2018年08月01日号
次回9月3日更新予定

キュレーターズノート

その触覚は誰のものか

田中みゆき(キュレーター)

2018年08月01日号

人間の体や知覚を再定義しようとする動きがあらゆる表現領域で見られるようになった。知覚のなかでも共有が難しいと思われてきた触覚すら、テクノロジーの進化に伴い記録・再現可能なものになりつつある。しかし、技術的には可能だとしても、その伝え方や体験方法については、まだまだ検討すべき点が多くあるように思う。視聴覚のようにメディアを通した共有が容易なものとは性質が異なる触覚に対して、わたしたちはどう共感を覚えることができるのだろうか。

触感を伴う言語としての手話


手話を習い始めて2年半が経つ。わたしの通う手話教室は、ろう者の先生のもと90分の間、無言で行なわれる。その日のテーマなどを最初に告げられるわけではない。わたしができることと言えば、目を凝らして先生の手や腕の動き、表情から繰り広げられる質問を読み取り、自分の答えをどう伝えられるか試行錯誤することくらいだ。ひたすらその繰り返し。何と言っても手話の魅力は、単に音声言語を身振り手振りで変換したものではなく、独自の豊かな言語文化を構築していることだ。例えば、私の好きな手話に「はじめて」と「終わり」がある。


「はじめて」の手話
協力:和田夏実


「終わり」の手話
協力:和田夏実

「はじめて」は何もない状態から「1」が立ち上がるイメージを想起させ、「終わり」は物事が収束していく様子をありありと感じさせる。わたしにとってそれらの表現は、それぞれの単語以上のナラティブを纏い、池に小石を落とした時に広がる波紋のようにじんわりと、しかし確かな手触りを心に残す。それは、相手の動作を視覚で確認し、その意味を脳で解釈し、意味から考えた応答を自らの体を通して身体表現に変換するという複雑な作業が、ネイティブではないわたしにとってはまだまだゲームのように意識的にひとつずつこなしていかなければいけないものだからというのもあるだろう。こう言うと母国語を第二言語に翻訳する作業に似て聞こえるかもしれないが、手話の場合はそこに身体が関わる。手話も他の言語同様に独自の記号体系を持つが、体を通すことで人によるブレや誤差が生じ、それがその人の手触りとなって表れるようにも感じる。手話は視覚言語でありながら、視覚から伝わる触感が意味や情景を伴う言語なのだ。

テクノロジーがつくり出すさまざまな触覚体験


ここ数年で触覚に訴える展示やイベントを見かけることが増えている。それらのなかには、聴覚障害者を軸に据えた取り組みもあれば、テクノロジーの分野においてこれまで未開拓だった触覚を新たな研究/表現領域として捉える試みもある。前者の主な例としては、音のない世界で言葉の壁を超えた対話を楽しむ「ダイアログ・イン・サイレンス」や、真鍋大度+石橋素+照岡正樹+堤修一×SOUL FAMILYによる電気刺激デバイスを用いたパフォーマンス『Music for the Deaf』★1などが挙げられる。

落合陽一x日本フィルによる聴覚障害者とオーケストラの演奏を楽しむ『耳で聴かない音楽会』は、両者にまたがる活動といえる。髪の毛に装着し振動と光で音を伝えるデバイス「Ontenna」や両手で抱えることで音の速さやリズムを振動で感じられる球体デバイス「SOUND HUG」などが聴覚障害者のために用意され、行なわれた。それだけでなく、音楽のイメージを助けるビジュアルとともに演奏を行なったり、聴覚障害者が観客としてだけでなく「ORCHESTRA JACKET」という数十の超小型スピーカーを搭載した“音を着る”ジャケットを着て指揮する側に回るなど、聴覚情報を触覚あるいは視覚で補完するさまざまな試みが見られた。とりわけ、曲目のひとつとしてジョン・ケージの『4分33秒』が演奏され、聴覚の有無関係なくその場にいる全員が、舞台上で楽器を構えるが何も演奏しない演奏者とただめくられていく譜面を息を飲んで見つめる場面は秀逸だったと思う。


左:OntennaとSOUND HUGを身につけ演奏に聞き入る聴覚障害のある観客 右:ORCHESTRA JACKETを着て指揮者体験
[撮影:山口敦 提供:日本フィルハーモニー交響楽団]

後者(触覚を新たな研究/表現領域とする動き)としては、ワークショップやツールキットで触文化の普及を行なってきた「TECHTILE」の活動や、渡邊淳司+川口ゆい+坂倉杏介+安藤英由樹による自分の鼓動を振動として外在化させるワークショップ「心臓ピクニック」★2、研究分野とデザイン分野を融合させ触覚の新しい体験をデザインしようと試みるプロジェクト「HAPTIC DESIGN」などがある。いずれも振動を用いているが、体験者自身も無自覚の体から生まれる音や体に伝わる感覚を外に取り出して共有するものと、見ている映像などの対象により没入させるために触覚的情報を加えるもの、方向性には違いが見られる。現在開催中のICCキッズ・プログラム2018「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」は触覚をテーマにしており、オープン・スペースに展示されている吉開菜央《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》(2018)と大脇理智+YCAM《The Other in You》(2017)でも体験に振動デバイスが使われるなど、ICCは現在触覚の実験場ともなっている。研究としても身体拡張の文脈で触覚の探求は今後まだまだ広がりを見せるだろう。


