2018年05月15日号
次回6月1日更新予定

キュレーターズノート

「戦後日本美術の出発 1945-1955」「アーツでであう、アートでむすぶ in まえばし」「ここに棲む」

住友文彦(アーツ前橋)

2015年10月01日号

 今年は戦後70年を意識した展覧会が各地で多く行なわれているが、どのような視点によって振り返るのかによって歴史の書かれ方は当然異なる。従来の見方をなぞるだけでなく、新しい視点によって歴史を豊かに複数化させる機会となることをそれぞれの展覧会企画者は望んでいるだろう。それはこの時点ではまだ継続中の試みだと思うが、もう少し経ってから気づくと戦後美術の見え方が一層厚みを持つものになっていることを期待したい。

 まず、こうした展覧会はおおまかに分類すると、1)戦前と戦争の連続性や断絶、2)多彩な美術団体の結成と離散、3)前衛美術運動の興隆、4)現代へと至る連続性、といった着目点のどれかによって俯瞰することがこれまで多かった。そうしたなか、群馬県立近代美術館では、戦後10年間に期間を限定し、かつ画家たちの仕事に目を向けるという切り口の展覧会を行なっている。しかも、互いに交流を結んだ三人の作家、鶴岡政男、松本竣介、麻生三郎を中心に据えて企画されているので、俯瞰的に振り返るというよりも細部に寄り添うことで、戦後復興期の美術表現と作家たちの足取りを追う意図があると言っていいだろう。あえて美術運動や団体の動向よりも、作家個人の視点が当時の社会や美術の状況がどのようにとらえられていたのかを知るうえで、この三人が重要な役割を担っているというわけだ。とくに鶴岡は群馬県出身でもあり、同館でも収蔵作品を数多く持っている作家でもある。前半の2章は、この三人を中心に井上長三郎、山口薫、福沢一郎などの作品も加わりながら、画家たちの精神面とそれぞれが模索した表現手法を結びつけて構成されている。どちらかというと作家の内面を見つめるような特徴が強調されている。後半の2章は「抑圧された夢」「記録と告発のメッセージ」と題され、依然精神性は強く強調されるものの、社会の激しい変化や政治的な状況に色濃く影響を受けた作品が並ぶ。こちらでは外側の社会と個人の関係が中心的なテーマとなる。
 1955年という年は、美術界では棟方志功がサンパウロ・ビエンナーレ版画部門最高賞を受賞し、翌年にはアンフォルメル旋風と呼ばれた騒がしい出来事が控えている点でひとつの区切りとみなすこともできる。本展では、松本竣介の絵を展示室の入口に配すことで、戦後の新しい出発を声高に叫ぶ傾向よりも、混乱により荒廃した生活と精神をみつめる静けさが強調されているともいえる。ちなみに藤田嗣治は、1955年にフランス国籍を取得しているのだが、間もなく封切られる映画『FOUJITA』で群馬県出身の映画監督小栗康平は戦争画をめぐる画家の責任論争をあえて省き、いつもの独特の静けさを持つ映像によって終戦までの藤田を描いていた。
 さて、同展はこのような視点によって構成されていたのだが、限られた時期の作品を展示するため、各作家の代表作といわれるものばかりでなく、企画意図とは少しずれるが各館の収蔵作品から思いがけない作品が見られるのも楽しみである。たとえば、今回は山口薫の作品で、見慣れていた《花子誕生》の横に置かれていた《林の幻影》に目を見張った。軽やかな筆の動きを感じさせる特徴はほかの山口の作品とも通じるが、それらが作り出すかたちが色や線によってかなり複雑に重なり合う層のように見える。淡い色合いを使いとても瑞々しい感覚に溢れ、1953年に制作された作品だが現代の若手作家の作品と言われてもまったくわからないように感じた。もうひとつは、福沢一郎のやはり大作《敗戦群像》の横に置かれた《森の人間達》である。重厚な歴史と向き合うような作品の一方で、プリミティヴィズムの影響をもとに躍動感ある画面をかなり強い色調によって描いているこの作品もまた、現代の作品と見間違えるほど若々しい。考えてみれば、こうした作品が並ぶのも、特定の動向や運動に目を向けるのではなく、画家個人に目を向けることによって実現したのかもしれない。


山口薫《林の幻影》1953年 群馬県立近代美術館蔵


福沢一郎《森の人間達》1955年 群馬県立近代美術館蔵

 おそらくほとんどの美術家にとって、1年先も想像もできなかったほど激しく社会が変容していったのがこの復興期の10年だったであろう。しかし個人はただ翻弄されたばかりでなく、それぞれが何を見つめていたのか。この時期、占領軍と文部省が「民主化」を浸透させるために美術の振興をひとつの手段と考えていたのも、それが個人の表現であったからだ。政府や軍の暴走を許した戦前の反省に立って、個人の声や表現を重視することが社会全体としても真剣に模索されていたのではなかっただろうか。70年が経った現在、国会前のデモではコールと呼ばれる掛け声で「民主主義ってなんだ?」という問いかけに「これだ」と応える風景が繰り広げられた。そして、その傍らには声を上げずに静かにその場に立っている者もいた。個人の感性による行動と華々しく報道された一方で、団体的な行動や形式のようなものが壁のように感じられても不思議はない。しかし個人と誠実に向き合う表現として美術が持つ可能性を信じた作家たちは、現代の私たちと連続する場所にいると実感できる。
 この展覧会と同時に見られるのは、想像のなかで女子高生の行動を描き続ける作品で知られている新井コー児の展示、それから作家としても蒐集家としても知られた砂盃富男のコレクションとして松沢宥の作品が数多く展示されている。砂盃は松沢の活動初期の頃から作品を買っていたと言われ、それが公開される貴重な機会になっている。

