2018年02月15日号
次回3月1日更新予定

アート・アーカイブ探求

菱川師宣《見返り美人図》江戸美人の存在感と生命感──「田沢裕賀」

影山幸一

2014年01月15日号

主題の祖と継承基盤の祖

 日本では古くから現世のことを「うつしよ」と呼んだという。その「うつしよ」に対する日本人固有の価値観が「うきよ」。仏教的な生活感情から出た「憂き世」と漢語「浮世(ふせい)」との混淆した語である。「それは人間の生存と自他共存の根元にかかわる現世(うつしよ)の価値意識であって、個人的であると同時に普遍人類的でもある」(楢崎宗重『肉筆浮世絵名作展』序より)。「浮世絵」の語の初出は、俳書『それぞれ草』(1681[天和元]年)に「浮世絵」の語が見られるという(図録『特別展 浮世絵』1984, 東京国立博物館)。
 田沢氏は、浮世絵の祖について「浮世絵の祖は主題としての祖と、版画や肉筆画、美人画や役者絵や名所絵、掛軸や屏風や図巻など、浮世絵の題材と技法を組み合わせて枠組みを形成し、あとの浮世絵師が共通して継承していく基盤をつくった人としての浮世絵の祖があり、考え方によってどちらを強く取るかで違いがでてくるが、私は主題としての祖として岩佐又兵衛(1578〜1650)が浮世絵の祖だと思う。又兵衛が描いた舟木本《洛中洛外図屏風》(重要文化財, 東京国立博物館蔵)が最も浮世というウキウキとした、そしてフラフラとして、はかない世の中そのものを描いている」と語った。
 また、師宣は故郷房州保田をこよなく愛した絵師としても知られ、落款に「房陽」「房國」と冠称し、保田の別願院に親族の供養のための梵鐘を寄進、現在保田には菱川師宣生誕地の石碑が建っている(写真参照)。そして1991年、彫刻家の長谷川昂(こう)が女優の真野響子をモデルに見返り美人ブロンズ像を制作し、菱川師宣記念館前に野外展示している(写真参照)。


菱川師宣生誕地の石碑


見返り美人ブロンズ像

江戸美人のリアリティ

 寛永年間末(1640年代)から寛文年間(1661〜1673)に、京阪地方で流行した無背景に一人立ち姿の同一ポーズの寛文美人画がある。作品の多くは筆者不明であるが、一幅の掛軸に一人を描くという類型的な形式が、絵師好みの美人を生み出し、また衣装の美へも関心が向けられたのかもしれない。《見返り美人図》の前史には近世初期風俗画である寛文美人画があったのだ。
 師宣の人物は個性が際立っているわけではなく、みなどれも似ていると田沢氏。「こういう人いるよね。でも本当に世の中にいる人ではない。浮世絵師にとっては現実に目にしているものを描くことが大事だが、師宣は現実の写実でもなく、架空の絵でもない。現実を見た師宣の、現実を反映させた理想の世界である。あくまで師宣の美人画は江戸の理想の美人であり、また美人のリアリティもある」。
 2014年は浮世絵の“教科書”として浮世絵の全史が見られる「大浮世絵展」が東京、名古屋、山口と巡回する。《見返り美人図》は、江戸東京博物館(1/28〜2/16展示)と名古屋市博物館(3/11〜3/30展示)で見ることができる。



田沢裕賀(たざわ・ひろよし)

東京国立博物館学芸研究部調査研究課絵画・彫刻室長 。1960年青森県弘前市生まれ。1984年東北大学文学部東洋・日本美術史卒業、1986年同大学大学院文学研究科美学・美術史修了。1986年麻布美術工芸館学芸員、1989年(財)三井文庫学芸員、1995年東京国立博物館学芸部美術課絵画室、2008年より現職。専門:日本近世美術史。所属学会:美術史学会。主な論文:「信春と等伯の肖像画」『没後400年 特別展「長谷川等伯」展覧会図録』(東京国立博物館, 2010)、「弘前藩の絵師と絵画」『青森県史 文化財編 美術工芸』(青森県, 2010)、「舟木家本「洛中洛外図屏風」の近世初期風俗画における位置付け」『東京国立博物館紀要第46号』(東京国立博物館, 2011)など。主な編著書:『日本の美術(女性の肖像)』No.384(至文堂, 1998)、『[カラー版]浮世絵の歴史』共著(美術出版社, 2003)など。

菱川師宣(ひしかわ・もろのぶ)