渡邊淳司+川口ゆい+坂倉杏介+安藤英由樹「心臓ピクニック」

何を触覚に変換するか


ATELIER MUJIで現在開催中の「フランスの、さわってたのしむ絵本読書室」展は、Les Doigts Qui Rêvent,(レ・ドワ・キ・レーヴ、日本語で「夢見る指先」という意味)という目の不自由な子どもたちのための絵本をつくる工房の展示である。『はらぺこあおむし』(エリック・カール)など既存の絵本を触覚的に表したものから、通常は視覚がないと認識することができない“影”を扱ったオリジナルなものまで、さまざまな絵本が展示されている。形態はいわゆる従来の紙の絵本で、フェルトや鳥の羽、さまざまな手触りの布や紙、プラスチックなどが貼り付けられ、来場者はそれらを指でなぞりながら読み進めていく。

一方、ICCキッズ・プログラム2018「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」でも、《ゆびでよむぶるぶるえほん》(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 × NTTコミュニケーション科学基礎研究所 × 株式会社フレーベル館 × 凸版印刷株式会社)という触覚で楽しむ電子絵本が展示されている。椅子に座ってタッチパネルに表示された絵本の文字を読みながら指でなぞると、読んでいる部分の文字の色が変わり、特定のテキストをなぞると椅子のクッションが振動する。具体的には、魚が海に潜る様子やキャラクターのキバの触覚が振動で表されている。前者と後者の違いは、視覚障害者に向けたものと健常者に向けたものという違いもあるが、前者はあくまで登場するキャラクターやストーリーの視覚的要素を触覚で構築しようとしているのに対して、後者は(おそらく形や色などは視覚で認識できるという前提のもと)キャラクターやストーリーから立ち上がるイメージを振動に変換して伝達しようとしているところだろう。



ATELIER MUJI「フランスの、さわってたのしむ絵本読書室」展



ICCキッズ・プログラム2018「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」より『ゆびでよむぶるぶるえほん』
[写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]]


テクノロジーを用いた触覚の変換には、しばしばもどかしさを感じる。まず、聴覚障害者を軸に据えたイベントについては、音を振動に変換するデバイスが配られるのは聴覚障害者のみのことが多いため、そういった場合に聴者は通常通り音を聴き、聴覚障害者が変換された振動をどう感じているかは表情や様子を見て推察するより他ない。しかし実際には、彼らの表情の変化から受け取っている触覚まで読み取るのは困難だ。
一方、いわゆる健常者を対象とした、特にコンテンツのイメージを触覚に変換した情報が加わった映像などの鑑賞体験については、この分野がまだまだ黎明期であるがゆえの課題が見られる。それは、本来は個人差があるイメージの受容に対して、均一化された触覚が与えられているということだ。(現時点では)人間の触覚の解像度は視聴覚に比べ圧倒的に低く、伝えられる触覚のバリエーションも豊かとは言えないということは前提としてあるだろう。しかしその解像度で映像に触覚的な情報として振動が加えられていても、映像に没入する助けになるどころか、むしろ他の知覚を使うのを邪魔されているように個人的には感じてしまう。さらに、その振動デバイスが作動するタイミングが自分の感情の動きと全く同期しない場合、「ここで笑え」と言われているような暴力性すら感じさせる。つまり、コンテンツのナラティブは本来であれば鑑賞者が主体的に解釈できるのに対し、触覚については均一化されたイメージやタイミングが強要されていることで違和感を残すものが多いのだ。例えば、ドライブの映像なら車のシートの揺れを振動にし、走っている感覚を持たせるため強めに振動させる、といったような。そういった映像を見ていると、個人的にはまるで自分がロボットで、触覚からイメージを読み取る訓練をさせられているかのような気持ちになってしまう。

触覚と触感


さまざまな触覚の展示などに触れるなかで、触覚が鑑賞体験として未熟な理由は、触覚を扱ったプロジェクトの多くが、まだまだ触覚を忠実に伝達することに留まり、触感を主体的に感じさせるところまで及んでいないからではないかと思うようになった。触感と触覚の区別については、「TECHTILE」が言語化しているので以下にそれを引用したい。


「触感」というキーワードは、触覚を中心に、諸感覚や記憶、言語などを統合した主観的な質感(クオリア)をさす単語として触覚と区別しています。実は触感を想起させる方法は身の回りにありふれています。小説での巧みな描写だけでなく、まっさらな新雪を踏みしめる感じ、もしくは、黒板をツメでひっかく感じという言葉で、多くの人は自分が歩いた時に感触、または教室などの光景を想像してしまうと思います。またCMなどの映像表現で冷たさや温かさの様な皮膚感覚を想起させられ購買欲をそそられたことがあるでしょう。ふわっとした湯気やみずみずしい水滴が滴る様子などはまさに触感的表現といえるでしょう。このように触感は非接触でも可能なのです。
このように触覚を用いた表現を行なう時に、実際に触る指先の感覚のみ意識するのではなく、頭のなかに立ち現れる「触感」を意識すべきだと感じています。
★3


