デジタルアーカイブスタディ

国立情報学研究所 生貝直人氏に聞く:
オープンデータ政策と文化芸術デジタルアーカイブ──EU「公共セクター情報の再利用指令」改正を受けて

影山幸一

2013年08月15日号

 欧州連合(EU:European Union)は、2013年6月、2003年に制定した「公共セクター情報の再利用指令」の大幅な改正を採択した。日本では目立った報道はなかったが、文化情報を保存・活用・研究している関係者にとっては、“EUの決心”として大きな事件であった。EUによる情報政策の10年間に及ぶチャレンジの結果である、この指令改正の採択によって、EU内の公共文化施設は、所蔵作品デジタルアーカイブのオープンデータ化が義務付けられ、文化遺産ポータルサイト「Europeana(ヨーロピアナ)」(http://www.europeana.eu/)への情報提供は大幅に拡大し、EUの“新しい公共”がバージョンアップして動き出す。次のステージへ踏み出したEUから日本は何を学べるのか。EUのミュージアム・ライブラリー・アーカイブズ(MLA)の変化や、日本・アメリカ・EUの情報政策の違い、また、欧米のデジタルアーカイブの現状と今後の日本の行方について、インターネット世界に詳しい国立情報学研究所特任研究員の生貝直人氏に話を伺った。
 生貝氏は、日米欧の情報政策を専門とし、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事で、東京藝術大学総合芸術アーカイブセンター特別研究員も兼任され、「日本もオープンデータ政策に、文化芸術デジタルアーカイブをいますぐ含むべき」と主張している。

「開かれた公共」を創造する

まず「オープンデータ政策」「公共セクター情報」とは何か教えて下さい。また、今回の「公共セクター情報の再利用指令」の改正で注目される点は何でしょうか。

生貝──世界各国でオープンガバメントやオープンデータということが言われているが、アメリカのオバマ政権でもヨーロッパでも、政府が保有している情報は元々税金でつくられたもの。その幅広い公開は民主主義にとって不可欠であるとともに、著作権などで守るのではなくみんなに使ってもらったほうが世の中に役立つので、情報をオープンにしていこうというのが「オープンデータ政策」。EUでは、政府情報の再利用を拡大することで生まれる市場価値を270億ユーロに達すると試算している。ここでのデータという言葉には、統計のような純粋なデータから写真・音声・動画のようなコンテンツまで幅広く含まれ、そのなかでも公共機関が保有しているオープンデータ政策の中核になる情報を「公共セクター情報」と呼んでいる。EUは2003年に「公共セクター情報の再利用指令(Directive on Re-Use of Public Sector Information,以下PSI指令)」をつくり、各国政府や地方自治体が保有する公共セクター情報を公開する際には、無料か手数料程度の非差別の条件で、誰にでもわかりやすく情報提供をするということを義務付けた。その時点では統計情報などの硬いデータが主だったが、6月のPSI指令改正では一気にMLAなどの文化施設も含め、オープンデータの義務を課すことになり大きなニュースとなっていた。なぜ日本では話題になっていないのか不思議なくらいだ。


生貝直人氏

PSI指令改正により、EUのミュージアム・ライブラリー・アーカイブズの文化施設は、今後どのように変化していくのですか。

生貝──まずひとつは、「Europeana」がさらに拡大していく。すでに2,000の文化施設が参加し、著作権等の問題のないパブリック・ドメイン作品を中心に2,500万件を超えるデータを所蔵しているが、現時点で利用の仕方に制限があるところは今後オープンデータ政策に従って公開されてくる。PSI指令改正によって加わる具体的な文化施設や公開の対象となる作品については各国の判断に委ねられるが、一度公開した情報は基本的に誰もが制限なしに使えるようにする必要があるとしている。また、ミュージアムと企業がexclusive-agreement(独占契約)をしている場合はどのようにするかが大きな焦点になった。PSI指令では基本的に独占契約は禁止されているが、大規模なデジタル化のために企業等の協力を必要とするMLAについては、しばらくは現状維持となっている。


