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学芸員レポート

ウィリアム・ケントリッジ──歩きながら歴史を考える/束芋:断面の世代/絵画の庭──ゼロ年代日本の地平から

植松由佳(国立国際美術館)2009年11月15日号

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 前回のレポートにも書いたが、今年はことのほか過ごしやすかった関西でも、大阪それも中之島エリアにおいては、現代美術に関係するイベントが目白押しで、文字通り暑い夏となった。やがて秋からそろそろ肌寒くもなり始めた11月をむかえ、すでに終了してしまったこれらのイベントをレポートすべきか、また神戸ビエンナーレや福岡トリエンナーレなど開催中のプロジェクトをレポートすべきか迷ったのだが、すでに終了したもののなかに、どうしても記したいものがあり、そちらを選ぶことにした。

 京都国立近代美術館で開催された「ウィリアム・ケントリッジ──歩きながら歴史を考える」は、今年開催された展覧会でも特筆すべきもののひとつであろう。
 同展は、手描きアニメーション・フィルム制作で国際的に高い評価を得ているアーティスト、ウィリアム・ケントリッジの日本では初の個展である。ケントリッジは1955年、南アフリカ共和国ヨハネスバーグに生まれた(南アフリカ出身と言えばマルレーネ・デュマスが思い当たるが、1953年生まれのデュマスとはほぼ同年代になる)。当初、政治学やアフリカン・スタディを大学で専攻したが、後に美術を修めている。また重要なのは80年代にパントマイムと演劇をパリで学んだことだ。70年代後半から90年にかけては、ヨハネスブルグで俳優や演出家としての経験を積んでもいる。
 89年に初めてのフィルム作品《Johannesburg, 2nd Greatest City After Paris》を発表して以来、「動くドローイング」とも呼称される独特の手法によるアニメーション・フィルムの制作を今日まで続けている。ケントリッジ自らが「石器時代の映画制作」と呼んでいるこの「動くドローイング」とは、木炭やパステルにより描かれたドローイングを部分的に少しづつ描き直しながら、映画用撮影カメラで1コマ毎に撮影しアニメーションにするというものである。この描き直された痕跡が画面上に映し出され、その時間性が作品に重厚感を与えている。
 気の遠くなるような作業を経て創り出された作品ながらも、ある意味素朴な技法であると言えるが、彼の出身地である南アフリカのアパルトヘイト政策下における暴力の歴史や、社会状況、登場するキャラクターによる物語、視ることの問題などがモチーフとして描かれ、社会的かつ政治的な諸問題はもちろんのこと、人間の生という根源的な問題にまで派生する非常に力強いメッセージを含んだ映像である。

 今展は19点の映像作品と29点のドローイング、64点の版画により構成されていたが、まず初期の代表作《プロジェクションのための9つのドローイング(ソーホー・エクスタインの連作)》が一挙に展示され圧倒された。ひとつの展示室に5面のスクリーンがあり、9作品が次々に上映された。観客は専用のヘッドホンを着用し、専用のレシーバーで作品の音声を選べるシステムがとられていた。ケントリッジの特徴であるドローイングの描き直しによる痕跡と、ヘッドホンから流れてくるどこかメランコリックなサウンドの効果によって、エクスタイン氏から見た社会や夢想という設定で、さまざまな社会システムの形成以前に人間として生きるという普遍的な問題に思いをはせることになる。
 また《ジョルジュ・メリエスに捧げる7つの断片》と《疑似夜景(アメリカの夜)》《月世界旅行》が上映された部屋では、冒頭作品の実写とドローイングによる7つの映像が緊密に関連しあって刺激的なものであった。ロシア革命がテーマとなった最新作《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》は、マルチスクリーンにより上映。一種の不条理劇を思索させる演劇性の強い内容であった。


ウィリアム・ケントリッジ《あの馬も俺のではない》より(抜粋)
8つのプロジェクションによるインスタレーション《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》より(2008)

 ケントリッジと言えばアニメーション・フィルムの作り手として知られているために19点の映像作品の上映は見応えのあるものであったが、なによりも特筆すべきは、映像作品とともに29点ものドローイングが展示されていることにある。前述したように、ケントリッジのアニメーション・フィルムを制作するうえでドローイングは非常に重要な存在である。ドローイングに残された痕から、かつての植民地主義がアフリカに残した傷跡や濃密な時間が読み取れ、刻み込まれた人間の生が感じられるだろう。
 展覧会初日にはケントリッジによりレクチャー/パフォーマンスも催された。ニコラス・ゴーゴリの短編戯曲『鼻』と、ショスタコーヴィチ作曲の同名オペラが題材となり、自作のテキストの朗読、そしてケントリッジが登場する映像と本人が共演する素晴らしいパフォーマンスが行なわれた。
 映像による展覧会ということもあり、展覧会を観るには十分な時間が必要であった。しかも鑑賞後も良質な展覧会と思索に富んだ作品による高揚感からなかなか覚めず、心地良いひとときを過ごした。このような展覧会を企画、実施された京都国立近代美術館の河本信治氏に心よりの敬意を表したい。
 今後、展覧会は東京、広島へと巡回予定。パフォーマンスは広島でのみ開催予定とのことである。各会場でスペースの関係から若干展示内容が変更されるかもしれないが、必見の展覧会である。時間にゆとりを持ってぜひ足を運んで欲しい。

ウィリアム・ケントリッジ──歩きながら歴史を考える

会場:京都国立近代美術館
京都市左京区岡崎円勝寺町/Tel. 075-761-4111
会期:2009年9月4日(金)〜10月18日(日)

会場:東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3-1/Tel. 03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期:2010年1月2日(土)〜2月14日(日)

会場:広島市現代美術館
広島市南区比治山公園1-1/Tel. 082-264-1121
会期:2010年3月13日(土)〜5月9日(日)

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植松由佳

国立国際美術館学芸員。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館/財団法人ミモカ美術振興財団勤務を経て2008年10月より現職。おもな企画担当展=「ピピロッ...

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