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熊斐《登龍門図》中国名画受容のエネルギー──「成澤勝嗣」

影山幸一

2012年03月15日号

エピゴーネンを超える

 画家・熊斐の環境を成澤氏は「江戸時代長崎に興った南蘋派・漢画派(北宗画派)・南宗画派(文人画派)・唐絵目利派(写生派)・黄檗派・洋風画派・長崎版画といった多様な画派、これらを総称する長崎派をある人が“二流の上”とつぶやいた。長崎派は長崎で活動していた連中全部を指し、南蘋派は、長崎派の主体となる一部で沈南蘋の様式を継承している一派を言う。沈南蘋の特徴は、写生風の花鳥図で本物以上に本物らしいスーパーリアリズムと私は呼んでいる。沈南蘋は大名道具として絵を描くためサイズが大きく、背景を意識する点に特徴が表われているが、日本人の南蘋派は類型的な花鳥画が多く、金太郎飴のように同じ図柄がいっぱいある。また南蘋派の画家たちは沈南蘋とは注文主が異なるため画面を小さくするので空間まで描いていられなくなり、前景だけの描写となる。熊斐はどちらかというと沈南蘋の模倣。模倣だけれど沈南蘋ほど重厚感や空間の広がりはない。《登龍門図》は別だが、所詮沈南蘋のエピゴーネン(亜流)で南蘋画の代用として人気を博したようだ」。
 江戸時代の鎖国政策は、海外の文化に敏感になる下地をつくっていた。その蓄えられた受容する力をエネルギーに変え、象徴的に絵として定着させたのが熊斐である。通訳でありながら、この《登龍門図》は“二流の上”として成功したエピゴーネンを超える作品のひとつだろう。遠近感が不完全のようだがそれも魅力となる独自性をもった生命力漲るパワーを感じる。現世利益信仰をいまに生きるバネにしていく中国人の賢明さもさることながら、異国の文化を日本化するそのセンスが見えたとき、微笑ましくもたくましく生きることの大切さに気づかせてくれる。



主な日本の画家年表
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成澤勝嗣(なるさわ・かつし)

早稲田大学文学学術院美術史コース准教授。1958年名古屋市生まれ。1981年早稲田大学第一文学部卒業、1985年同大学大学院文学研究科博士前期課程芸術学(美術史)専攻修了。1984年神戸市立博物館学芸員、2008年より現職。専門:近世日本絵画史。所属学会:美術史学会。主な著書:『南蛮屏風集成』共著(中央公論美術出版社, 2008)、『すぐわかる 人物・ことば別桃山時代の美術』共著(東京美術, 2009)など。主な展覧会企画:『特別展 隠元禅師と黄檗宗の絵画』(神戸市立博物館, 1991)、『特別展 南蛮見聞録─桃山絵画にみる西洋との出会い─』(神戸市立博物館, 1992)、『特別展 花と鳥たちのパラダイス─江戸時代長崎派の花鳥画─』(神戸市立博物館, 1993)など。

熊斐(ゆう・ひ)

江戸中期の通訳、画家。1712〜1772。長崎における唐通事(とうつうじ・中国語の通訳官)神代(くましろ)久右衛門の養子となり、内通事小頭見習となった彦之進(後に甚左衛門)。神代家の唐風の姓は熊、名が斐。字は淇瞻(きせん)、号は繍江(しゅうこう)。1731(享保16)年に8代将軍吉宗の施策により渡来した清の画家、沈南蘋(しんなんぴん)に直接師事した。鋭敏な形態感覚と色彩の写実的花鳥図は、南蘋帰国(享保18)後も弟子の高乾らにつき会得。日本における南蘋派の基礎を築き、鶴亭や宋紫石など多くの弟子を育てた。代表作に《登龍門図》《雪中鷹図》《浪に鵜図》《鸕鷀捉魚図》《仙鶴遐齢図》《三千歳図》《花鳥図屏風》《蘆雁圖屏風》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:登龍門図。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:熊斐, 江戸時代・宝暦年間(1751〜1764)頃, 絹本着色掛軸装一幅, 縦129.7×横53.0cm, 長崎歴史文化博物館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:長崎歴史文化博物館。日付:2012.3.12。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 25.1MB。資源識別子:e-ngs-0047-000.tif(TIFF, 25.0MB)。情報源:長崎歴史文化博物館。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:長崎歴史文化博物館。



【画像製作レポート】

 作品画像を借用する申請書「長崎歴史文化博物館画像利用申請書」を長崎歴史文化博物館のホームページからダウンロード後、プリントアウト。必要事項を記入、押印し、企画書を添えて郵送。10日後画像(カラーガイド・グレースケールなし)がメール「データ便」で送信されてきた。画像利用料金は1万円。  iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、図録の画像を参照しながら、目視により色を調整。作品がすでに縁に合わせて切り抜いてあるため、切り抜き加工はせずそのまま。Photoshop形式:25.1MBに保存する。
 博物館からデジタル画像を送信してもらった。原稿締切り間際TIFFを依頼したのだがJPEGがきてあわてた。カラーガイドもグレースケールもなく、作品の額縁もなく、すでに作品サイズジャストで切り抜き加工されているため、作品がどのような状態で撮影されたのかなど、画像の状態がわかりにくかった。作品の周辺の環境も一緒にデジタル化しておく方が、経年変化の目安などがわかり有効な情報となる。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

図録『沈南蘋と南蘋系絵画展』1978, 長崎県立美術博物館
宮田 安『唐通事家系論攷』1979.12.10, 長崎文献社
図録『特別展覧会 十八世紀の日本美術─葛藤する美意識─』1990.2.6, 京都国立博物館
近藤秀実「特別鑑賞 沈南蘋と長崎派 沈南蘋の足跡」『季刊 古美術』第93号, pp.10-39, 1990.1.10, 三彩社
成澤勝嗣「特別鑑賞 沈南蘋と長崎派 日本の南蘋系画家ノート」『季刊 古美術』第93号, pp.40-47, 1990.1.10, 三彩社
成瀬不二雄「沈南蘋と江戸の写実絵画」中野三敏編『日本の近世 第12巻 文学と美術の成熟』pp.453-488, 1993.5.20, 中央公論社
水尾比呂志「熊斐筆 蘆雁圖屏風」『國華』第1206号, pp.35-36, 1996.5.20, 国華社
図録『長崎市立博物館資料図録Ⅵ─所蔵名品編─』1998.3.30, 長崎市立博物館
図録『新世紀・市制施行80周年記念 江戸の異国趣味─南蘋風大流行─』2001.10.30, 千葉市美術館
『C′n 江戸の異国趣味─南蘋風大流行─』Vol.19, 2001.11.9, 千葉市美術館
佐藤康宏「江戸の異国趣味──南蘋風大流行」『美術フォーラム21』pp.165-167, 2002.6.30, 醍醐書房
永井久美子「ネットワークが産んだ花鳥画──〔江戸の異国趣味 南蘋風大流行〕展」『比較文学研究』第80号, pp.155-158, 2002.9.30, すずさわ書店
黒川修一「近世畸人伝の画家たち 其の四 熊斐にむかって走れ!」『瓜生通信』No.31 夏号, pp.25-27, 2004.8.20, 京都造形芸術大学瓜生通信編集委員会

2012年3月

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