キュレーターズノート

「はならぁと コア」における長谷川新「SEASON 2」の試み

中井康之(国立国際美術館)

2023年11月15日号

「今、最も隆盛している『現代アート』は、こうした作家(デュシャン、ウォーホル、ダミアン・ハースト、村上隆、会田誠、草間彌生:引用者注)の作品ではない。今や主流となりつつあるのは『地域アート』なのである」文芸評論家、藤田直哉が文芸誌に「前衛のゾンビたち─地域アートの諸問題」★1という刺激的なタイトルの論考でかつて指摘したのは、このような価値観の転換に伴った「アート」の質の低下だった。例えば、市民参加によって団地のなかにコミュニケーションを創り出したりすることを「作品」とする裏付けとして、ニコラ・ブリオーが1998年に著した『関係性の美学』で示された論理を援用する状況に対しても懸念が示されていた。さらに、上記論考が発表された2年後の2016年、藤田によって構成された「地域アート」問題に関する4つの論考と、同問題を巡る5つの対談または鼎談★2による単行本が上梓された。おそらく同書は、これからの日本における美術の在り方を問うためのプラットフォームとして用意されたのだろう。

コロナウイルスがトップニュースから降りて以降、藤田が問題提起した「地域アート」に久し振りに訪れる機会をもった。奈良県内で開催される「奈良・町家の芸術祭はならぁと」(以下、「はならぁと」)である。実は、8年前にも「キュレーターズ ノート」で同じアートプロジェクトのレポートを執筆している。しかも同レポート冒頭で藤田の論考を用いた。改めて本稿で同論考について触れたのは、藤田が自分の論考をベースとして「地域アート」をキーワードに、この国における美術の在り方を、多角的な視点によって捉え直すことを真剣に考えていることに、旧稿公開から1年後に刊行された図書を手に取ることによって気づいたからである。また、「はならぁと」を再びレポートすることとしたのは、藤田が指摘した「地域アート」は「地域活性化」に特化し、芸術的な質は評価できないと判断していたことに対して、アンチテーゼとなるような試みが為されていると判断したからである。

「はならぁと」がとる「作品の質」と「地域活性化」のバランス


「奈良・町家の芸術祭はならぁと」のチラシ
デザイン:山本悠、湯田冴


「はならぁと」は、奈良県内の歴史的景観が残っている複数地域を舞台として2011年から始まった「地域アート」プロジェクトである。当初から地域毎に展示内容の違いを明確に示すために、展示内容の質を求めた「こあ」(本年は、宇陀松山エリア)と、地域に密着した展示地域「ぷらす」(現在ではさらに「さてらいと」[本年は、橿原・今井エリアと桜井戒重・本町通エリア]、「あらうんど」[本年は、吉野町三茶屋・殿川エリア]に分類されている)によって構成されている。繰り返しになるが、要するに「こあ」では作品の質を、「ぷらす」では地域と鑑賞者のコミュニケーションを図ることを主体とした展示で構成されてきた訳である。但し、作品の質を維持するのは招聘された外部の専門家であり、企画者毎にプロジェクトの趣旨が変わる可能性もあり、そのことによって地域特性との距離にも違いが出てくることは必然であった。何より決定的なのは、毎回企画者が入れ替わるのでは「はならぁと」というアート・プロジェクトの歴史をつくり上げられないことだろう。そのような状況への対応策として考えられたのが、2020年から2022年の3年間継続してひとりの企画者によって「こあ」が運営されるという方針なのかもしれない。

今年の「はならぁと」の「こあ」は、コロナ後に初めて実施するという意気込みも含め、新たな企画者を迎えていた。インディペンデントキュレーター、長谷川新である。長谷川は今年の「こあ」のタイトルとして「SEASON 2」という名称を用意した。ドラマの「シーズン2」は「前の方が良かった」とか言われるが、「ちょうどいいところで人生は終わってくれませんし、死んでもなお、終わりではない」と前置きをしたうえで★3、長谷川は今回のプロジェクトにそのタイトルを用いた理由を述べている。「展覧会には『会期』が必ずあるのですが、『SEASON2』の作品は、展覧会が終わっても消えず、続いていくものに限定しています。なので、もし『どうやって見るか』のとっかかりが必要であれば、展示されているものたちが、展覧会が終わった後、どう続いていくかを気にしてください」と、会場で配布されていたハンドアウトには記されてあった。つまり、「SEASON 2」というタイトルは、展覧会のコンセプトをも象徴的に示したものなのである。

今年の「こあ」が開催された宇陀松山という地域は、江戸時代に宇陀松山藩の陣屋町として栄え、現在も当時の街並が残り、その一部が重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。



宇陀市大宇陀歴史文化館「薬の館」 CC 表示-継承 4.0[撮影:Asturio Cantabrio]https://ja.wikipedia.org/wiki/松山_(宇陀市)#/media/ファイル:Uda_City_Historical_Museum_of_Medicine_2021-11_ac_(1).jpg


もちろん日本の多くの地方都市にも歴史的街並みは残っているだろう。だが、宇陀とほかの地方都市との違いは、その歴史が連綿と続いてきたことにあるだろう。宇陀松山には、江戸時代中期の享保年間(1716-1736)の創業以来、400年続く日本最古の薬草園(森野旧薬園)がある。そこが人々の憩いの場となっている。また、この土地は大正期からダリヤ栽培が始まり、第二次大戦後にはダリヤ球根生産地として知られるようになり、いまでは球根を取るために捨てられていた花を活用して、街を彩るイベント「宇陀松山華小路」へとつながっている。



