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奈良美智《Missing in Action─Girl meets Boy─》
──無表情だが無感情ではない「立木祥一郎」

影山幸一
丸山直文 《Butterfly song》2004, 国立国際美術館所蔵
奈良美智 《Missing in Action ─Girl meets Boy─》2005
紙・アクリル・水彩・色鉛筆, 150.0×137.0cm, 広島市現代美術館蔵
無許可転載・転用を禁止, Digimarc
copyright Yoshitomo NARA, courtesy Tomio Koyama Gallery
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孤独になる
 かわいい女の子にひそむ狂気。そんな不安気な子供を描いて、大人の深層心理を揺らし、世界的な画家となった奈良美智(以下、奈良)。奈良は孤独になることで自己と向き合い、人の心に届く絵画を描く。1959年青森県弘前市生まれの奈良は、記憶を遡り、子供の頃の感情を引き出して、イラスト的な絵画やポップなオブジェなど、親しみやすい作品へ転化させる。1962年生まれのスーパーフラットの村上隆とは、年齢が近く作風も似ていることから、2人一緒に語られることが多い。村上は絵画を超えた表現世界を開いているが、奈良は平面から飛び出した立体があるとしても、きっと画家であり続けるのだろう。私は90年代の後半に奈良を知った。おそらく1997年京浜急行の上大岡駅(横浜市)で開催された「ゆめおおおか・アートプロジェクト」でブランコに乗った大きな子供の人形《World is Yours》を見たのが奈良作品との最初の出会いだったと思う。かわいくて、こわいという異種の感情が同居する表現は新鮮であったが、メディアで取り上げられる数が増えていくにしたがって興味がなくなっていった。流されやすいと自覚する私はその急流に乗ることを避けた。奈良の作品は絵画なのか、イラストなのか、奈良ブームのような雰囲気の中では作品を見たくなかったのだ。そして10年が経った。自分の中にある消化されない女の子の絵の正体を探ってみたい。奈良の《Missing in Action ─Girl meets Boy─》(広島市現代美術館蔵)についてゆっくりとした時間の中で探求したいと思った。この作品は奈良の代表作の一つで、ジャン・ユンカーマン監督の映画『映画 日本国憲法』のイメージキャラクターにも使われている。

16万人動員した煉瓦倉庫
立木祥一郎氏
立木祥一郎氏
 東京駅から東北新幹線「はやて」で約3時間、終点の八戸駅に着く。30年ほど前に行った時は特急でも8時間はかかっていたと思う。青森といえばりんごと棟方志功であるが、訪ねるのは元青森県立美術館準備室学芸員で、地域活性化のプロジェクトを企画するソーシャルエンタープライズ「teco LLC(Limited Liability Company:合同会社)」の代表である立木祥一郎氏(以下、立木氏)である。tecoとは、てこの原理の梃子であり、美点を支点にゆっくり、そして大胆にという意味が込められている。「teco LLC」は、八戸駅から6kmほど離れた町の中心にあった。元麻雀店を簡単に改装したそのオフィスは、映画の撮影セットにも見えて非日常的空間だった。映画評論も行なう立木氏とは初対面だが、古い友人のような錯覚を覚え、ただものではない感じがした。1962年東京生まれの立木氏は、東北大学文学部心理学科卒業後、川崎市市民ミュージアムの映像専門の学芸員になり、1994年から2006年まで青森県立美術館準備室学芸員、その後、青森県弘前地域技術研究所主任研究員を経て独立した。2008年7月より「teco LLC」の代表を務め、現在はアート・建築・デザイン・映像・食などのクリエイターとリンクして地域活性化を推進する。弘前で行なわれた奈良の個展「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」展(2002)や「From the Depth of My Drawer」展(2005)、「Yoshitomo Nara+graf A to Z」展(2006)のキュレーターを務め、6カ月間で総計16万人の観客を人口約18万人の弘前に集めた。ボランティアを総動員した前代未聞のこれら奈良の展覧会は、立木氏が勤務していた青森県立美術館で開催したのではなく、弘前の吉井酒造煉瓦倉庫であった。美術館学芸員として奈良や工藤哲巳(造形作家)などの作品収集や、建築家・青木淳で話題を呼んだ建築コンペ、設計を担当しながら、一方で市民力で作り上げる展覧会を成功させている。

