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長沢芦雪《虎図》写実から解放されたユーモア──「辻 惟雄」

影山幸一

2010年11月15日号

機智的感覚

 《虎図》を見ていると芦雪のことを、《鳥獣人物戯画》(国宝)を描き漫画の始祖といわれる鳥羽僧正(とばそうじょう, 1053〜1140)の生まれ変わりではないか、という気が辻氏はしてくるそうだ。人間の感情を通して表現した動物が、擬人化・ペット化された表現になっており、無意識のうちに芦雪に漫画の要素が引き継がれているのではないかと言う。日本には虎がいないので、中国の絵や虎の皮などを見ながら描いたのではないかと推測している。
 また辻氏は「応挙の動物は止まった感じだが、芦雪は動きがあって楽しい。芦雪は応挙の高度な画風を完全にマスターしたうえで、それを潔しとはせずに、あえて芦雪自身の鋭い自然観察と、庶民の機智的感覚を加えて独特の表現を生み出した。応挙の門下でも一、二を争う優れた弟子が芦雪。描く絵のレパートリーは応挙の範囲内であったが、スケールの大きな堂々とした風格の絵であり、巨匠の名に値する人だ」と語った。
 芦雪の絵画は、醜さを含んだ美をユーモアをもって滑稽的に描くもので、当時の成熟した市民の遊び心を背景にしている。着想だけでなく、大胆かつ繊細な筆技も人の意表を突く。大道芸人的で天真爛漫、観衆と共に楽しんでいるようだ。南紀で見せた自由奔放な作風は変わり、晩年には陰鬱な作品が増える。厳島神社の絵馬《山姥図》には老醜が描き表わされている。人間の本質をそのままさらけ出そうとする、強気でどこか危うい芦雪。

【虎図の見方】

(1)モチーフ

虎。後方の岩陰には、荒れる風に耐える笹。虎は生命力を表わす。京都・南禅寺本坊小方丈にある狩野探幽の《竹虎図襖》(重要文化財)と、円山応挙の《水呑虎図》(1782年〔天明2〕)につながる虎の形をしている。芦雪が描く虎の顔は応挙の虎の顔に酷似。

(2)題名

虎図。《虎図襖》ということもある。また同時期に描かれた龍図と合せて《龍虎図》とする場合もある。

(3)構図

虎を人の背丈より高く、大きくクローズアップした奇抜な構図で、反対側に設置されている龍を睨んでいるようだ。襖の裏には虎と同じ姿勢をした猫と魚が描かれた《薔薇に猫図》(重要文化財)という作品がある(図参照)。


《虎図》の裏《薔薇に猫図》(重要文化財)


魚を狙う猫《薔薇に猫図》の部分

(4)色

墨一色。

(5)描法

輪郭線のない「付立(つけたて)」という描法によって、襖を立てて、一気加勢に描いた。緩やかに大きく描かれた曲線、ピンと張った硬質な髭など、応挙の写実技法を完全に学んだ芦雪が、独自のユーモアを加え、線の運動によってリズム、曲線を構成。線描が特に優れている(図参照)。


硬質に描かれた虎の髭

(6)サイズ

襖:183.5×115.5cm(4面)、180.0×87.0cm(2面)。

(7)制作年

1832年(天明6)頃。芦雪33歳か、34歳頃。

(8)画材

墨、和紙。

(9)画風

芦雪には“視覚遊戯”という要素がある。左前部は、正面向きの頭部と両脚が描かれ、その後の胴体と踏ん張った後脚は左前方からとらえており、先が輪になった異様に長い尻尾がついている。これらばらばらの視覚の合成が全体として、虎が画面から抜け出てくるような錯覚を与える。2本の前足をそろえて、ねずみをとらえようと飛びかかる猫の一瞬の動きを虎として愛らしく描いた。爪が4本しかないため片脚だという人もいる(図参照)。錦江山・無量寺のある南紀州(和歌山県)の気候のように明るく軽快な絵である。


飛び出してくるように見える虎

(10)印章

魚(図参照)。


魚の印章

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