毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回4月3日更新予定)

学芸員レポート

「想像しなおし」、「うわさプロジェクト」

坂本顕子(熊本市現代美術館)2014年01月15日号

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 この1、2年、年始の展覧会詣では福岡市美術館が定番となっている。昨年は「福岡現代美術クロニクル」展、今年は同じく1月5日に開幕した「想像しなおし」展のアーティスト・トークで新年のスタートを切った。

 年末年始、クリスマスも正月もなく、ひたすら展示作業が続けられていたという同展は、狩野哲郎、川辺ナホ、大西康明、手塚愛子、山本高之、山内光枝のいずれも30代の若手によるグループ展である。テッサ・モーリス=スズキ『批判的想像力のために』(平凡社、2002/2013)に借りたという、一風変わった展覧会タイトルは、現状を疑い、別の可能性を模索する態度を「想像しなおし」ととらえ、身のまわりにあるさまざまな枠組みを疑い、それらに新たな視点や地平をもたらす6人の作家たちの仕事に共通する“述語”として提示されている。


初日のアーティスト・トークでは参加作家全員が揃った

 冒頭の大西康明のロープと接着剤を用いたインスタレーションは、これまでの福岡市美術館の持つ場所のイメージを鮮やかに変える。東京都美術館、熊本県立美術館などと前後し、1970年代に多くの美術館建築を手がけた前川國男による福岡市美術館の展示室は、設計された時代柄、天井も低いつくりで、インスタレーションには不向きという先入観があった。しかし大西は、壁面の質感や照明の具合を慎重に調整しながら、天井から落としたロープに接着剤を垂らしこんでいく方法で、新たな印象をもたらす空間を出現させた。
 続く手塚愛子は、熊本市現代美術館で2010年に開催した「祝祭と祈りのテキスタイル」展の出品後、海外に拠点を移し、ロンドンを経て、ベルリンで研鑽を積んでいる。手塚が日本で取り組んできた、既成品の織物から糸を引き抜き、刺繍などとともに再構成する手法は、ドイツという場所でも、テーブルクロスについた染みであったり、消すことのできない痣のように、1920年代を分水嶺とするその国の歴史の枠組みをうかびあがらせる。また、福岡市美所蔵の古美術品と、地元のバラエティ・ショップで購入された製品を展示ケースの中で混在させる作品も想像力を刺激する。
 今回初めて展示を見た川辺ナホの作品も印象深い。福岡出身でドイツでの活動も長い川辺の、「まなざしは、人間の残滓である」というヴァルター・ベンヤミンの『一方通行路』の一節に想を得た《眼鏡店》というインスタレーションが優れていた。小さな球体とともに照らし出される「DIE NEIGE DES MENSCHEN(人間の残滓)」の文字。ある一方からの光ではその文字は見えず、別の角度からの光で初めて文字が浮かび上がる。通常、展示室に併設する倉庫として使われ、閉じられた空間を開け放ち、そこにファンタスマゴリア(幻像)としての言葉を投影する。そのまなざしの裏切りを私たちは身をもって体験する。


大西康明《vertical emptiness(volume of strings)》


手塚愛子《Suspended Organs(kitchen)》


川辺ナホ《眼鏡店》

 狩野哲郎は近年活躍の幅を大きく広げている作家である。既製品のゴムひもや玩具のスーパーボール、陶器やガラス、プラスティックといったものや展示ケース、あるいは木や鹿角といった自然の素材、そして、果物や種子、水といった、通来、美術館がもっとも遠ざけてきた、生物が命を長らえさせるための“エサ”。それらを用い、緩急巧みなドローイングさながらに空間を構成していく。私たちがその装置の中にひとたび身を置くとき、小さな気配はいっそうその影を際立たせる。その存在は、美術館という制度や、壁1枚隔てた先の大濠公園という多くの生き物たちの住む自然を鮮明に浮かび上がらせていく。
 山本高之もかねてから関心のあった作家だ。元小学校の教師という経歴もあってか、子どもたちがワークショップ形式でさまざまな体験をする過程を映像作品にする。スプーン曲げのやり方を知る、ブラックホールについての解説を聞く、なまはげに質問する、ロダンの『地獄の門』の裏側を想像してみる。映像の子どもたちの表情がいい。目の前の不思議に驚き、歓喜し、戸惑い、退屈し、子どもなりに共感しようと試みたり、知らない世界に素朴な思いを巡らせてみたりする。かつての私たちの経験の輪郭をもう一度なぞりながらも、失われた世界への距離の遠さを実感する。
 昨年一大ブームとなったドラマ『あまちゃん』は記憶に新しいが、その以前から「海女」という潜水漁業に従事する女たちの海の文化に魅せられ、作品を制作してきたのが山内光枝だ。2011年、12年に福岡、釜山で行なわれた「WATAGATA Arts Festival」や、13年の紺屋ギャラリーでの「嗚呼──海の女と水脈をめぐる旅」などの展示機会を経て、同年には済州島のチェジュ・ハンスプル海女学校を修了している。会場では、日本海側の海女の発祥地として知られる宗像の鐘崎と沖ノ島、対馬、そして対岸の釜山、済州島の海女たちの映像がスクリーンに投影され、その周囲を玄界灘の塩を各地の海水で溶いたドローイングが囲む。聞こえてくるのは済州島の海女の歌。日本の現代アートの文脈の中心にはない場所で、いやだからこそ可能な福岡という地方都市を拠点に、とことんテーマに向きあい結実したインスタレーションに胸を打たれた。


