キュレーターズノート

さまざまなはじまり──青森のアートシーンの現在

高橋麻衣(八戸市美術館)

2024年03月01日号

今年の冬はいつになく暖かい。筆者の住む八戸は、青森県内でも雪の少ない地域ではあるが、それにしても雪がない。地元民だけでなく、観光客にとっても「青森らしさ」が物足りなかったのではないだろうか。しかし、この冬の青森では、国際的に活躍する郷土ゆかりのアーティストの展覧会によって「青森らしさ」を堪能することができ、加えてこの春からは、アートとともに、自然や食、建築など豊かな文化を体感する新たなアートフェスがはじまろうとしている。
今回は、「青森とはじまり」をテーマに、この冬から春にかけての青森のアートシーンを紹介していきたい。

青森県立美術館「奈良美智: The Beginning Place ここから」──奈良作品のルーツ


会場風景 [筆者撮影]


まず紹介するのは、青森県立美術館で2月25日まで開催されていた「奈良美智: The Beginning Place ここから」である。青森県弘前市に生まれた奈良美智は、愛知県立芸術大学で絵画を学び、その後、ドイツの国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学びながら制作を続ける。その後、2000年に帰国し、国際的な評価へとつながる大規模な個展の数々を国内外で開催している。

青森では、旧吉井酒造煉瓦倉庫(現在の弘前れんが倉庫美術館)や青森県立美術館での個展、弘前れんが倉庫美術館でのドキュメント展が開催されただけでなく、青森県立美術館の《あおもり犬》(2006)をはじめ、弘前れんが倉庫美術館、十和田市現代美術館でも、奈良の作品を楽しむことができる。

このように、青森のアートシーンと奈良の縁は深い。今回の展覧会では、学生時代から近年までの作品が、感性の起源(はじまりの場所)へと至る「一本の幹」を探り当てるべく設けられたテーマで展示され、約40年にわたる作家の歩みを、故郷という「はじまりの場所」である青森で体感できる。



《Midnight Tears》(2023)[筆者撮影]


「家」や「女の子」など、これまで繰り返し描いてきたモチーフの絵画から、2014年にサハリンを旅して制作された写真、反戦や反原発などの政治的な問題意識が色濃く表われたインスタレーションまで、さまざまな年代や表現方法で、奈良による作品が展示されている。筆者が特に印象に残ったのは、奈良が高校時代に通い詰めたロック喫茶「33 1/3」(現在は閉店)の再現である。



ロック喫茶「33 1/3」再現(2023)[筆者撮影]


幼少期から洋楽に親しんでいた奈良は、高校時代に「33 1/3」の店舗づくりに誘われ、仲間とともにDIYで店舗を作り上げ、その店でアルバイトをしていた。再現された店舗は室内まで入ることができるのだが、手づくり感あふれる建物は、奈良のこれまでのインスタレーションで見られた「小屋」と重ね合わせることができる。また、「33 1/3」が再現された展示室の壁面にはレコードジャケットがずらっと飾られており、それらからは、人物を中央に大きく描く構図や、文字も含めたデザインなど、奈良の作品のルーツが感じられる。

このように、作品を作り始めた瞬間からが作家にとっての「はじまり」ではなく、さまざまな経験や人々との出会いから、創造性が育まれていく。「33 1/3」もまた「はじまりの場所」として展覧会を象徴しているのだ。

棟方志功記念館──最後の展覧会「板極道」

もうひとつ、郷土ゆかりの作家の「ルーツ=はじまり」を体感できる展覧会が、青森市の棟方志功記念館で、3月31日まで開催されている「板極道」である。

「板極道」とは、棟方が綴った自伝のタイトルでもあり、棟方は、武者小路実篤の「この道より 我を生かす道なし この道を歩く」ということばを胸に、板画の道を突き進んだ。今回の展覧会では、《二菩薩釈迦十大弟子》(1948)をはじめとする棟方を代表する板画だけでなく、倭画、書、油絵など、初期から晩年までの作品を通して「板極道」を歩んだ棟方の人生を感じることができる。



