キュレーターズノート

呉福万博2010/オヤジとマキの八千代座組曲

坂本顕子(熊本市現代美術館)

2011年01月15日号

 元旦の朝、窓を開けると外は一面の銀世界。九州の平野部での元旦の積雪は数十年ぶりだという。その清明な光景に、新たな年の始まりを感じると同時に、まずは年度末に行なわれ印象に残った展覧会やイベントを振り返っていってみたい。

 ひとつは、佐賀市で行なわれたアートプロジェクト呉福万博2010である。佐賀市中心部のかつてアーケード街であった呉服元町地区の空き店舗などを利用し、2009年から佐賀大学の学生らを中心に実施され、本年で2回目となる。今回は商店街以外にサテライト会場を設け、周辺のカフェ、映画館、ギャラリー、画材店などでも展示を行ない回遊性を高めたほか、仮装パレードや商店街の食材を使った地元の方との飲食会、ライブペインティングやDJパフォーマンスなどのナイトイベント、子どもたちのための街中で行なう「呉服大運動会」など、地域住民から若者、子どもまで幅広い層に向けたイベントが目配り良く行なわれていた。参加作家は学生が中心のため、まだまだこれからのものも多かったが、佐賀大学OBですでに評価を得ている渋江修平の映像作品などは、全体のクオリティをあげることに一役買っていた。
 これらの、大学が関わるアートプロジェクトにはさまざまな位相がある。今年で11年目になる、東京藝術大学の取手アートプロジェクトは、もっとも規模が大きく継続的に行なわれているが、教員や学生たちが作品制作やレジデンスなどを通して地域と関わることが顕著である。また、約10年の活動歴を持ち、教育学部や工学部を持つ総合大学という点を生かした、千葉大学WiCANの、千葉市美術館プロジェクトルームおよびさや堂ホールでの「WiCAN2010:アートからはじめる学校プロジェクト 教室からはじめる−5つの提案−」展は、みかんぐみの曽我部昌史をゲストに迎え、「余裕教室の利活用」を教育的かつ建築的な視点から提案する、コンパクトながら意義深い好企画であった。その他、九州大学では美術史を学ぶ学生がキュレーションを行なう「おとなりさん。──九大生AQAプロジェクトによる韓日現代美術展」などの展覧会が開かれている。これらはいずれも地方に位置する国立大学であるが、単に地元の美術館やギャラリーで自分たちの制作展を開いているだけではない。その地域において大学(と同時に学生たち自身)が、美術を介してどう社会と対峙し接続していくかという役割を自認し、継続的に考えていくことを抜きに、地方における美術の未来を語ることはできない。


左=千葉市美術館での千葉大学WiCANの展示
右=呉福万博メイン会場中心の案内所

 そして、年末最後の「掘り出し物」ともいえる、質の高さを感じたのが、熊本県山鹿市でのアーティスト・イン・レジデンス「オヤジとマキの八千代座組曲」であった。これは熊本県立劇場と山鹿市地域振興公社の共催で、現代舞踏家/振付家の森下真樹とピアニストの中川賢一を招き、今年で建設100年を迎える芝居小屋・八千代座を舞台に、山鹿の街なかに暮らす生粋の「オヤジ」たちと一緒にクラシック、合唱、歌謡曲、民謡などのさまざまなピアノ演奏にあわせて、オリジナルのコンテンポラリー・ダンスを制作し、披露公演を行なったものである。
 ステージでは本職のダンサーを凌ぐ勢いで、素人のオヤジたちのパワーがさく裂した。客席は小学生や地域の方が主であったが、一見難解だと思われがちなコンテンポラリー・ダンスにもかかわらず、これだけ笑っていいのかというほどの爆笑の連続。それに、森下や中川の正統なテクニックに裏打ちされたソロが織り交ぜられ、練られた飽きさせない構成であった。なにより、老体に鞭打ち、それぞれの家族や郷土を愛する思いや夢をダンスに込めて全力でチャレンジしていく、オヤジたちのひたむきな姿が、汗臭いほどに爽やかで格好良く、熱く胸を打った。
 この一体感が生まれた要因は、計6回の来熊のなかでの、地域の小学校へのピアノやダンスのアウトリーチ(全5回)、オヤジたちとのワークショップと制作、地元でのコンサート、市民芸能祭への出演や、地域の小学校の合唱隊による「気球に乗ってどこまでも」をステージ構成に織り込むなど、丁寧な事前プログラムが組まれていたことが特筆される。このような力のあるダンサーや企画者が生まれている一方で、優れたプログラムが限られた関係者以外には知られにくいという広報面の弱さや、助成金頼みで事業の継続性を確立することが難しいなどの状況は、劇場にも美術館にも共通する問題だと言える。