狩野哲郎《Wunderkammer》


山本高之《Facing the Unknown》


山内光枝《you are here》

 企画した正路佐知子学芸員による本展の正確な意図は、後日発行されるというカタログ等を待ちたいが、展示から管見する限り、テーマと作品の関係性や手法のバリエーション、(あえて言うと)男女比、地元作家の折り込み方など、非常に正統的であったように感じる。また、「7人目の作家」とも言えるのが、広報物やホームページなどを担当したCalamari Inc.、長い滞在制作期間にさまざまなサポートをした地元福岡の若手作家群、そして、展覧会の開催を機会として自発・連鎖的に街中で行なわれはじめた、周辺ギャラリーでの地元若手作家の展覧会★1である。オープニングのアーティスト・トークには正月早々に100人以上の観客が集った。
 同じ福岡市内に個性ある三つの公立美術館がある一方で、それぞれのジャンルの狭間から、若手作家の新作インスタレーションによるグループ展の機会が近年非常に少なかったこともあって、その期待の表われであるようにも感じた。そのなかでひとつだけ、勝手な心配があるとすれば、やはり入場者数である。「現代美術は入らない」という言説を裏切り、「良い展示は入る」ということを証明して欲しい。展覧会は2月23日まで。見ておかないと損することだけは、私が保証する。

★1──下記以外にも展示多数。福岡のギャラリー情報は下記のウェブサイトを参照されたい。
「fukuoka contemporary art BBS」 URL=http://6105.teacup.com/iaf/bbs

konya2023 New Year's art mart - Treasure Ship -

会場:紺屋ギャラリー
会期:2014年1月5日〜1月19日

生島国宜個展「joke」

会場:シゲキバ
会期:2014年1月5日〜1月18日

諸岡光男/田熊沙織「音と平面」

会場:art space tetra
会期:2014年1月7日〜1月26日

Yuji Kondo + Hirotaka Tohyama「Split Ex.」

会場:Calamari Inc. office
会期:2014年1月5日〜2月23日

想像しなおし

会期:2014年1月5日(日)〜2月23日(日)
会場:福岡市美術館
福岡県福岡市中央区大濠公園1-6/Tel. 092-714-6051

学芸員レポート

 2013年の熊本のアートの動きを振り返って、ひとつ触れておきたいのが、八戸在住のアーティスト・山本耕一郎による「上通うわさプロジェクト」だ。「うわさプロジェクト」とは、オレンジ色の吹き出し型のシートに、街中で集められたさまざまな楽しいうわさをプリントして貼りだしたり、自分好みの“うわさバッジ”を身につけることで、コミュニケーションを活発化させるアート・プロジェクトである。


アーティストの山本耕一郎

 近年、熊本の街中でもアート・プロジェクトは多数行なわれてきたが、今回もっとも注目すべき点は、熊本市現代美術館が隣接する上通商店街が、事業として主体的にこの「うわさプロジェクト」を実施したことである。「熊本まちなか美術館」や「フォトコンテスト」などがそれにあたるが、アーティストが滞在し、街中の方々とコミュニケーションをとりながら展開するプロジェクトは初めての試みであった。
 川崎や八戸など各地での山本の実施経験から、13年4月から12月までのロングスパンでプロジェクトは実施された。4月の城下まつりでのキックオフ、ゴールデン・ウィークにあわせた「現代美術館のうわさ」、7月の地元の3小学校をまわってワークショップ、ゆかた祭り、10月の銀杏祭でも「うわさ屋台」「うわさみくじ」を出店した。
 そしてクライマックスとなるのが、10月から12月にかけて実施した「上通のうわさ」プロジェクトである。山本、商店街のメンバー、美術館スタッフがオレンジ色のうわさTシャツに身を包み、連日1軒1軒商店街の店舗をまわり、プロジェクトへのお誘いとうわさ集めをする。時に迷惑がられて凹む場面もありつつも、徐々にお店の方々と顔なじみになっていくと、不思議と派手なTシャツがなじんできて、自分たちも商店街の一員のような気分になる。奮闘の甲斐あって、100を超える店舗や市民の方々から1,000を超える楽しいうわさが集まった。


左=揃いのTシャツで街を調査する山本、商店街メンバー、現美うわさガールズ
右=商店主や店員さんにじっくり話を聞く


口コミのほか商店街に設置したブースやSNSなどでもうわさ収集

 もちろん、いいことばかりではない。長期のプロジェクトでは、往々にしてあることだが、実施者側の主体性やモチベーションの維持、作家のリクエストに前向きに答えていく作業は、それを生業としている美術館でさえ難しいときがある。いくつかの衝突や山を経てプロジェクトが行なわれていった。そこで、個人的にもっとも強く感じたのは、毎日ごく近くの美術館に勤めていながら、一つひとつの町の店やそこで働く人々について驚くほど知らなかったということである。これは同じく町の方々が美術や美術館に向ける目線と同じなのではないか。
 また、このプロジェクトを行なうことで、直接的な経済効果があるのかと問われれば難しい点もある。しかし、別の見方をすれば、「うわさを読んでいたら思いのほか商店街に長居して電車を一本遅らせた」といった反響や、「店の中でうわさの主を当てたら割引」など独自のサービスを始められる店舗も出てきて、マスコミへの露出や地域の一体感、地元の小学生との関与という複合的で多岐にわたる観点からは一定の効果があったように感じられた。
 最終的にプロジェクトを実施してどうだったか。それは、アーティスト、商店街、各店舗の方、美術館スタッフ、商店街を利用する市民に聞いてみないことにはわからない。アンケートや1月の半ばに行なう交流会での意見を楽しみに待ちたいと思う。


左=うわさ割引も行なわれた岩崎カバン
右=“上通の関所”のタバコ店・八起堂。街のうわさもよく集まる

上通うわさプロジェクト

URL=http://www.kamitori.com/event/uwasaproject/

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2017年03月15日号