「Europeana」ホームページ

「Europeana」について、もう少し教えて下さい。

生貝──EUのデジタルアーカイブポータルである「Europeana」は、情報検索ができるだけでなく、EUのルールを具体化させた中核としての役割も果たしている。「Europeana」に参加する文化施設は「データ交換協定」の締結を求められ、そこには作品の著作権表記の明確化や、メタデータの権利の放棄などの内容が含まれる。いままではフランス等がイニシアチブを取りながら、文化施設の所蔵品データを公開してきたが、次第に公共のミュージアムは公共セクターとして積極的に情報をオープンにしていくべきなのではないか、という考え方がEU全体で共有されてきた。「Europeana」はもともと各国の自主的な努力で運用されていたもので、6月のPSI指令改正の採択では公共セクター情報のなかで「Europeana」という言葉は直接出てきてはいないが、実質的にはきわめて強力な「Europeana」支援措置となる。ここには、EUの世界的な文化プレゼンスをアメリカに負けず強化していきたいという意図が根底にある。例えばフランスのラジオ・テレビの視聴覚アーカイブであるフランス国立視聴覚研究所(INA:L'Institut national de l'audiovisuel)は、ハリウッドに代表される巨大な映像産業に対抗して、フランス独自の映像文化を育てたい、と活発に活動している。


「INA」ホームページ

PSI指令を改正した欧州議会とは、どういう組織なのですか。

生貝──EUは、ヨーロッパの連合体で現在は28カ国で構成されている。EUには大きく4つの機関があり、加盟国の首脳によって構成される「欧州理事会」、日本の国会にあたる「欧州議会」、裁判所にあたる「欧州連合司法裁判所」、そして政府にあたる「欧州委員会」がある。原則としてはそれぞれの加盟国が法律をつくって意思決定を行なうが、共通のルールの作成が合意された場合には、規則、指令、決定、勧告・意見といったさまざまなレベルのEU法を制定する。今回の“指令”は、EUで合意し、加盟国に共通のルールをつくろうというEU法の一形式で、加盟国はその条文の内容を反映した国内法を一定期間内につくる、というのが基本的な流れ。EU法は、欧州委員会で草案をつくり、欧州議会で交渉や検討をし、最終的に欧州理事会と共同で決定する。今回の改正案は欧州委員会から提出され、欧州議会が2013年6月13日に採択し、同26日に正式に改正内容が公布された。これに基づいて約2年ほどで各国が法律をつくり、実行しないと政府がEUから罰則を受けることになる。


欧州議会 © United Nations Photo/Eskinder Debebe

PSI指令の改正は、オープンガバメント、オープンライセンスなど、開かれた公共の新しい動きとして注目したいと思いますが、欧米の情報政策の特徴と日本との差異を教えて下さい。

生貝──公共セクター情報を一括で提供するアメリカの統合ポータルサイト「Data.gov」をはじめ、データ形式の標準化、そして公益に資するサービスやアプリケーションの開発を促すなど、世界各国では多様なオープンデータ政策が進められている。欧州と米国の情報政策では相当程度異なる動きがあり、日本はその中間の位置と言える。アメリカの情報政策は、市場が中心で民間がビジネスを進め、文化や芸術もできるだけ民間が資金を出して担保していく。それはアメリカの寄付文化のなかで、ビジネスでも文化芸術でも政府は極力出てこないほうがいいというのが、自由至上主義的なアメリカ的価値観。一方、ヨーロッパの情報政策は、政府主導。アーツカウンシルのような政府と民間の間に中間的な組織は設けるが、政府が資金を出して支援し、世界への発信もしっかりと行なっており、「Europeana」もそのような取り組みのひとつ。しかしヨーロッパが政府主導で文化政策を構築しても、WTO(世界貿易機関)で問題になったように、文化までを自由貿易にしてしまうと、アメリカの一人勝ちになってしまう可能性がある。文化だけは自由貿易の対象でなく、政府が資金を出して管理していくべきだというのがフランスを中心としたヨーロッパの立場。ヨーロッパでは“文化的例外(Cultural Exception)”という言葉を好んで使う。日本は、アメリカとヨーロッパの戦いのなかでポジショニングとプレゼンスをどうやって確保していくか模索している。ただアメリカ以外の情報政策というのは、実質的にはどうやってアメリカに対抗するかというところで共通している部分も大きい。