江戸時代前期の浮世絵師。?〜1694(元禄7)年。安房国(千葉県)保田の縫箔師の長男として生まれる。名は吉兵衛、号は友竹。江戸へ出て土佐派や狩野派、長谷川、岩佐など諸派の画風を学んだと推測され、挿絵師として活躍後、一枚絵で鑑賞する版画の形式を確立。一人立ち美人画様式は「菱川ようの吾妻おもかげ」と詠まれるほど流行した。また工房による肉筆画の制作を主宰し、屏風や掛幅、画巻の諸形式に歌舞伎や遊里の風俗を描いた。師宣は自らを「大和絵師」と称し、浮世絵派の祖とも呼ばれる。代表作に《見返り美人図》《北楼及び演劇図巻》《歌舞伎図屏風》《よしはらの躰》《衝立のかげ》など。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:見返り美人図 。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:菱川師宣, 江戸時代・元禄年間(1688〜1704)前期, 絹本着色, 掛幅, 縦63.0x横31.2cm, 東京国立博物館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:東京国立博物館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:2014.1.8。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 25.4MB, (1000dpi, 8bit.RGB)。資源識別子:54.1MB, TIFF (A-60菱川師宣「見返り美人図」, 画像番号:C0099701, 撮影日:2009-12-9)。情報源:東京国立博物館、(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:東京国立博物館、(株)DNPアートコミュニケーションズ

【画像製作レポート】

作品画像を借用する依頼書を(株)DNPアートコミュニケーションズへメール送信。即日画像(カラーガイド・グレースケール付き)をダウンロードするURLが返信されてきた。画像をダウンロードし入手。
 iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。モニターに表示されたカラーガイドと作品の画像に写っているカラーガイド・グレースケールを参照しながら、目視により色を調整した。作品を0.5度反時計回りに回転し縁に合わせて切り抜いた。Photoshop形式:25.4MB, 1000dpi, (8bit.RGB)に保存する。モニター表示のカラーガイド(Kodak Color Separation Guide and Gray Scale Q-13)は事前にスキャニング(brother MyMiO MFC-620CLN, 8bit, 600dpi)。
 セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
 《見返り美人図》の画像は数点あるが、作品番号が若いほど古い写真であるらしい。今回は2009年12月9日に撮影され、4×5カラーポジフィルムをデジタル化したファイルを使用したが、一作品に異なる画像がある場合は、見た目だけではわかりにくいため、その撮影日、撮影者、画像解像度など、その差異がわかる表示をする必要があるだろう。

