トピックス
「アーカイブサミット2015」レポート:起動「アーカイブ立国宣言」
影山幸一
2015年03月01日号
対象美術館
2015年1月26日(月)東京・日比谷図書文化館で、新たな“知”を創造するための社会基盤整備を目指し、「アーカイブサミット2015」が開催された。前国立国会図書館館長の長尾真京都府特別顧問を委員長に、青柳正規文化庁長官、高階秀爾大原美術館館長、マンガ家の竹宮惠子京都精華大学学長ら、日本の文化を牽引する6名が委員を務めるアーカイブサミット組織委員会(事務局:文化資源戦略会議)主催である。委員会初のこの「サミット2015」は、午前10時30分から午後8時30分までの長時間、4つのミーティング、4つの講演会、2つのワークショップ、シンポジウムと多彩なプログラム(別表)で、平日にもかかわらず200名を超える人たちが参集し、最後の総括シンポジウム会場は満席となった。「アーカイブ立国」実現へ向けた一歩を踏み出した。
アーカイブ立国宣言
1月下旬というのに快晴の暖かい日だった。東京・日比谷公園内の都立日比谷図書館が、2011年に千代田区立日比谷図書文化館に生まれ代わり、ミニMLA(ミュージアム、ライブラリー、アーカイブズ)の様相で個性を発揮している。初の「アーカイブサミット2015」は、一般にも開かれているがさまざまな分野の専門家が参加費(一般3,000円、シンポジウムのみは1,000円)を支払い、一堂に会した学会の雰囲気であった。美術関係者は少なかったが、このような“サミット”から裾野は広がっていくのだろう。
「アーカイブサミット2015」の主催者であるアーカイブサミット組織委員会の事務局を務める「文化資源戦略会議」は、日本の文化資源の整備と活用について、国家戦略的観点から論議し、政策提言することを目的に、2012年に設立された官民横断的組織で、各種文化資源専門家、研究者、行政担当者などの有志で構成されている。2014年に「デジタルアーカイブ振興政策」の確立へ向けて、下記の4点を柱とした「アーカイブ立国宣言」を発表した。今回の「アーカイブサミット2015」はこの「アーカイブ立国宣言」と連動した企画であり、デジタルアーカイブの社会的実現を目指した活動である。
① 国立デジタルアーカイブ・センターの設立
② デジタルアーカイブを支える人材の育成
③ 文化資源デジタルアーカイブのオープンデータ化
④ 抜本的な孤児作品対策
政策と法整備
ミーティング「アーカイブ政策、著作権と法制度」
セミナー室A 10:30〜12:00 司会:福井健策(弁護士)
まず参加者には「アーカイブサミット2015(ARCHIVE SUMMIT 2015japan)ガイドブック」(A4版,32ページ)が配布され、表紙には「文化、暮らし、発明や発見、経済活動などを前進させるアーカイブ、海外の経験にまなび、ナショナルデジタルアーカイブ・NDAへ」とサミットのテーマが記されていた。これを手引きに各プログラムに自由に参加できる。『アーカイブ立国宣言 日本の文化資源を活かすために必要なこと』(ポット出版、2014)の共著者の多くが主催者側でもあるため、一読してから参加した人もいただろう。
午前中筆者は、TPP交渉でも難航している著作権法の現状を聞くために、ミーティング「アーカイブ政策、著作権と法制度」に参加した(写真)。文化資源の活用へ向けた「デジタルアーカイブ活用振興基本法」の制度のあり方について、下記の4点を25名ほどで議論した。
福井氏のテンポのいい進行により、さまざまな意見が淀みなく交わされた。結論が求められるミーティングではないが、各議題について要約すると発言は次のとおりである。
① 何を対象として、何のためにデジタルアーカイブ化すべきか?
グローバル化が進むなかで対象は「すべてにする」か「選別にする」か、異なる多様な意見があった。情報国家として世界一を目指し、アジア型の文化政策を考慮した日本独自のアーカイブを構築する。引いてはそれが文化の多元化のひとつとして世界に貢献できるものとなる。文化財の重要性を強調するだけでなく、大きなビジョンと、それと同時に“カッコ論”的な場合に応じた制度が必要となる。
② 公的資金で制作・収集保存された文化・情報資産のデジタル公開促進策(=オープンデータ条項)の是非は?