霊場
 奈良は魅力的なアーティストであるらしい。来年50歳になるというのに大学生のように若々しく見え、津軽弁のイントネーションで、大声を出さずとも延べ3, 500名ものボランティア・スタッフを惹きつけるカリスマ性があるという。立木氏が奈良の作品を最初に見たのは、1995年のSCAI THE BATHHOUSE(東京・谷中)で開かれた個展「深い深い水たまり」展だそうだ。そして2002年に立木氏は初めて奈良と展覧会「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」を開いた。このとき立木氏は、奈良がタブロー作品《Princess of Snooze》を煉瓦倉庫の白い壁から、タールの黒い壁面へ掛け替えたことが今でも忘れられないと言う。それは作品だけでなく、展示も勝負してるなぁーと、印象的な瞬間だった。青森県の西部、弘前市の北にある五所川原市に岡本太郎も訪れた川倉地蔵堂という霊場があるそうだ。青森の霊場といえば下北半島のイタコのいる恐山を思い浮かべるが、津軽のこのお堂の中には無数の地蔵や人形、ぬいぐるみが雛壇状に陳列されて祭られているらしい。岡本太郎は何を感じてこの霊場を訪れていたのだろう。縄文や土着的なものにインスピレーションを得ていた岡本と、奈良作品の印象は大きく異なる。かわいい人形は怖くもある。立木氏はこの霊場に奈良の原点を見出している。奈良自身はそれを否定したそうだが。弘前にはまた下川原(したかわら)土人形という素朴な郷土品もあり、神仏習合の土地柄で、奈良の父親が神主をしていたこともあったというから、これら地域に伝わる伝統や風習が奈良に及ぼした影響は少なくないはずだ。親しみやすく視覚化された奈良の作品に祈りを感じる人は多いのではないか。その作品を作り続ける奈良はシャーマンかもしれない。
 立木氏に《Missing in Action ─Girl meets Boy─》の見方を聞いてみた。立木氏はこの作品を実際には見ていないというが、奈良の故郷・弘前では奈良と語り合い、展覧会を作り、青森では奈良作品を収集してきた体験がある。その眼力で語ってもらった。

【Missing in Action─Girl meets Boy─ の見方】
(1)構成
無背景に一人の子供。画面の中心から向ってやや右寄りに斜め正面を向いた顔が描かれている。頭も画面からはみ出るほど、顔が強調されて描かれている。

(2)対象
女の子。右の目と左の目の色が違う。

(3)目
この絵を見る人は、まず、右目の赤い瞳に意識が吸い込まれるだろう。

(4)髪の毛
奈良自身を連想させる少しカールした髪。赤みを帯びた髪と、瞳の赤がシンクロして、目に不思議な遠近感の錯覚を生じさせているのがおもしろい。

(5)画材
紙にアクリル、色鉛筆、水彩。キャンバスではなく、紙に描いて、こうした端正なタッチというのは、これまで紙に描かれたドローイングとは一線を画していると思う。I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.という奈良初めての本格的な個展が終わった後で、彼は、大きな紙に、荒々しいタッチの大きな少女の顔を描いたけれど、何か、作家は転換期に、大きな紙に描いて、解放されてみたくなるのかなと思った。デジタルもいいけど、やっぱりこれは実物を見たくなる。

(6)サイズ
縦150.0×横137.0cm これはちゃんとしっかりとタブローサイズ。紙の作品としては、とっても大きい。

(7)技法
薄塗りで、淡白な感じがするけれど、作家が近作の制作プロセスを撮った写真を見ると、下地には、ものすごくいろいろな色が塗り散らされていて、それらが重層的に重なり合うことで、一見単純のように見るけれど、実は深い色の深層をもっている。単純さと複雑さの組み合わせは構図にも現れていて、画面左に余白を設けて、赤い目を画面の中心にもってきて、髪の色を目の色に合わせることで、この少女の右目に視線が向かうように細心の注意が払われているのだと思う。

(8)表情
無表情だが、無感情ではないのだ。見る側の気持ちやシチュエーションに表情の変化をゆだねている能面のような表現ではなく、とてもたくさんの感情を宿している表情ゆえの無表情。感情を移すのではなく、読み解くことが、見る側に求められているような気がする。