左=オヤジたちのラインダンス。本業は市の文化課の職員や電気屋さんなど多彩
右=中川賢一のピアノにあわせた森下真樹のダンス・ソロ
提供=ともに熊本県立劇場

 さて、翻って熊本市周辺はどうだろうか。別稿の2011年の展望でも述べたが、やはり今年3月の九州新幹線の全線開通は、まさに遅れてきた文明開化ともいうべき変化をもたらしはじめている。そのひとつが、2010年10月に行なわれた「九州アートマン会議」だ。これは、九州のアートNPOやオルタナティブ・スペースなどの主宰者たちが集い、別府で「九州アートネットワーク車座会議」として行なわれたものの熊本版として、河原町文化開発研究所が「河原町アートアワード」と併せて実施したものである。九州各県から、15の各分野の代表が集い★1、それぞれの活動を報告する。あまりの団体の多さに発表内容が限られたり、同日審査があったアートアワードのレベルの向上や方向性の再検討など、解決すべき課題は山積しているが、これだけの数の人々が手弁当で熊本に集い、真剣な議論を交わすことができたことに、確実な変化を感じた。またこの会議は、次回は長崎で催されることが決定しているそうで、美術館や行政主導とは異なる紐帯としての、新しいネットワークの在り方を予感させる。
 そのもうひとつのささやかな兆しが、熊本にもkmac(クマック)という小さなアートサークルができたことだ。昨今、全国に特に深い関係性はなく、たまたま略称が「mac」とつくオルタナティブ・アートスペースが活動を行なっていることをご存じだろうか★2。筆者も前稿のartscapeの10周年企画の取材で、沖縄と山口のmac主宰者に会い、熊本にもこんな活動があればと思ったのと前後して、kmacが誕生することとなった。決まったスペースがあるわけでもなく、いわゆるアートのエキスパートでもない。アーティストでもギャラリストでも学芸員でもない、20代の会社員が、終業後や休日に同世代を中心とした人々とアートを結ぶ動きを始めたのは、とても興味深い。
 ふとここで想起されるのは、約50年前の九州のさまざまな動きである。詩人で評論家の谷川雁や森崎和江らが、筑豊の炭鉱をベースに文化交流誌『サークル村』や、「反東京」「反芸術」を旗印に、東京の美術界に「殴り込み」をかけた、美術家の菊畑茂久馬、桜井孝身らの「九州派」。あの時代の空気に裏打ちされた熱気がいまの時代にはないと嘆くベテランの方々もいるだろう。しかし、50年たったいまでは、ブログやツイッターで情報発信や交流し、ユーストリームでイベントやコンサートの実況を楽しむこともできる。便利になり、東京という経由地を経ずとも世界の人々とつながる可能性を秘めている。
 けれども、やはりまだ九州や熊本という場所で、人々が集まり、なにかコトを起こしていきたいと誰もが考えている。かつてに比べてゆるく、かるく、たよりなくなっているように見えて、実のところ九州派の時代とたいして変わらない、ふつふつとした滾るような精神が九州のあちらこちらで温泉のように湧き起こっていることを日々感じている。2011年もその体温や熱をとりこんで自分のエネルギーとするべく、自分の街、そしてさまざまな土地を巡ってみたい。

★1──参加グループは、アートインスティテュート北九州(北九州)、とんつーレコード(博多)、TRAVEL FRONT(博多)、ART BASE 88(博多)、呉福万博実行委員会・ARITA-MOBILE(佐賀)、モンネポルト(長崎)、DABURA(大分)、BEPPU PROJECT(別府)、らくがきアート(宮崎)、MIYAZAKI C-DANCE CENTER(宮崎)。その他、東京のアートNPOやギャラリー、大学教員なども参加した大会議となった。
★2──2011年1月現在、筆者が活動を確認している「mac」と名のつくアートスペースは、青森、埼玉、東京、大阪、山口、熊本、沖縄の7カ所。実際はそれ以外にももっと多くの「mac」が存在するのだろう。

呉福万博2010

会場:呉服町商店街
佐賀県佐賀市呉服元町
会期:2010年11月13日(土)〜12月5日(日)

オヤジとマキの八千代座組曲

会場:八千代座
熊本県山鹿市山鹿1499/Tel. 0968-44-4004
会期:2010年12月12日(日)