いただいた方先着30名を無料招待する企画も実施している。ぜひこの秋、九州の熱いアートの現場を訪れてみて欲しい。
別府現代芸術フェスティバル2012「混浴温泉世界」
第5回九州アート車座会議
街じゅうアートin北九州2012 ART FOR SHARE
アジアをつなぐ境界を生きる女たち1984-2012
竹田アートカルチャー2012
長崎アートプロジェクトin外海──Sotome Trip Museum and Cinema Caravan
生きる場所──ボーダーレスの空へ
学芸員レポート
熊本市現代美術館で「生きる場所──ボーダーレスの空へ」と同時に開催している「祝CAMK10周年!九州アート全員集合」展について、少し紹介したい。
「生きる場所」展が国境や境界をテーマにした国際展であるのと対比的に構成された本展は、九州という場所に生きる40歳以下の若手作家を、各県1名選出したグループ展だが、このartscapeでの連載が、そのベースになっている。きっかけは、浦田琴絵らによる「全員展in九州」(2009年1月15日号)を取材したころに遡る。当時、浦田が「琴姫プロジェクト」として「九州アートな人々たずねちゃいマップ」(2011年春)をアートベース88の宮本初音とともに作成したのをきっかけに、その後「九州沖縄アジアアート観光ガイド」(2011年秋)、そして本年も「九州沖縄アジアアートマップ」として、東アジア地域の主要なアートイベントも含むかたちでバージョンアップして制作され、九州の主要なアートスペースで無料配布されている。こういったマップの作成や、九州新幹線の全線開業による鉄道・交通網の整備なども相まって、人々の往来が活発化してきたという背景がある。
熊本市現代美術館の「九州・熊本ゆかりの作家を紹介する」というミッションに基づいた展覧会取材や、各地の学芸員やアートマネージャーらから提供していただいた情報をもとに、平面、立体、工芸、映像・インスタレーションなど8組の作家を選出した。闇に揺らめく人物や風景を艶やかに描き出す田中千智(福岡)、人物のシルエットだけを描くことで私たちに新たな風景を想起させる国本泰英(大分)、写実の技巧を駆使し人間の不在を際立たせる永山真策(長崎)など、国内外のさまざまな展覧会やアートフェアに出品し、または自身でギャラリーを主宰するなどして、地方都市に住まいながら美術作家としてのキャリアを重ねている。しまうちみか(熊本)も、まだ表現として荒削りな部分はあるが、対象に思い切りよくぶつかっていくような潔さがある。
その一方で、例えば、VAROC(佐賀)は、以前の連載でも紹介した衰退する佐賀の中心市街地でのアートプロジェクト「呉福万博」に継続して関与する。宮城壮一郎(宮崎)は、美術教育の制度によらず、単身漆工芸の作家に弟子入りして技術を修得。公募展出品に限らない、デザイン性の高い器や内装、家具などに到るまで、漆に関わるあらゆるものを手がけていく。また、話題の「イカ画家」として知られる宮内裕賀(鹿児島)は、ユーモアのなかに対象に向けた温かなまなざしがあり、その純粋さが多くの人々を惹きつけ、いつのまにかファンになり、アートの世界に引き込まれていく。そして、儀間朝龍(沖縄)は自身が開発したUPCYCLE商品「rubodan(ルボダーン)」を、デザイン製品としてだけでなく福祉や就労支援にも活かすワークショップを行ない、フィリピンなど海外にも飛び回る。
九州という場所では、九州派の例を引くまでもなく、地域におけるアート活動をリードしてきたミュージアム・シティ・天神や、現代におけるオルタナティブアートセンターの口火を切った前島アートセンターなど、いくつもの熱気あふれる活動が起こり続けてきた。場所がないならつくろう、客がいないなら集めよう、熱く語れる仲間をつくろう、尊敬できる師匠を探そう、金がないなら昼間働こう。ないことを嘆くより、あることに感謝しよう。少しくたびれたら、ちょっと休んでまた始めればいい。その土地のアーティストやアートマネージャーたちを訪ねていくと、いつもこちらがたくさんの力をもらい、またなにかを猛烈に始めたくなる。
そういう人たちが九州にはいる。アートとともに生きること、その在り方をそれぞれに示している。そして、九州という場所には、いつもそのまっさらな可能性だけが残されている。