最近よく耳にするビッグデータとはどういうものですか。

生貝──オープンデータと関わりの深い概念。世の中に存在する多様なデータをもっとうまく情報技術を使って、利活用していこうという考えで、公共政策の言葉というよりビジネス用語として使われることが多い。例えば最近話題になった、JRが発行している「Suica」のデータを活用することで、人の動きや人がどこで何を買っているのか、プライバシーの部分は匿名にして、大量のデータを解析する動きなどがこれに当たる。公共的なことに役立てたり、広告やビジネスチャンスにつなげていくこと、それらを総称してビッグデータと呼んでおり、国立情報学研究所(NII)でもビッグデータの利活用に向けた多くの技術開発を進めている。公共セクター情報のオープンデータ化が進むことで、ビッグデータの取り組みに資するところは大きいだろう。問題は、個人情報を利用したビジネスが拡大するなかで、まだ日本の法律がうまく対応できていない。特に日本にとってプライバシーの問題は急ぎ解決策を打ち出す必要がある。

オープンデータ政策で必要となる自主規制や直接規制、共同規制についてご説明下さい。

生貝──アメリカとヨーロッパの情報政策の違いというのが根底にあり、アメリカは判例法を基本にし、インターネットを法律で縛ることを極力嫌がる。でも当然ルールがなくていいわけではないので、企業が自主的にルールをつくる。政府が直接関与しないルールを“自主規制(self-regulation)”と呼んでいる。一方、ヨーロッパ的価値観で政府が公正忠実に成文法によってルールをつくることを、“大陸法的発想”と言ってもいいが、政府の“直接規制(direct-regulation)”と呼んでいる。問題を市場で解決するか政府で解決するか、という伝統的な二項対立の図式がある。インターネット上の問題というのは、このどちらでも解決できず、政府が法律を決めても技術の進展が速く一年後には役に立たなくなり、そうかといって市場にプライバシーなどのルールを完全に委ねてもうまく機能しない。だから政府が部分的に関与して、自主規制の支援や強化をして承認するなど、市場に基づくルール形成を、うまくその利点を活かしながら政府がサポートしていく公私共同のルールづくりのあり方を“共同規制(co-regulation)”と呼んで、世界各国で検討が進められている。共同規制の考え方は元々オープンデータとは別のところから出てきたものだが、今後はオープンデータ政策でも重要になってくる。例えば法律によってミュージアムに作品データのオープン化を義務付けたとしても、その細かい条件やデータ形式などの技術標準、あるいは元々の著作権を持つ芸術家や関連企業との協業のあり方までを政府の法律でトップダウンに決めてしまおうとすると、現場の実情にそぐわないルールができてしまう可能性がある。政府は法律で大枠としてのオープンデータ義務を課しつつも、その詳細についてはミュージアムや企業など当事者の側がボトムアップでルールをつくり、それを政府が承認したりサポートしたりというかたちでの共同規制が必要になってくるだろう。

市民参画のためのオープンガバメント・データに関するガイドライン〔第2版〕』(2013/6/01)が国連事務局から公開されましたが、ユーザーに対して共同規制をどのように認識させていくのでしょうか。

生貝──個々のユーザーがリテラシーを向上していくと同時に、ユーザーの代表が社会に向けて声を上げる必要がある。アメリカですとIT分野ではEFF(Electronic Frontier Foundation)CDT (Center for Democracy and Technology)といった消費者団体が活発に活動している。アドボカシー(advocacy:政策提言活動)とも言うが、消費者の目になり、耳になり、企業の動向から消費者にとって不利益なものを発見し、改善し、消費者の利益を社会のなかに反映させていくというのもひとつの方法。この文化はもともとヨーロッパにも根強く存在しており、オンブズマン制度などがそういう機能を持つ。もうひとつは、ルールづくりの段階から一般の市民に参加してもらう。マルチステークホルダー・プロセス(多様な利害関係者が参加した対話と合意形成の枠組み)と呼んでおり、消費者に影響を与える変化の激しい世界の共同規制のルールづくりなどに、政府は消費者を積極的に入れることを義務付ける。あるいは共同規制の胴元に政府がなり、産業界、消費者、外国人などが参加して柔軟にルールをつくるトップダウンのマルチステークホルダーな共同規制というのもある。オープンデータ政策のなかでも、ミュージアム、芸術家、企業、そしてユーザーといった多様なステイクホルダーが参加してルールをつくっていくことが望ましいだろう。

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