都市で生きることの価値は、そこに寄せ集められた人・モノ・情報と絶え間なく、そして思いがけず出逢うことで、「生きられた時間」を身体がまざまざと体験するという点に存している。アンリ・ルフェーブルがその著『都市への権利』で述べたように、都市の価値は経済的な交換価値ではなく、使用価値に属している。後期資本主義のもとで著しく進行する経済的指標に基づく都市開発のみならず、昨今では環境的視点からの都市の最適化も目下の目標となっている。都市交通の最適化・脱炭素化など、環境への影響を考慮した都市インフラの再構築は、都市の新たな価値基準として理解されるべきだとも感じられる。ところがそこで問題になるのは、わたしたちの身体は、そうした都市においてなにを頼りにして生きられた感覚を手繰り寄せればよいのか、というささやかな違和感である。

 

イントロダクション——現代都市への疎外感について

芸術の未来は芸術的ではなく、都市的なのだ。なぜなら、《人間》の未来は、宇宙のなかとか民衆のなかとか生産のなかとかに姿を現わすのではなくて、都市社会のなかに姿を現わすのだからである。

——アンリ・ルフェーブル『都市への権利』★1


ブリュッセル・グランプラス。それぞれのギルド(同業組合)が成した財で建設した豪華絢爛な建物が並ぶ。この美しさに魅了されてこの広場に集う人々とともにそこに流れる時間に身を置いてみると、都市が使用価値に属する作品であることが理解できる[筆者撮影]

そもそも都市とは、あらゆる主体が相互媒介的に出来事を生成する舞台であり、その舞台への配役や建築物の配置などを含めた場のトポロジカルな編成である、と述べたのは社会学者の吉見俊哉である。吉見は、『都市のドラマトゥルギー──東京・盛場の社会史』において、都市を演劇の上演として読み解く「上演的パースペクティブ」という方法論的視座を提供している。浅草・銀座・渋谷などの盛り場をケーススタディとしつつ、近代や西洋への眼差しが万華鏡のように乱反射する東京という舞台において、都市に生きる人々のアクチュアルな実感やドラマがどのようなダイナミクスに基づいて生成されていったのかが理解できる。吉見が『都市のドラマトゥルギー』を著した1987年から四半世紀以上の時が経過して露見した、現在の都市への眼差しの困難さとは、グローバリゼーションや情報化、ダイバーシティ&インクルージョンなどが進み、都市や社会の物語(スクリプト)が肥大-複雑化することで、都市のドラマが読みづらく、そして書き換えづらくなっていることであろう。言うなれば、都市に流れる複数の物語のなかで、わたしたちはなにに着目して、なにを演じればいいのかすら、靄がかかってしまっている状態である。

そうしたわたし自身も、気候非常事態や経済格差など地球規模の問題解決のために、世界的な都市化や都市における均質化が加速することによって、都市での身体が疎外されているように感じてならない。当然ながら、そうした地球規模の問題に対しても、小さな個人の力が集積する都市からアプローチすべきであるとは強く思っている。だが問題としたいのは、物語の複数性と小さな個人の実感という共存的な関係についてである。かつて、スケートボーダーたちが冷やかなモダニズム空間を身体的に書き換えたように、はたまた、グラフィティライターたちが「見られつつ見られない」匿名性のゲームの舞台として都市をメディアとして使用したように、現代都市への疎外感に抗うなにがしかのモードが希求されているのではないだろうか。そしてそのモードとは、一体なにか?

「都市の生きられた時間」を取り戻すための音による介入

実験音楽から音響工学、そして都市人類学まで——都市がどのように奏でられているのかに注目が集まっている。しかしながら、アーバニズムは本当に音響的に実現できるのだろうか? なにが望ましい音で、なにが望まれていないノイズなのかを、一体誰が決めるのか? 音楽やサウンドアートの技巧は、音響がどのように社会生活を構成しているのかについて、なにを教えてくれるのだろうか?