ここで述べられているように、触覚を単純に伝達する以上の体験をつくるには、触覚以外の知覚をどう効果的に組み合わせ触感に落とし込めるかが重要になってくるだろう。例えば、マイクロフォンと振動子とアンプというシンプルな組合せで触覚を伝送することを可能にした「TECHTILE」ツールキットのなかで、紙コップの中にビー玉を入れて回すと、もう一方の空の紙コップでもビー玉が回っているような触感が感じられる体験がある。実際にはビー玉の入った紙コップの振動子は縦方向に動いているだけにも関わらず、ビー玉が回る様子を一度見聞きすると、もうビー玉が動いているようにしか感じられなくなる。視覚、聴覚、触覚という複数のモダリティが揃うことで、無意味な振動がビー玉の動きと錯覚させられるという。


左:TECHTILEツールキット 右:ビー玉を使った体験
[撮影:大脇理智(YCAM) 写真提供:TECHTILE]

この例は作品というよりもシンプルな動作のためわかりやすい部分はあるが、触覚に関するテクノロジーを扱った展示においては、まだまだ触覚デバイスの主張が強すぎ、触覚以外の知覚を促す素材はデバイスを体験するための補足に留まっている場合がほとんどのように見受けられる。逆に言えば、他の知覚を統合するようなナラティブを紡ぎ出せる作家や演出家などが研究や開発に加わることで、これまでにない触感体験をつくることのできる余地がまだまだある分野とも言えるだろう。『情報を生み出す触覚の知性:情報社会をいきるための感覚のリテラシー』の著者である渡邊淳司氏は、感覚としての触覚だけでなく、感覚を関連付け、何らかの体系と結びつける知的能力(知性)を含むものとして「触知性」という言葉を提案している。しかし触知性を体験として落とし込むには、触覚でよく用いられる触感のオノマトペへの変換を超えてナラティブを強くしていく必要があるだろう。現状だと、優れた美術作品あるいは音楽、小説の方が、たとえ非接触であったとしても、物理的な振動を起こすよりもよほど豊かな触感をもたらす。

触覚は、鑑賞者が傍観者ではなく当事者にならないと共有しづらいという意味で、鑑賞という態度を変える可能性を持った知覚であると思う。冒頭で手話の例を出したのは、単純に手話教室以上に面白い触感を味わえる体験に未だ出会ったことがないというのもあるが、手話が言語と非言語の間を漂いながら意味やイメージを体で構築していく様子に学ぶべきところがあるのではないかと感じるためだ。現状の触覚に関する展示は、例えば海なら典型的な「海」のイメージを振動で再現する段階に留まっているが、海辺に打ち寄せる波は時間や天気、観る人の心情によって受け止め方は違うし、車であればシートの揺れも車内で交わされる会話によって違って感じるものだろう。つまり触覚こそ、万人に対して平均的につくられた同じものを体験させるのではなく、体験者一人ひとりが主体的に感じられるナラティブがなければ、心に触れる触感としては伝わらないのではないだろうか。文脈や状況に応じて移り変わる人間の気持ちに寄り添った触覚体験にもっと出会いたいとわたしは思う。

参考文献
「触楽入門──はじめて世界に触れるときのように」仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太(朝日出版社、2016)
「情報を生み出す触覚の知性:情報社会をいきるための感覚のリテラシー」渡邊淳司(化学同人、2014)

★1──ライゾマティクス・リサーチ「Music for the Deaf」プロジェクトの記録 https://research.rhizomatiks.com/s/works/music_for_the_deaf/
★2──ショートペーパー「“心臓ピクニック”:鼓動に触れるワークショプ」 http://www.junji.org/papers/2011VRSJheartbeat.pdf
★3──TECHTILE|YCAM InterLab TECHTILE? 触覚とは何でしょうか? http://www.techtile.org/shokkan/

ダイアログ・イン・サイレンス

会期:2018年7月29日(日)~8月26日(日)(29日間)
会場:LUMINE 0(東京都渋谷区千駄ヶ谷5-24-55 NEWoMan新宿 5F)

『耳で聴かない音楽会』

会期:2018年04月22日(日)
会場:東京国際フォーラム ホールD7(東京都千代田区丸の内3丁目5-1)

『Music for the Deaf』

会期:2014年8月13日(水)
会場:象の鼻テラス、象の鼻パーク(神奈川県横浜市中区海岸通1丁目)
ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014のプレゼンテーションとして開催

ICC オープン・スペース2018

会期:2018年6月2日(土)〜2019年3月10日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4F)

「フランスの、さわってたのしむ絵本読書室」展

会期:2018年6月29日(金)〜2018年9月2日(日)
会場:ATELIER MUJI(東京都千代田区丸の内3丁目8-3 インフォス有楽町)

ICC キッズ・プログラム 2018「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」

会期:2018年7月20日(金)〜8月26日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA(東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4F)

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