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デジタルアーカイブスタディ

日本の美術館にアーカイブズは可能か? シンポジウム「日本の戦後美術資料の収集・公開・活用を考える」

谷口英理(国立新美術館 美術資料室長)2016年04月15日号

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 2016年3月20日、国立新美術館で、シンポジウム「日本の戦後美術資料の収集・公開・活用を考える〜大阪新美術館建設準備室所蔵『具体美術協会』関係資料を中心に〜」が開催された(大阪新美術館建設準備室・国立新美術館・文化庁主催)。本シンポジウムの目的は、大阪新美術館建設準備室が所蔵する「具体美術協会」関係資料(以下、「具体」関係資料)の事例を契機として、同様のアーカイブズ資料を日本の美術館が収集・公開・活用していくために必要な条件や課題を整理し、特に美術館関係者と共有することにあった。登壇者は美術資料と深い関わりを持ってきた(元)美術館職員ばかりだが、アーカイブズに関しては全員が門外漢の立場にある。日本の美術館では、学芸員や美術図書室の司書が別の業務の合間にアーカイブズの整理を担当している場合が少なくない。アーカイブズの問題を取り上げるシンポジウムにあえてアーカイブズの素人集団で臨んだ理由は、そのような日本の現状から出発することで、現場に寄り添ったリアリティのある議論にしたかったためだ。




日本の戦後美術をめぐる近年の状況とアーカイブズの必要性

 近年、国際的な評価が高まる日本の戦後美術を取り巻く環境は、作品の市場価値の高騰や、研究のグローバル化など、大きな変化のただなかにある。日本美術がローカルな文脈を超えて評価されることは非常に喜ばしいことだが、一方で、関連資料の海外流出により、国内の研究基盤が空洞化してしまう懸念も指摘されている。むろん、資料が海外の機関に入ることそれ自体が悪いとは、一概には言えない。しかし、将来、日本の研究者が具体美術協会(以下、「具体」)やもの派について研究しようとする際に、国内に基礎資料がなく海外調査が必須となってしまうようではまずいだろう。関連資料のアーカイブズ構築をはじめとした国内の研究基盤の整備は、戦後美術の担い手が高齢化し、歴史化が進む現在において喫緊の課題だと言える。
 シンポジウム全体の総論となる基調講演において鈴木勝雄氏(東京国立近代美術館主任研究員)は、資料の海外流出問題の背景となっている欧米・アジア各国における国境を超えた美術資源収集プロジェクトの動き、およびそれを踏まえたグローバルな研究動向の広がりについて言及した。そして、制度的に立ち遅れた日本の美術館(と研究者)が、上述の流れに乗ることができないまま国際的地位を低下させつつあることに警鐘を鳴らし、アーカイブズの整備はグローバルな研究動向に参加するための要件であり、「日本の美術館のサバイバル戦略」であるとした。さらに同氏は、アーカイブズの整備を阻む日本の美術館を取り巻く制度的、構造的な問題を洗い出し、そうした限界を踏まえたうえで実現可能と思われる具体的施策を提言した。とりわけ文化庁が専任のアーキビストを雇用して、アーカイブズの拠点となる基幹美術館に派遣すべきだという提案は、独立したアーカイブズ部門の設置が叶いそうもない日本の美術館の現実を冷静に見据えた意見だと言えよう。

「具体美術協会」関係資料の整理・公開をめぐる方法論とその意義

 続く高柳有紀子氏(大阪新美術館建設準備室学芸員)、平井章一氏(京都国立近代美術館主任研究)、および筆者は、総論の問題意識を継承しながら各論を展開した。「具体」関係資料の整理を担当する高柳氏は、資料の概要、具体的な整理方針と現況、問題点などを報告し、さらに平成27年度の成果としてデジタル化した映像資料の一部を河﨑晃一氏(甲南女子大学文学部メディア表現学科教授)の解説付きで上映した。また、河﨑氏とともに「具体」研究の第一人者である平井氏は、「具体」をめぐる近年のグローバルな研究動向の広がりを踏まえつつ研究史を概観し、「具体」関係資料を整理・公開する意義、そしてそれがもたらす可能性について実例に即して論じた。

「具体美術協会」関係資料より映像上映の様子

 「具体」関係資料は、「具体」のリーダーだった吉原治良の旧蔵資料、実質的な事務局長だった吉田稔郎の旧蔵資料、具体美術資料委員会の旧蔵資料という三つの出所の資料群から成る。関係者の尽力によって流出や散逸を免れた、質量ともに日本の戦後美術に関する第一級のアーカイブズと言える(ただし、戦前期の貴重な資料が含まれることも忘れるべきではない)。高柳・平井両氏が言及したように、この資料は大阪市に寄贈される以前の芦屋市立美術博物館寄託時代(1990年代〜2000年代)、大阪大学に移された2011年以降の数年間においてもすでに、その存在が研究者たちの間で広く知られており、「具体」研究や吉原治良研究に不可欠な基礎資料と認識されてきた経緯がある。正式な寄贈を受けた大阪新美術館建設準備室は、上述のような資料の来歴の重み、公開に向けた国内外の研究者からの大きな期待に応える責任があるのだ。そのため同準備室では、資料寄贈に際して記者発表を行ない、「グタイピナコテカ Web版」などで資料の存在を広く紹介し、平成27年度の成果発表として本シンポジウムおよび映像資料の上映会を開催するなど、異例とも言うべきオープンな対応をとってきた。