公開義務付けに積極的な意見が多数あった。作品とメタデータ、保存と公開は、区別して議論するべきであり、また公開前提で進めてしまうと、デジタル化が制限されてしまうことも考えられる。作品の非営利公開と、営利利用との共存バランスを模索することが鍵になる。
③ 海外発信のための字幕化など支援の具体策、そしてその是非は?
留学生や市民の協力が提案された。予算、技術、品質管理などが課題である。
④ 孤児作品問題の解決はどのように図るべきか?
著作権者不明の程度(孤児/迷子)、分量(大量/少数)、利用主体(公共・非営利/民間・営利)、態様(保存/公開)など、条件や場合に応じた複数の制度を用意する。孤児作品の保存を目的としたデジタル化については、著作権法第31条第2項
芸術アーカイブのつくり方
ワークショップ「アーカイブのつくりかた I」
セミナー室A 13:00〜14:30
午後から筆者が参加したのは、美術関係のワークショップ「アーカイブのつくりかた I」である。「東京藝術大学のアーカイブ」に続き、「田中一光アーカイブ」について、各45分間ずつアーカイブの現状と課題が紹介された。
総合芸術アーカイブセンターの取組み
発表者:嘉村哲郎(東京藝術大学芸術情報研究員)
はじめに東京藝術大学芸術情報研究員の嘉村哲郎氏から、2011年に東京藝術大学に設立された全学横断組織である「総合芸術アーカイブセンター」の概要説明があった。
本センターは、分野の異なる連携が求められ、「美術情報」「音響・映像データ」「大学史文書」「情報システム」の4つのプロジェクトから構成されており、「デジタル保存・蓄積→編集→公開→共有→活用→創造→収集→」という「総合芸術アーカイブライフサイクル」を目標とした研究・実践を進めている。センターは2011年〜2016年までの期限付きでスタート。大学所蔵の芸術資料(美術・音楽・映像作品や文書史料等)や、講義・講演・演奏会の録音、録画テープをデジタル技術による複製・保存をすることで、さまざまな形でデータを活用する研究をし、歴史資料の画像データはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス「CC-BY」(作品のクレジット表示)で公開している。Semantic Media Wikiを使用した演奏会情報管理システムの構築、著作権処理、用語の整理などの実践を行なってきた。課題は人・場所・予算と発表した。
田中一光アーカイブ
発表者:木戸英行(公益財団法人DNP文化振興財団CCGA現代グラフィックアートセンターセンター長)
続いて、「田中一光アーカイブ」を構築している現状と課題を、公益財団法人DNP文化振興財団の木戸英行氏が解説した(写真)。
2008年に日本を代表するグラフィックデザイナーである田中一光(1930-2002)の作品や資料46,000点が、遺族から寄贈されたことを契機にアーカイブを設置。印刷資料のデジタルアーカイブを本格的に取り組んでいる機関は少なく、世界標準や国内基準が示されていない印刷物アーカイブの状況下で、エフェメラルな資料群をいかにデジタル化し、保存していくかがまずは問題であった。オフセット印刷物のデジタルアーカイブについては、原寸400〜1,200dpi/16bitカラー/TIFFの画像データ仕様を策定。作品の基本情報調査が記録の不備や人手不足から難航し、またグラフィックデザインに美術史の用語や概念が適用できるか、といった課題を抱えながらも、CDWA(芸術作品記述のためのカテゴリー)の分類法や、ISAD(G)(国際標準記録史料記述一般原則)の階層構造を参照した資料管理や公開用のデータベースを開発し、現在も構築を続けていると発表した。
洗練されるアーカイブ
ミーティング「〈アーカイブ立国宣言〉の具体化に向けて:ビジョンと戦術」
セミナー室B 15:00〜17:00 司会:吉見俊哉(東京大学教授)
午後に参加した2つめのプログラムは、ミーティング「〈アーカイブ立国宣言〉の具体化に向けて」である。「アーカイブ立国宣言」に掲げた4つの柱について、批判的検討を行なう建設的バトルの場として設けられ、“宣言”が洗練されていく実況を間近に見ることができた。東京大学教授・副学長の吉見俊哉氏の司会で「文書館」「出版」「映画」「放送」「地域」にかかわる専門家から意見を伺った。