参考文献

澁井 清「師宣の名声」『三彩』No.66, pp.6-8, 1955, 2, 28, 美術出版社
吉田暎二「菱川師宣と岩佐又兵衛─浮世絵開祖説についての断章」『三彩』No.66, pp.69-71, 1955, 2, 28, 美術出版社
図録『初期浮世絵美人画 日本美術シリーズ1』1959, 主催:毎日新聞社, 会場:伊勢丹画廊
山根有三・鈴木重三・辻 惟雄・小林 忠・池上忠治『原色日本の美術 第24巻 風俗画と浮世絵師』1971.3.20, 小学館
藤懸静也『増訂浮世絵』1973.5.15, 雄山閣出版
金子孚水 監修『肉筆浮世絵集成II』1977.2.10, 毎日新聞社
図録『浮世絵の流れ展─1〈初期浮世絵〉』1980, 太田記念美術館
楢崎宗重・岩橋春樹・遠藤 武・川崎芳郎・黒田泰三・小林 忠・柴田光彦・田中達也・永田生慈『肉筆浮世絵 第二巻 師宣』1982.10.13, 集英社
図録『特別展 浮世絵─旧松方コレクションを中心として』1984.10.15, 東京国立博物館
図録『肉筆浮世絵名作展─咲き薫る江戸の女性美』監修:楢崎宗重, 1984, 朝日新聞社
稲垣進一「「菱川師宣記念館」誕生」『浮世絵芸術』84号, pp.3-9+p.39, 1985.7.30, 日本浮世絵教会
楢崎宗重 編『日本の美術』No.248(肉筆浮世絵I 寛文〜宝暦), 1987.1.15, 至文堂 山根有三 監修『日本絵画史図典』1987.10.20, 福武書店
図録『名作浮世絵の系譜展─浮世絵300年 師宣から深水まで』1990, 京都府京都文化博物館
図録『浮世絵にみる 美人の変遷』1991.9.1, 太田記念美術館
図録『三百年記念 浮世絵誕生・菱川師宣』1994.2.15, サントリー美術館
図録『菱川師宣300年顕彰祭 開館10周年記念特別展 菱川師宣とその門人』1994, 菱川師宣記念館
図録『菱川師宣300年顕彰祭・菱川師宣記念館開館10周年記念 菱川師宣作品集』1995.3.31, 菱川師宣記念館
図録『浮世絵の華・絢爛たる肉筆の世界 肉筆浮世絵名作展』監修:山口桂三郎, 1995, ブンユー社
図録『艶と粋─肉筆浮世絵展』1996.1.5, 出光美術館
小林 忠 編『日本の美術』No.363(師宣と初期浮世絵), 1996.8.15, 至文堂
仁科又亮「菱川師宣〔見返り美人図〕考 その発生の前後」『島本融教授定年退任記念基礎論叢』pp.49-52, 1998.3.31, 東京工芸大学芸術学部基礎教育課程
田沢裕賀 編『日本の美術』No.384(女性の肖像), 1998.5.15, 至文堂
図録『菱川師宣』2000.10.24, 千葉市美術館
篠田達明「ドクター・シノダの人物画診断【第22回】見返り美人の強迫症状」『芸術新潮』No.618, pp.139-141, 2001.6.1, 新潮社
安村敏信 監修『日本美人画一千年史』2002.7.25, 人類文化社
橋本治「その七十二……骨太なもの 菱川師宣筆〔見返り美人図〕と懐月堂安度筆〔遊女と禿図〕」『ひらがな日本美術史4』pp.161-173, 2002.11.20, 新潮社
小林 忠 監修『[カラー版]浮世絵の歴史』(第3刷)2003.5.10, 美術出版社
丸山伸彦「菱川師宣─時代を先取りしたデザイナー」『水田美術館だより』pp.6-7, 2003.11.1, 城西大学水田美術館
内田欽三「浮世絵のパイオニア 菱川師宣」『別冊太陽 浮世絵師列伝』pp.8-11, 2006.1.12, 平凡社
Webサイト:田沢裕賀「後ろ姿の魅力 見返り美人図」『東京国立博物館ニュース 第676号』2006.4.1(http://www.tnm.jp/uploads/r_db/publication_news/news2006-04_21_2.pdf)東京国立博物館, 2014.1.10
Webサイト:「菱川師宣作『見返り美人図』」『美の巨人たち』2008.2.8(http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/121013/)TV東京, 2014.1.10
久我なつみ「きものにまつわる物語─11 見返り美人と江戸の粋」『茶道雑誌』第72巻第11号, pp.93-101, 2008.11.1, 河原書店
『國華』第1357号(「新出 菱川師宣の肉筆畫」特輯に當つて), 2008.11.20, 國華社
浅野秀剛『菱川師宣と浮世絵の黎明』2008.11.28, 東京大学出版会
図録『日本の美・発見II やまと絵の譜』2009.6.6, 出光美術館
田沢裕賀『日本美術の流れ─浮世絵』2010.11.16, 東京国立博物館
Webサイト:長崎 巌・田沢裕賀・家田奈穂・佐藤浩子・西井智美「近世・近代風俗画における服飾表現に関する分野横断的研究─小袖及び着物の編年的研究への絵画研究の活用」『服飾文化共同研究報告』2010 (http://dspace.bunka.ac.jp/dspace/bitstream/10457/1014/1/011080109_15.pdf)文化ファッション研究機構, 2014.1.10
Webサイト:「浮世絵の祖出生の地 菱川師宣記念館」『鋸南町』2011.3.20(http://www.town.kyonan.chiba.jp/kyonan/sp/unit/brd/pub_idx_msg.jsp?mode=dtl&grp_id=19&brd_id=63&msg_id=4)鋸南町, 2014.1.10
Webサイト:「菱川師宣「見返り美人図」」『猫好き SHINACCHI blog』2011.4.28(http://ameblo.jp/shinacchi79/entry-10875359054.html)shinacchi, 2014.1.10
Webサイト:「鋸南 「見返り美人像」寄贈受ける」『房日新聞』2011.9.16(http://www.bonichi.com/News/item.htm?iid=5823)房州日日新聞社, 2014.1.10
Webサイト:小山弓弦葉「1089ブログ〔見返り美人のファッション・チェック〕」『東京国立博物館』2012.9.3(http://www.tnm.jp/modules/rblog/1/2012/09/03/見返り美人のファッションチェック/)東京国立博物館, 2014.1.10
長崎 巌「名品紹介 美を楽しむ・知るを楽しむ36 見返り美人図 東京国立博物館蔵」『茶道の研究』No.661, 第55巻12号, pp.25-27, 2012.12.25, 三徳庵
Webサイト:「名品ギャラリー 見返り美人図」『東京国立博物館』(http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=A60)東京国立博物館, 2014.1.10





主な日本の画家年表
画像クリックで別ウィンドウが開き拡大表示します。

2014年1月

  • 菱川師宣《見返り美人図》江戸美人の存在感と生命感──「田沢裕賀」

文字の大きさ