 また高柳氏の報告にあったように、大阪新美術館建設準備室は資料整理に特化した有識者会議を組織し、少ない人員と予算でできるだけ早い整理・公開を目指すべくアーキビストの助言に基づいた資料編成を行なうことにした。日本の美術館では珍しくアーカイブズ特有の階層的な整理方法を取り入れたことで、必ずしも資料1点ずつ(アイテム単位)の記述を行なわずとも、上位の階層(シリーズ単位やファイル単位)の記述が完成した時点で段階的に公開していくことが可能になった。もちろん、アイテム記述が実現可能ならばそれに越したことはない。しかし、限られた人的・経済的資源しかない日本の美術館においては、詳細データの完備を目論む余り資料の公開が何年も先送りされるよりも、できる範囲の整理状況で早めに公開することの方がより現実的であり意味がある。大阪新美術館建設準備室の試みは、対象となる「具体」関係資料の歴史的価値と相俟って、日本の美術館がアーカイブズの問題にコミットしていくための重要なモデルとなっていくはずだ。なお、筆者自身の発表で説明したように、同様の整理方法は国立新美術館の収集アーカイブズでも採用している。本シンポジウムが美術館関係者にとって、アーカイブズ(学)固有の専門性とその重要性に対する認識を深めるきっかけとなったならば幸いである。

パネル・ディスカッションの様子[撮影:影山幸一]

 続く筆者の発表では、国立新美術館所蔵・山岸信郎氏旧蔵資料他の事例を取り上げながら、戦後日本美術のアーカイブズに特徴的な性質や重視すべき点を具体的に紹介した。とりわけ「具体」関係資料、山岸信郎氏旧蔵資料の双方に見られる戦後日本美術のアーカイブズ特有の要素は、資料体に膨大な量の記録写真・記録映像が含まれていることである。これらの視覚的記録は、パフォーマンス、イベント、インスタレーションといった作品が残らないタイプの表現が多い戦後日本美術にとって、作品に近似する位置にある。筆者は特に記録写真に関して、所蔵館や資料体の枠組みを超えた「戦後日本美術記録写真データベース」を構築・共有し、学芸員や研究者たちが共同でメタ・データを充実させていくというモデルを提案した。実現すれば、戦後日本美術研究にとって大いに役立つはずである。

日本の美術館にアーカイブズは可能か

 筆者の発表の後半部および、平野到氏(埼玉県立近代美術館主任学芸員)と司会の河﨑氏を加えたパネルディスカッションでは、日本の美術館がアーカイブズを実践していくための条件や課題が議論された。ディスカッションでの議論を詳細に追う紙幅はないため、最後は筆者自身の考えを軸に整理しておくことにしたい。

 日本の美術館が所蔵資料を研究基盤として活用していくには、先の「具体」関係資料が目指すように、①資料の所在情報の開示、②資料の概要・目録の公開、③資料の利用方法の公開が必須条件である。しかし、筆者の所属館をはじめ日本の多くの美術館は、さまざまな理由から上記3条件をクリアできていない。この残念な状況から脱却するためには、まず日本の美術館関係者たちが美術館におけるアーカイブズ機能を重視するよう意識を転換し、資料を所蔵することによって発生する責任を引き受けることが必要であろう。具体的には、美術館内に眠るさまざまな資料群をアーカイブズと認識し直し、顕在化させる意志を持つこと、また、「ICAアーキビストの倫理綱領」で謳われているように資料の囲い込みや私物化は原則NGと心得ること、さらに、できるだけ早く公開するために整理方法を見直すことなどが重要だ。むろん、人手や予算の問題は精神論だけでは解決できないため、意識の転換を制度的枠組みの転換に結びつけ、日本の美術館が展覧会企画や作品収集とは異なった使命をも担いうる体制を整える必要がある。

 “アーカイブズ”という考え方には、人の一生などおよびもつかないような長いスパンの時間感覚が内在している。しかし、現在の日本の美術館において美術資料に関わる人員は数年で交代する任期付非正規職が多く、また、予算もせいぜい複数年度のプロジェクト・ベースである場合が少なくない。これでは美術資料の専門家が育つことは難しく、資料の現場がスクラップ・アンド・ビルド状態になってしまうことは避けられない。アート・アーカイブズの重要性が日本で語られるようになって久しいが、現状では目指す地平に対して間尺に合わない環境しか用意されていないのだ。その現状を打破しようにも、日本の文化行政全般の方向性が変わらない限り、美術館の努力のみでは難しい。国内の研究基盤を空洞化させたくないならば、日本美術史研究に携わるすべての者が、まずはアーカイブズを整備して維持することの重要性と責任、そしてその想像を絶する困難さをもっと正確に理解すべきである。そのうえで、それでも整備を進めていこうという不退転の覚悟を持つしかない。もし、任期付きの人員やプロジェクト・ベースの予算でなんとかなると考えるような中途半端な理解と覚悟しかないのであれば、グローバルな研究動向のなかで置き去りにされてしまっても、資料の海外流出を止められなくても、ある意味では自業自得だと自戒を込めつつ感じている。資料の現場にいる立場としては、そのぐらいの危機意識を持たざるをえない。一刻も早い意識の転換が必要だ。

シンポジウム
日本の戦後美術資料の収集・公開・活用を考える
〜大阪新美術館建設準備室所蔵『具体美術協会』関係資料を中心に〜

日時:2016年3月20日(日)13:00〜17:00
場所:国立新美術館

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谷口英理

国立新美術館研究員(美術資料室長)。日本近現代美術史、美術資料研究。編著に『美術批評家著作選集15 今泉篤男 植村鷹千代』(ゆまに書房、20...

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