文書館
文書館の専門家は、「この宣言は「アーカイブ宣言」ではなく「デジタルアーカイブ宣言」ではないか。誰が誰に対して、何をするのか、何を宣言しているのかが不明。そもそも宣言は一文で表わされるもの、この宣言はエッセーに見える。文化芸術だけが対象というのは疑問だ。この宣言はプラットフォームづくりのことを言っているのだと思う」。
出版
出版界で図書館のデジタルアーカイブに一定の批判的距離を保つ出版人は、「学術出版と商業出版、ビジネスと非ビジネスなど、どれくらいの規模で、どういう形を提起するのか疑問。図書館が無料貸し本屋になっているという議論があるが、出版社を支えていると認識している。オープンデータが出版を支えられるのか。出版とビジネスの関係が問われる」。
映画
映画を専門とするアーキビストは、「日本ではアーカイブがまったく発展していないのになぜデジタルアーカイブをするのか。違和感がある。デジタルアーカイブの前にアーキビストの育成、増員が土台とならなければ、基礎のないアーカイブとなってしまう」。
放送
放送政策や産業とオープンデータ化の複雑な関係を熟知している放送界の専門家は、「テレビ放送は2,000万円かけても1回の放送で終わり、放送は権利の塊といえる。放送は誰のものか。「NHKアーカイブス」の公開が進んでいないが、気運が高まれば公開する機会となる」。
地域
地域の小さなアーカイブの実践に取り組んでいる研究者は、「デジタル化によるメディアの変化がある。東京中心から地域への動きのなかで、国家主導の政策は地方のアーカイブを疎外しないか。一般の人への言及が少なく、文化資源やコンテンツ制作に偏っている。文化資源に到達できない人たちをどのように救うのか。国と市民、管理者と利用者が分かれていない市民主体のアーカイブを考えたい」。
情報/知は誰のものか?
総括シンポジウム「アーカイブ立国をめざす!」
会場:大ホール 18:30〜20:30
18:30から始まった総括シンポジウム「アーカイブ立国をめざす!」の会場となった200名収容のホールは、熱気に包まれた。はじめに主催者の挨拶として、サミット委員長の長尾真氏が登壇した。そして来賓の「電子書籍と出版文化の振興に関する議員連盟」会長の河村建夫氏(衆議院議員)、「デジタル文化資産推進議員連盟」会長の小阪憲次氏(参議院議員)、後援者である千代田区長の石川雅巳氏が挨拶され、司会は、日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム事務局代表である石橋映里氏が務めた。
一日を振り返り吉見氏が、「情報/知は誰のものか? 大きなビジョンと、条件による場合分け(誰が・誰に・何を・何のために・どう活用/公開するのか?)の必要性があるだろう。すべてを記憶できる“忘れない社会”となった現在、使っても減らない、むしろ価値は増す情報を利用した、さまざまなアーカイブが個別に構築されているが、これをつなぐ横の連絡方法や予算、人、技術がいま問われる」と、各プログラムでの意見をまとめ、パネルディスカッションに入った。
パネリストはアンドルー・ゴードン氏、福井健策氏、高野明彦氏、森まゆみ氏、進行役は吉見氏である。
アンドルー・ゴードン(ハーヴァード大学教授)
ゴードン氏は、米国から3.11の震災を支援するため、デジタルアーカイブプロジェクトとして構築したWebサイト「2011年東日本大震災デジタルアーカイブ」のディレクターでもある。「アーカイブ立国宣言」は歓迎すべき喜ばしいこと、もっと早く宣言してもよかった。「アーカイブ」には従来のアーカイブズ(文書館やアナログ資料)と、仕組みとしての意味があるが、ボーンデジタルの保存をどうするかを考えていきたい。Webをつくりながら①保存 ②ネットワーク ③発見 ④参加の4つのキーワードに気が付いた。ボーンデジタル資料は、紙の資料より、はかない場合があり、保存に努めなければ消えてしまう。人や作品が出会う広場(プラットフォームを含む)を、国がつくる必要がある、と語った。
福井健策(弁護士)