会場風景 [筆者撮影]


板画家として知られる棟方志功だが、その創作のルーツは、17歳の時に見たゴッホのひまわりの原色版である。また、ねぶた絵の達人だった従兄弟には、ねぶた絵や凧絵の手解きを受けていた。今回の展覧会では、画家を目指した20代の頃の油絵や、従兄弟の制作したねぶたを思い出して描いた倭画も展示されており、棟方の「はじまり」が垣間見える。



棟方志功《初冬風景図》(1924)



棟方志功《フヂヤのオンチャのネプタ図》(1972)


ところで、「板画」とは棟方の生み出した言葉である。初めは「版画」という言葉を使っていたが、板画は「板の声を聞くもの」であるという考え方から、自身の作品を「板」の字を用いて「板画」と呼んだ。

この「板の声を聞く」という考えが腑に落ちたのが、展示室前で上映されているドキュメンタリー映画《彫る 棟方志功の世界》(1975)での棟方の制作の様子を見た時である。幼い頃から視力が弱く、57歳で左眼を失明した棟方は、板と一つになるかのように、板に顔を寄せて一心に制作していた。映像内で、「他力が彼を動かしているように見える」と語られたその姿が、青森県の習俗である、魂を自らの体に憑依される霊媒師の「イタコ」と重なり、棟方はどこまでも青森の人なのだと、ここでも彼のルーツをしみじみと感じた。(余談だが、筆者が最近、初めてイタコの口寄せを見たことも影響しているかもしれない)

棟方志功の「はじまり」を存分に味わうことができる棟方志功記念館であるが、多くの人に惜しまれながらも、本展をもって閉館し、「終わり」を迎える。しかし、棟方は、最晩年に撮影された記録映画の最後に、棟方は「終わりもはじまりもないですよ。世の中。大丈夫! 永劫だ!」と豪語している。その言葉のとおり、棟方志功記念館の所蔵作品は青森県立美術館へと移ることが決まっており、建物と庭園も、今後整備を行ない芸術・文化の施設として再び利活用を検討すると青森市が発表している。棟方の作品は時を超えて人々に愛されていき、また芸術を楽しむことに終わりはないのだ。

「AOMORI GOKAN アートフェス 2024」──アートシーンの新たな「はじまり」

最後に、青森のアートシーンの新たな「はじまり」を紹介したい。それが、青森県内にある現代美術を楽しめる5つの美術館・アートセンター(青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森、弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館)を中心に、4月13日~9月1日まで開催する「AOMORI GOKAN アートフェス 2024」である。



今回のアートフェスでは、「つらなりのはらっぱ」をテーマに、各館がそれぞれの特色を打ち出した展覧会やプロジェクトを企画している。1館でも十分見応えはあるのだが、さまざまな館を巡ることで、建築や企画のコンセプトなど、各館の個性をより味わうことができる。

青森県立美術館で開催される「かさなりとまじわり」では、県立美術館の設計者である青木淳氏が提唱した「原っぱ」論を参考に、展示室をはじめとするさまざまな個性的空間をそれぞれの「原っぱ」と見立て、館内外の至るところでアートを発見、鑑賞、体験できる場を設けることで、展示室だけでなく、美術館全体に大きな「つらなり」を生み出していく。



原口典之《F-8E CRUSADER》(「十字路-CROSSROAD」ART BASE 百島広島での展示風景)(2014)
[© ART BASE MOMOSHIMA]


青森公立大学 国際芸術センター青森では、「現在」という意味をもちながら、海流や気流をはじめとして、ある一定の方向に動く水や空気、電流などの変わり続ける流れを示す「current」と、表面や他の流れの下にある目に見え難い流れや暗示を意味する「undercurrent」をキーワードとして、ある場所とかかわり合いながら表現をつむぎ出す国内外のアーティスト、そして青森ゆかりの表現者たちによる作品が集う。



岩根愛 《The Opening》 (2022)