「宇陀松山華小路」は10月に開催されてすでに終わっていたが、店先にはまだその片鱗が残っていた[筆者撮影]


コミュニケーションによって高まる「作品の質」

私がその「SEASON 2」の展示で最初に訪れた展示会場は、歴史を感じさせる伝統的日本家屋に、「農民画」とでも名付けることができるような、丸木スマの草花や小動物に溢れた庭先を描いた風景画あるいは静物画等が10点展示されていた。谷崎の「陰翳礼讃」を思い起こさせるような空間に置かれたそれらの農民画は、庭先から射し込む自然光に照らされることによって、初めて見る作品であるにもかかわらず、懐かしさを感じさせたのである。「SEASON 2」は、このように展示施設として、この地域の歴史を体感できる場所が用意されていたのである。



丸木スマ《夏木立》(1952)、千軒舎 [撮影:朝海陽子]


さらに、各展示場所にはボランティアの看視が配置され、彼ら彼女らは解説スタッフも兼ねていた。その解説がとても行き届いているのである。彼ら彼女らと今回の展覧会について会話を重ねることによってわかったのだが、企画者である長谷川は、ボランティアスタッフと事前に入念に打ち合わせを行ない、作品搬入時から行動を共にして、作品を展示する際にも彼ら彼女らに意見を求めながら進行していったようだ。このような企画者との特別な関係性は、参加した作家との関係性とは違ったものではあるが、展覧会を作り上げていくという疑似体験は、得難いものであったろう。

明治期に創建され、関西でもっとも古い芝居小屋で戦後は映画館として用いられた喜楽座という芝居小屋がある。 写真家 朝海陽子には、その場所で関西では初めての映像作品の公開を促して実現したという。朝海は映画を見ている人々を撮影したシリーズ作品「Sight」でデビューしたのだが、この作品では、かつて映画館だった場所で朝海の作品を見ている観客自身が「映画を見ている人々」となって再現されているのである。



朝海陽子《BUBBLE》(2021)、喜楽座 [撮影:朝海陽子]


また、宇陀松山会館という公的施設では、山梨県立美術館が所蔵しているミレーの《種をまく人》の超高精密画像(約1,350億画素)が展示されていた。この複製は、東京藝術大学で開発された、伝統的技術と最新のテクノロジーを融合させて作り上げるクローン文化財によって再現されたものである。この展示施設にも看視兼解説ボランティアが常駐し、クローン文化財について説明するばかりでなく、光線状態を変えると見え方が違ってくると説明したうえで、明かりを消して、自然光で見るという場面も提供してくれた。実際、展示用の照明が用意された場所ではなく、家庭で使用する蛍光灯の光線下に置かれた状態と、自然光で見たその作品の違いは大きく、後者の方は、まるで本物のミレー作品に備わっているであろうアウラまで再現しているようにも感じられたのである。



クローン文化財(ミレー《種をまく人》、本作1850)、松山会館、山梨県立美術館寄託、株式会社IKI蔵[撮影:朝海陽子]


「はならぁと」の「こあ」エリアで、企画者に求められていたのは展示内容の質であった。長谷川は、展示の質を高めるために、積極的に「はならぁと」の「こあ」エリアの運営を維持するスタッフ全員との関係性を高めることによって、地域密着型のポジションから始めることを考えたのだろう。長谷川のこのような試みが、「地域アート」を考え直す直接的な機会となる、とまで言うことはできないだろう。展覧会の質というものが何によって保証されるのか、作品の本来的な価値をどこに求めるのか、さらには、此の国における美術表現というものをどのように作り上げていくのか。「SEASON 2」を体験することによって、「地域アート」に質を求めるのか、「地域活性」を求めるのか、という二項対立の呪縛から抜け出すことができるように感じた。



ユアサエボシ《抽象画B》(2023)、森岡医院[撮影:朝海陽子]




デザイナー山本悠が、自らデザインした茶色いトートバック(宇陀名産のダリア染め)を持つ姿。山本はデザイナーとして「SEASON 2」に参加している。[撮影:朝海陽子]



宮崎竜成《カレンダーの作り方/使い方》(部分)(2023)、石景庵
会場に設置された作品を解説するビデオ[撮影:朝海陽子]



阿児つばさ《a? Fê G pop(ちきゅうのれきし) 》(2023 )、無量山 報音寺 [撮影:朝海陽子]



★1──藤田直哉「前衛のゾンビたち──地域アートの諸問題」『地域アート 美学/制度/日本』(堀之内出版、2016、p.17)初出は『すばる』2014年10月号。
★2──5つの対談のうちひとつを右記で読むことができる。星野太×藤田直哉「まちづくりと『地域アート』──『関係性の美学』の日本的文脈」(10+1website、2014.11、2023.11.14閲覧)https://www.10plus1.jp/monthly/2014/11/issue-02.php
★3──「はならぁと」のホームページ参照。https://hanarart.jp/2023/uda.html

「SEASON 2」(奈良・町家の芸術祭 はならぁと こあ 宇陀松山地区に於ける展覧会)

会期:2023年10月20日(金)〜10月30日(月)
会場:奈良県宇陀市松山地区(喜楽座、石景庵、千軒舎、報恩寺、松山会館、森岡医院ほか)

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