会期:2024/01/07
会場:クラブヒルサイドサロン[東京都]
公式サイト:https://hillsideterrace.com/events/13919/

アーティストである清水マルクスは、ベルリンに居住するにあたり、味噌や納豆といった日本の発酵食品代を安く済ませようと自作しはじめた。趣味で手がけていたそういった発酵食材は、次第にベルリンのシェフたちの目に留まり、人気を獲得していく。その後、食べること自体を考えさせるインスタレーションでのフード提供を展開してきたアーティストの金澤麗子とともに、その生産を拡大するため2017年「mimi ferments」(以下、「mimi」)をベルリンで設立した。その二人が2024年の1月に代官山でトークイベントに登壇したレビューが本稿だ。かつては風通しがよく物事を始めることができていたというベルリンを中心に、欧州に存在しない「麹」についてどう伝えてきたか。そしてベーシックな発酵食品以外にも、まるのまま黴付けを行なった卵黄といったハッとする彼らのプロダクトのことや、たびたび蔵でライブも開催しているという様子も紹介された。そしてこのイベントではイノベーティブレストランの「野田」による、「mimi」のプロダクトを使用したミニコースとドリンクペアリングの提供も行なわれたのである。

左から、「mimi ferments」の清水マルクスと金澤麗子[©︎ Asami Murata]

「野田」の野田雄紀[©︎ Asami Murata]

1品目は「mimi」の「turuncu shio koji」でつくった酢味噌を、赤貝とポワロー葱と合わせた「ぬた」。トルコの唐辛子の品種であるオレンジ色のトゥルンクをベースにした色の華やかさと味の爽やかさがありながら、見知った「ぬた」の輪郭をぼんやりと解けさせつつ、「ぬただ」と舌に馴染む。2品目の「soba shio koji」と一番だしの餡がかかった白子の揚げ出し豆腐には揚げた蕎麦の実が付与されることで、麹の味に方向づけが行なわれつつ、複合的なとろみが混ざり合い、その後の蕎麦の実の食感が味わいにシークエンスを生み出す。「mimi」のプロダクトの多くはヴィーガン対応であり、その生活を後押しするような存在感のある味を遺憾なく発揮したのが3品目の肉なしのボロネーゼ。麹の発酵により旨味が覚醒した「rote beete miso」とビーツでつくったソース、それにビーツを練り込んだ手打ち麺は、まろみとパンチの効いた満足感のあるメイン料理だった★1

「野田」による肉なしのボロネーゼ[©︎ Asami Murata]

「菌」や「発酵」が近年の人文知の論題となったのは、わかりやすくは、宿主の性格を変えてしまうというトキソプラズマ原虫といったような、実存や判断レベルでの見えない他者の介在の示唆であり、人間中心主義を内から打破する存在への着目からだろう★2。その一方で、現代料理において発酵が注目を集め続けている理由のひとつに、コペンハーゲンにあるレストラン「noma」が挙げられる。「noma」が北欧料理における保存食としての発酵食をサブからメインへと転倒させ、(食べるべき)料理がないと思われていた土地に新たな料理体系を形づくる調理法として再検討されたのが発酵であることを皮切りに、世界中で新しい味を生む起爆剤となった。ゆえに、醤をはじめとした多様な発酵食品の文化が広がる東アジアは世界中の現代料理人たちにとって恰好の関心対象となる★3

今回の「野田」による「mimi」の使用はいずれも、特異的な調味料としてではなく、視覚からくる潜在的な味のイメージを換骨奪胎するきっかけとして存在していた。それは、ふと気がついたら拡張されていたり(ぬた)、出汁に用いられているにもかかわらずほかの食材で味のボリュームを増幅させられることにより白子よりもメインへ押し上げられたり(白子の揚げ出し豆腐の蕎麦感)、実から乖離した名前をあらぬ方向から体現する(肉なしのボロネーゼ)。果たしてこの「mimi」に対する、あるいは、あらゆる料理で実現される「野田」の自由さは、日本だからこそできることをやる、という「野田」の志向性の定まりに依拠するものだろうか。わたしはそうではなくて、何を自分のホームと捉えられるか、それをつねに押し広げ続けてきた「野田」の姿勢が可能にしたのだろうと思った。

今回のイベントは1万円で参加可能でした。


★1──ヴィーガンの話をしておいて恐縮だが、チーズがかかっている。ボロネーゼに寄せた結果だろう。汁なし担々麺に寄せたらチーズは不要かもしれない。他にも急遽提供されることになったという「sagohachi」を練り込んだレアチーズケーキはここ最近口にした食べ物のなかでもっとも光り輝いていた。ほかにも、ノンアルペアリングとして、「koji tamari salty dog」(ウォッカとグレープフルーツ果汁に「koji tamari」を合わせたドリンク)、「hon mirin li shan oolong tea」(台湾の梨山茶とドライパイナップルと「hon mirin」を合わせたノンアルコールドリンク)が提供された。みりんの旨味と甘味が茶の渋み、パイナップルの酸味と甘味が互いに重なり合いながら一体感があり、食事のお供として冷蔵庫に常備したい一品だった。
★2──トキソプラズマ原虫については以下を参照した。
藤田鉱一郎「寄生虫や細菌に操られている私たち」(『現代思想』2016年5月号、青土社、2016)
★3──その眼差しはエキゾチシズムや植民地主義的な指向性以上に、少なくともnomaに関しては、自身のアイデンティティの探求に折り返すものであるはずだ。なお、わたしはnomaで一度も食事をしたことがない。

鑑賞日:2024/01/07(日)