最近5年ほどデジタルアーカイブに関する相談が増えてきた、と福井氏は言う。日本の映画フィルムの保存率は先進国のなかでも悪く10%。放送、舞台芸術はもっと悪い。これらが消えていくことはとても惜しい。国立国会図書館が、デジタル保存に使える予算は年間2,000万円。外環道路建設費の25センチ分である。官も民も個別にデジタルアーカイブが行なわれている現状に、法で仕組みをつくるべきではないか。①国としてデジタルアーカイブ推進のための基本計画を作成する必要性がある。②ネットワーク化。これをしないとGoogleの検索に依存し、偏った情報にアクセスすることにつながってしまう。③オープンデータ化。公的資金で制作したものは公開。「ヨーロピアーナ」のコンテンツ3,000万点の64%にはなんらかの利用許諾説明が付いている。④多言語化。4つを統括する場として、ナショナルデジタルアーカイブ設立が考えられる。またすべてにかかわってくるのが著作権。孤児作品が50%以上というのも問題だ。リスクテイクを取って80点主義で進めることが大事。
高野明彦(国立情報学研究所教授)
高野氏は、つなげることをGoogleができる20年間前から研究してきた。「WebcatPlus」「新書マップ」「想・IMAGINE Book Search」「JIMBOU Book Town じんぼう」「文化遺産オンライン」など、情報の関連性を発想支援につなげる技術や、情報サービスを提供している。最近では神保町の「本と街の案内所」や、御茶ノ水の「お茶ナビゲート」といった街の案内施設を運営し、ユーザーの参加を促す場のデザインとして、街のアーカイブ活動を模索している。
森まゆみ (作家)
谷中、千駄木の地域アーカイブに関わっている森氏は、博物館のアーカイブではない、暮らしのアーカイブをつくってきた30年だった、と市民代表という立場での発言。東京を生活都市として考え、地域を活かすため記録し、記憶を残す。小学校の時に郷土史クラブに入っていて、お年寄りが町の歴史を話してくれたのが原体験になり、すごく面白かった、と今も目を輝かす。そのお年寄りは地域の地主であった江戸時代の大名の阿部正弘(1819-1857)の子孫で、東京大学の気象の先生だったと後でわかった。最近はオーラルヒストリーとして注目されるようになったが、聞き書きが軽く見られていた頃のことだ。図書館は、意外に地域資料を集めていない。記憶が偏在しないよう平時の記録が大切と言う。
最後に、ポット出版社長の沢辺均氏が「アーカイブ立国宣言」の4つの提言を土台に、さらに肉付けをして豊富化をしていくことを通し、アーカイブのますますの充実を図っていこうということは、本日参加の皆さんと共有のものとして、このサミットで確認できるのではないか、と会場からの賛同の拍手を得て散開となった。
一日を振り返って
メールやスマホが身体化するほど社会は情報化が進んでおり、生活とデジタル技術は切り離せない関係にある。「デジタルアーカイブ」という概念が生まれて20年、国民的な規模で記録を考えるとき、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催の時期を迎え、世界へ日本の情報を的確に伝えるためにも、国民が生産したデジタル情報を、国として有意義に利活用する循環型のデジタルアーカイブを具体化する好機であろう。個人情報や著作権の問題、また経済的に利益と結びつきにくい点、さらに縦割り行政の構造的問題などもあり、国としてのデジタルアーカイブは進展が遅れている。“保存すること”は“未来へ進むための基盤”ととらえることが、デジタル保存の保存に留まらない特徴である。調べるための辞書、発想するための画集、感動するための出会いが、デジタルアーカイブに置き換えられる。過去を振り返る勇気、私的所有物を公へ開く活気、情報をつなげる心意気。少しでいいから始める。このサミットの一歩は大きな一歩であったと思う。午前中のミーティングで偶然隣の席だった吉見氏、総括のシンポジウムでは額に汗を光らせていた。情熱が伝わってきた「アーカイブサミット2015」であった。
アーカイブサミット2015
場所:千代田区立日比谷図書文化館
日時:2015年1月26日(月) 10:30〜20:30
URL:http://archivesj.net/?page_id=19