《Missing in Action ─Girl meets Boy─》の右目(部分)
《Missing in Action ─Girl meets Boy─》の右目(部分)
《Missing in Action ─Girl meets Boy─》の左目(部分)
《Missing in Action ─Girl meets Boy─》の左目(部分)
デジタル画像を読む
 実物の作品は、縦150cm×横137cmというから相当に大きい子供の絵だ。そのリアルな大きさの迫力は、実物やあるいはデジタルアーカイブなどによる複製で体感できる。画像では奈良のシンプルに見える色彩が何度も重ねられた色であることがわかり、その筆致をリアルに感じることができる。右目と左目の色が異なる大きな猫目がこの作品の特徴である。拡大してみると細かな白い点が無数に描かれているのがわかる(図参照)。「少女の片方の目は青空を見ているが、もう片方の目は原爆の惨状を見ている。ヒロシマの体験を過去のこととして終わらせるのではなく、子どもに問いただすような視点は、これからの広島のあり方を問い掛けているかのようだ。」(『すこぶる広島』Vol.65より)。落ち着かない上目づかいでこちらを見る女の子。その媚びない眼差しは、優しくもあり、鋭くもあり、深くもあり、視線はこちらを見据えているようで、遠くを見ているようだ。ふっくらとしたほんのり赤く染まった頬が子供の生命感や希望を感じさせる。髪の毛の動きが奥ゆきとリズムを作っている。おでこが広く、賢そうにも、こちらを見透かしているようにも思え、子供の緊張感が垣間見られるが、不気味になぜか眉毛がない。あのモナ・リザも眉毛がない。鼻の穴が通常より広く離れている。鼻の穴のまわりをよく見ると下地に描いていた鼻の穴が薄く透けて見える。鼻の頭が平坦でどこかわからない。作品画面の中心は鼻の中心と重なる。口は一文字。口と鼻の穴が並行。タイトルから連想すると男の子と会ったときの緊張した表情なのかもしれない。服の襟もとに白い点が多数描かれている。半袖のTシャツは夏を表しているのだろうか。原爆投下の夏か。

象形文字の変容
 思想家・鶴見俊輔と美術手帖での対談で、「絵を描けてよかったな」と思うことは、ほんと、よくあった、と語る奈良。それは自分の表現としての絵ではなく、象形文字みたいに使うこともできたから。20歳ごろの奈良は、ドイツ語が話せない言葉の苦しみみたいなものを、まず絵を描くことで解決することができていた。ドイツのユースホステルで修学旅行のような子供たち皆の顔を描いた。翌日、子供たちが帰る用意をしながら泣いていた。会話らしい会話はないのに。すごく純粋だなと。バスに乗りたいときはバスを描き、汽車に乗りたいときは汽車を描いて見せた。それはどんな田舎に行っても通じたことだった。奈良の作品のキャラクター性は、誰にでも通じる象形文字の変容であった。アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインなどのキャラクター性のあるアートに通じる奈良の作品。やはりキャラクター性の強い岸田劉生の「童女図(麗子立像)」(1923, 神奈川県立近代美術館蔵)と顔の変形や構図が似てはいるが、奈良作品はコミュニケーションをより育んでいる。「メルヘンではない!! 夢でもない!! 現実でもないかもしれない しかし真実でなければいけない!!」と奈良は言う。2008年12月20 日から 2009年1月31日まで、カリフォルニアの「Blum & Poe」で個展が開かれる。

主な日本の画家年表(15世紀〜21世紀)
主な日本の画家年表(15世紀〜21世紀) 作成:筆者
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【画像製作レポート】
 奈良美智の作品を管理している小山登美夫ギャラリーにメールして、Webサイトに《Missing in Action ─Girl meets Boy─》が掲載できるのか著作権等の確認をし、利用許諾を得た。その後作品を所蔵する広島市現代美術館へ連絡して、所定の申請書をFaxしてもらった。要件を記入し、返信。画像は1点3, 150円。3日ほどして広島市現代美術館から4×5カラーポジフィルムを入手。Power Macintosh OS9.2+Photoshop 7.0+EPSON GT-X700により、48bit・1200dpi・RGBでスキャニング。Eye-One Display2(X-Rite)によってカラー調整した17インチ液晶ディスプレイで、ポジフィルムに写っているカラーガイドに準じて目視による色調整、Photoshop形式・84.5MBに画像データ保存。セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって拡大表示できるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