弘前れんが倉庫美術館では、写真家・映画監督の蜷川実花が、データサイエンティストの宮田裕章、セットデザイナーのEnzo、クリエイティブディレクターの桑名功らと結成したクリエイティブチーム・EiMとの協働により実現する大規模な個展と、白神山地をテーマとした、狩野哲郎、佐藤朋子、永沢碧衣、L PACK.の4組のアーティストによるリサーチ・プロジェクト『白神覗見考(しらかみのぞきみこう)』の2つの企画を行なう。



蜷川実花《花、瞬く光》 (2022)
[© mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery]


十和田市現代美術館では、アートフェスのテーマ「はらっぱ」を自然と人間の交わるところと捉え、その複雑に絡まる関係性に注目した「野良になる」展を開催する。丹羽海子、䑓原蓉子、永田康祐、アナイス・カレニンなど、多様な視点から自然を捉える国内外の若手作家の新作を中心に、彫刻、映像、ウールのタペストリー、サウンド、インスタレーション、食など、多岐にわたる表現形式で現代アートを楽しめる。



参考図版 丹羽海子《Metropolis Series: Good Egg Community》 (2022)
[Courtesy the artist and Someday, New York Photo: Daniel Terna]


そして、筆者が勤める八戸市美術館では、八戸を拠点に活動する磯島未来、漆畑幸男、しばやまいぬ、蜂屋雄士、東方悠平が、美術館を象徴する空間である「ジャイアントルーム」を舞台に、絵画や版画、写真、ダンスなどの多様な表現で、来館者と共に作り、楽しむプロジェクトを展開する。

作品展示のほか、公開制作、ワークショップ、パフォーマンスなどを通して、現在進行形で青森に暮らすアーティストたちが、まさにこの場所で生みだす「もの/こと」の「はじまり」に出会うことができる。それらの表現には、奈良の「33 1/3」や棟方のねぶた絵のような、ルーツとしての「はじまり」を感じさせるものは色濃くない。しかし、それぞれの作家のライフワークとも言える「もの/こと」からは、特別ではない日常の青森が垣間見える。それは「日常とも地続きの場所」である「はらっぱ」のあり方ともリンクするのではないだろうか。



5人のアーティストたち、ジャイアントルームにて
( 左から磯島、東方、漆畑、しばやまいぬ、蜂屋)


このほか、5館の共通企画として、美術家の栗林隆による体験型インスタレーション作品である《元気炉》が、8月9日(金)~9月1日(日)にかけて5館を巡回する。複数の館を巡る方は、観覧料の割引などの特典パスポートのついた公式ガイドブック(3月13日発売)を購入するのがおすすめだ。

5館を巡ることでぜひ体感いただきたいのが、青森の広大さであり、八甲田山を境界とした「津軽」と「南部」の異なる気候や文化を持つ独自の地域性である。地方でありながら、現代美術を楽しめる美術館・アートセンターが5館もあり、現代アートの「聖地」と言っても過言ではない青森だが、風光明媚な景色や美味しい食べ物、癒しあふれる温泉など、観光の視点からみても聖地と言えるだろう。

今回、紹介した奈良や棟方の展覧会からも見てとれるように、この地域だからこそ育まれた創造性がある。アートも含めた「青森らしさ」を味わいながら5館を巡り、青森のアートシーンに芽吹いた「はじまり」を体感いただきたい。

★──棟方による肉筆の日本画を表わす言葉。

奈良美智: The Beginning Place ここから

会期:2023年 10月14日(土)〜2024年2月25日(日)
会場:青森県立美術館(青森県青森市安田字近野185)

板極道

会期:2023年12月19日(火)~2024年3月31日(日)
会場:棟方志功記念館(青森県青森市松原2-1-2)

AOMORI GOKAN アートフェス 2024

会期:2024年4月13日(土)~9月1日(日)
会場:青森県立美術館(青森県青森市安田字近野185)、青森公立大学 国際芸術センター青森(青森県青森市合子沢字山崎152-6)、弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市吉野町2-1)、八戸市美術館(青森県八戸市番町10-4)、十和田市現代美術館(青森県十和田市西二番町10-9)

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