——Sonic Urbanism(筆者訳)

2016年、イギリス・ロンドンおよびフランス・パリを拠点とする実験的な都市開発センター Theatrum Mundiは、音によるアーバニズムを検討する「Sonic Urbanism」プロジェクトを立ち上げた。Theatrum Mundiは、オルタナティブな都市の物語のための方法論を開発する組織である。彼らは、都市計画家や建築家のみならず、人類学者やデザイナー、サウンドアーティストなどの領域横断型の団体として、都市に介入する新たなモードを模索するさまざまなプロジェクトを展開している。「Sonic Urbanism」は、R.マリーシェーファーが提唱したサウンドスケープや音響生態学を下地にしつつも、美しい音環境の単なる保全や改善のみではなく、都市に存在するアクターの表象としての音を分析することや、公共空間において音を発する行為(Soundmaking)★2を通して、社会や生態がどのように理解でき、変容するのかに主眼が置かれる。

ロンドンでは、オックスフォード大学准教授のGascia Ouzounianが、都市の音環境の批判的な分析や介入に関するプロジェクトとして「Sonorous Cities: Towards a Sonic Urbanism (SONCITIES)」を発足したことも記憶に新しい。SONCITIESは、音の理論家や都市社会学者、音楽家、建築家などと共同しながら、Sonic Urbanismに向けた手法を開発したり、市民と協働で地域の音環境の経験をリサーチするワークショップなどを通じて、建築や都市開発における批判的/創造的な音の使用方法を模索している。

Theatrum MundiやSONCITIESの活動からも、ヨーロッパの都市空間や建築の領域において、音が新しいモードとして注目を浴びていることがわかる。音による都市への介入★3がどれほど「生きられた時間」の経験に貢献できるのかは、現在も方法論が検討されている真っ最中であるが、ここで、都市空間での知覚や経験を音によって変容させることを試みていたサウンドアーティストたちの実践を振り返ってみることにする。


Theatrum-Mundiの共同ディレクターであり、Sonic Urbanismのプロジェクトを発起したJohn Bingham-Hallが、人間と非人間の運動の境界性を探究するウォーキング/リスニングスコアの集団的上演を実施した様子[筆者撮影]

サウンドアーティストたちがひとつの都市の空間や体験に対して実践を繰り返している都市が、ドイツ・ボンである。ボンでは、bonn hoerenが2010年以降10年以上をかけて、都市サウンドアーティスト(City Sound Artist)として作家を招聘し、都市空間に根差した作品制作を行なうプログラムを開催している。

2010年最初の招聘アーティストであったSam Auingerは、ボンの鉄道駅前の四角形の広場で、交通/人間/自然の音からリアルタイムで音を変換・変調する箱を設置し、公共空間の知覚を歪めるサウンドインスタレーション作品《Grundklang Bonn》を発表した。場所での出来事に相即した音を生成する彼の作品は、日常の反復や差異を音を通して再体験することにより、生きられた広場空間の実現として捉えることもできる。通勤や通学など日常生活として馴染み深い駅前空間で、音による介入が為されていることが興味深い。

2019年にボンに滞在したBill Fontanaは、《Harmonic Time Travel》と題して、都市の音響的記憶に関するサウンドインスタレーションを制作。ボン生まれの音楽家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生家で録音された過去と現在の音からコンポジションをし、実際に生家の前の公道で再生することにより、その場所に流れていた過去の時間や、過去の人物の存在という記憶を現代に再構築する試みを行なった。Sam Auingerとは異なる手法ではあるが、彼らの実践は、都市を音によって感覚的に活性化させる方法として、生きられた都市空間の実現を考察するひとつの契機となると言えよう。そして、このようにボンで多様な背景を持ったサウンドアーティストが公共空間での実践を重ね、音による都市への介入が一般市民へと浸透してゆくことが、ある種の土壌づくりになっていることも指摘できる。


ブリュッセルでは、使用されなくなった倉庫や工場などを利活用して、実験音楽やサウンドアートのイベントが頻繁に開催されている[筆者撮影]

都市でのサウンドアートが欧州で実践され、脚光を浴びているように感じられるのは、欧州の公共空間形成の歴史における広場の役割なども考えられるが、欧州の都市にある実験音楽やサウンドアートの施設の存在や、レジデンスやフェスティバルが定期的に実施されている状況にも起因するのではないだろうか。

例えば、筆者が活動するベルギーのブリュッセル★4には、実験音楽とサウンドアートのラボラトリQ-O2やアーティスト自身が運営するサウンドアートのプラットフォームOvertoonが存在し、定期的に滞在制作プログラムや作品発表会を開催している。またベルギーの国際的なサウンドアートフェスティバルである「City Sonic Festival」では、ベルギーの各都市(ブリュッセル、シャルルロワ、ルーヴァン=ラ=ヌーヴなど)を巡回しながら、これまで1,200を超えるサウンドアート作品を発表してきた。