■立木祥一郎(たちき・しょういちろう)
teco LLC 代表、NPO法人harappa理事。1962年東京生まれ。東北大学文学部卒業後、川崎市市民ミュージアム映像部門学芸員、青森県立美術館準備室学芸員、青森県弘前地域技術研究所主任研究員を務めた。一方、弘前の煉瓦倉庫でA to Z展などボランティアプロジェクトを実施。総計16万人を集めた。2008年7月にアートやデザイン、食によるプロジェクトを組成する社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)teco LLCを立ち上げ、八戸市が計画する複合文化施設・八戸ポータルミュージアム(hpm)のソフト計画、開館ディレクションなどを担当。映画評論家でもある。

■奈良美智(なら・よしとも)
画家。1959年青森県弘前市生まれ。愛知県立芸術大学修士課程修了。88年渡独、ヨーゼフ・ボイス、アンゼルム・キーファー、ゲルハルト・リヒターらが集ったドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミー(Kunstakademie Düsseldorf)に入学。A.R.ペンク(A.R.Penck)に師事し、93年マイスターシュウラー(Meisterschüler)取得。ケルンを拠点に創作活動を展開、95年名古屋市芸術奨励賞受賞。98年UCLAで3カ月間客員教授を務めた。2000年帰国。2001年「I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.」(横浜美術館のち全国巡回)により作品が広く知られるようになる。2003年「Nothing Ever Happens」(クリーブランド現代美術館のち全米巡回)、2004年「From the Depth of My Drawer」(原美術館のち全国と韓国巡回)、2006年「Yoshitomo Nara+graf A to Z」(弘前・吉井酒造煉瓦倉庫)など、個展、グループ展多数。ニューヨーク近代美術館やNeues Museum(新美術館・ニューデンベルグ)などが作品所蔵。

■Missing in Actionデジタル画像のメタデータ
タイトル:Missing in Action ─Girl meets Boy─。作者:奈良美智。主題:日本の絵画。内容記述:奈良美智, 2005年制作, 縦150.0×横137.0cm, 紙・アクリル・水彩・色鉛筆。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:広島市現代美術館。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 84.5MB。資源識別子:FUJIFILM RAP F 60882 EE AFAB。情報源:広島市現代美術館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:奈良美智, 広島市現代美術館

■参考文献
『別冊トップランナー/奈良美智』2001.3.16, KTC中央出版
『ユリイカ』(特集:村上隆vs奈良美智 日本現代美術最前線)第33巻12号 通巻453号, 2001.10.1, 青土社
「巻頭スペシャル 村上隆×奈良美智 温泉対談〔前編〕いつまでも終わらない夏休みの終わりに」『美術手帖』p.17-p.24, No.812, 2001.11, 美術出版社
『美術手帖』(特集:奈良美智読本)No.813, 2001.12, 美術出版社
立木祥一郎「奈良美智個展〔I DON'T MIND, IF YOU FORGET ME.〕ツアー・ファイナル in 青森県弘前市・吉井酒造煉瓦倉庫 禁じられた遊び」『美術手帖』p.140-p.146, No.826, 2002.10, 美術出版社
森本美絵『STUDIO PORTRAIT 奈良美智の制作風景』2003.11.15, 美術出版社
神尾枝里・三井直樹「奈良美智の作品におけるキャラクターの芸術性について」『紀要』第47号, p.21-p.32, 2004.1.25, 共立女子短期大学生活科学科
『この20年の、20のアート:広島市現代美術館コレクションによる』2006.11.3, 札幌芸術の森美術館
『A to Z 奈良美智+グラフ』2006.12.26, フォイル
『すこぶる広島』Vol.65, 2007.1.31(http://www.pref.hiroshima.lg.jp/page/1174356651372/html/common/45ff48ad017.html)2008.12.11, 広島県
2008年12月
[ かげやま こういち ]
前号
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