戦後日本美術の出発 1945-1955──画家たちは「自由」をどう表現したか

会期:2015年9月19日(土)〜2015年11月3日(水)
会場:群馬県立近代美術館
群馬県高崎市綿貫町992-1 群馬の森公園内/Tel. 027-346-5560

学芸員レポート

 アーツ前橋では、6月から群馬大学教育学部美術教育講座と連携してアートマネジメント人材育成研修プログラム「アーツでであう、アートでむすぶ in まえばし」を実施している。これまで教育普及事業や地域アートプロジェクトを行なってきたなかであらためて、地域のさまざまな能力と関心を持った人たちの協力を得ることの重要性を感じていたのだが、ただ手伝ってくださいというだけでなく、事例を学んだり、企画づくりに参加する機会をつくるのがこのプログラムである。ふたを開けて見ると想定以上に意欲的な参加者が多く、自由で創造的なアイデアがどんどん生まれている。私たち学芸員や大学教員だけでは考えが凝り固まってしまいがちなところだが、専門的な経験や考えとのあいだでいい意見交換ができるとかなりの成果を期待できるのではないだろうかと思っている。
 それから、10月9日からは企画展「ここに棲む──地域社会へのまなざし」がはじまる。これは「住む」ということに着目して建築家とアーティストが14組参加する展覧会で、衣服に着目した昨年の「服の記憶」に続くシリーズの第2弾として準備してきた。とくに、近代以降の都市や住環境を地域固有の環境や社会、文化との結びつきを強く意識し見直すことから議論を積み重ねてきた。つまり、近代以前の自然回帰や地域主義の立場に戻るのではなく、現代の住まい方の課題として、地域資源の再利用、高齢化や福祉の問題、家族や地縁だけでない新しい共同体などに眼を向けるものになっている。したがって、東日本大震災以降問われてきた専門的な建築家の役割を考えることや、アーティストの作品を通して住むことを個人や地域を超えて想像することが展覧会として伝わっていくことを目指している。
 少しだけ概略をご紹介すると、まず導入では前橋の地域性を木暮伸也の写真作品やリノベーションによってつくられたアーツ前橋のデザインを水谷俊博のコンセプトをもとに紹介する。そのあとは、サブカル的な想像力、アジアの集合住宅を調査した成果、あるいは公共空間と私空間の重ね合わせによって自然環境との新しい関係を模索する、藤野高志、Eureka、藤本壮介の展示が続く。そのあと、何度か前橋に足を運びながらインスタレーションを発表する三田村光土里とコミッションワークによってこの美術館の空間と継続的に向き合ってきた山極満博が想像力や記憶を繊細に働かせる作品を発表する。いつも見られる照屋勇賢の《静のアリア》にもささやかな介入があり、住むことと絶えず刻まれ続ける時間、あるいはその断絶を意識するような体験をしてもらう。
 そのあとは、個人の生活空間と街の公共空間をフィールドワークしたプロジェクトが続く。前者はライゾマティクス・リサーチによるセンサーによって不可視だった日常の行動をビッグデータ化する野心的な試みであり、後者は乾久美子が継続的に各地域で展開している調査の前橋版である。それから、アトリエ・ワンと福祉楽団は障碍者と高齢者の福祉施設がとてもオープンな仕組みによって地域資源を活用し発信していく役割を担う事例を紹介する。現代社会の切実な課題に対して、「荻窪家族プロジェクト」で家族のあり方の変容に眼を向けたツバメアーキテクツは、ほかにも同様のユニークな試みがあるのかを調べ、彼らの観点によって編集された事例が紹介される。最後は、小林エリカによる家族の記憶と放射線の発見と利用の歴史を織り合わせた文章と絵を見てもらいながら会場を後にしてもらうような構成になっている。それから、美術館の前を流れる小さな川沿いにある東屋では木村崇人が美しい裾野を見せてそびえ立つ赤城山の山頂に生息する植物を移して、緑と水と共存するための空間をつくる予定。
 また、この企画に合わせて前橋工科大学の石田敏明教授が中心となってまとめた『ぐんま建築ガイド』(上毛新聞社、2015)の発行も予定されているので、秋の行楽、富岡製糸場や温泉めぐりなどのお供にもなるだろう。それだけでなく、この展覧会の関連イベント、近隣のアートスペースの同時開催企画も充実している。なるべくまめにFacebookなどで県外から来る方にも告知できるようにしているので、ぜひご利用を。


木村崇人《森ラジオ ステーション》2014年(参考図版)

ここに棲む──地域社会へのまなざし

会期:2015年10月9日(金)〜2016年1月12日(火)
会場:アーツ前橋
群馬県前橋市千代田町5-1-16/Tel. 027-230-1144

キュレーターズノート /relation/e_00031954.json l 10115154

文字の大きさ