ベルギーのみならず、スペイン・マドリードでは、電子音楽とサウンドアートのフェスティバルである「IN-SONORA」がこれまで約20年開催され、国際的なサウンドアーティストの作品をマドリードのあらゆるギャラリーやシアターにて展示・演奏している。類似的なフェスティバルとして、オランダの「Sonic Acts Biennial」、オーストリアの「Shut Up and Listen!」、デンマークの「Struer Tracks Sound Art Festival」、フランスの「Sonic Protest」、ドイツの「THE LISTENING BIENNIAL」、イタリアのLUCIAなど各国独自に音の祭典が催されている。このような芳醇なサウンドアートや実験音楽の土壌に下支えられることで、都市へのサウンドアートの介入といった実践が欧州で勃興していると考えることはできないだろうか。

音で都市を活性化させるために


2024年3月30-31日ブリュッセルのアート施設La Mercerieにて、複数の都市のリズムと同期しながら即興演奏をした際の様子。[Photo by Camille Poitevin]

欧州で展開されるサウンドアートによる都市への介入が、現代都市での疎外感を癒やす可能性となることを本稿は仮説として述べてきた。全体を荒削りながらも素描してみて実感するのは、Sonic Urbansimや音による都市への介入はまさに発展途上である、ということである。ボンでのアーティストたちの実践のように、都市に展開されたサウンドアートが空間の知覚を変容させ、生きられた体験に一役担うことは評価できる。だが、Sonic Urbanismが究極の目的とするような、実際に都市の生態系や社会的な秩序を変革させる可能性についてはまだ未開拓の印象である。都市のサウンドアートは、設置物も比較的少なく、戦術的にかつ感覚的に都市に介入できるメディアとして有効であるが、抽象的であるがゆえに、明確な社会-政治的なメッセージを孕ませづらい。それを乗り越えるためには、社会-政治的な都市サウンドアートの成立方法を検討しなければいけない。

とはいえ、欧州に比べるとサウンドアートの運動が技術指向に傾倒し、都市や社会への役割に関する議論がおざなりになりやすい日本においては、これまでの欧州のサウンドアートの展開から学ぶことは多いだろう。都市をはじめとした公共空間への音での介入に寛容になることからはじめ、それらを実験・検討する研究所や施設の成立、そして定期的なカンファレンス・ビエンナーレの開催など、採用すべき項目はいくつもある。それらの実践が状況を生み出し、状況が実践を生むことを期待しよう。生き生きとした都市の上演には、それらを取り巻く音が必要なのだから——。

 

★1──アンリ・ルフェーブル『都市への権利』、森本和夫訳、筑摩書房、2011年、205頁
★2──都市空間を歩き、音を聴くこと、そして音を発することについての系譜はElena Biserna編著の『Going Out – Walking, Listening, Soundmaking』に詳しい。サウンドスケープの聴取からサウンドウォーク、そして音による介入に至るまで、アーティストの思想と実践が「日常生活」「環境と生態」「公共のための空間」「歩行する身体」「記憶と(反-)物語」「地図と(反-)カルトグラフィー」の六つの切り口からまとめられている。
★3──音による都市への介入は、当然、今にはじまったわけではない。1977年、マックス・ノイハウスがニューヨーク・タイムズスクエアで公道の格子下に設置したサウンドアート作品「Times Square」では、ハムノイズが24時間流れ続け、その上に立ち、その音を聴取しながらタイムズスクエアの環境音を体験することができる。2011年には、Bruce OdlandとSam Auingerがドイツにて「Sonic Vista」を発表し、交通騒音・飛行機の飛行音・鳥類の歌声などと調和するサウンドインタレーションを橋の上に設置した。都市のインフラにある種寄生する形で、音響的に都市へアプローチしてきたアーティストの態度が見て取れる。
★4──2024年1月には「The Week of Sound」と称して、ブリュッセル各地でサウンドアート作品が展示されたり、同年4月末には、「Oscillation Festival」にて電子音楽の公演やサウンドのワークショップが開催予定など、サウンドアートや実験音楽のイベントが頻繁に実施されている。

 

参考文献

吉見俊哉『都市のドラマトゥルギー——東京・盛り場の社会史』河出書房新社、2008年
Elena Biserna, Caroline Profanter, Henry Anderson, Julia Eckhardt (Eds.) Going Out – Walking, Listening, Soundmaking. umland. 2022.
George Kafka, Sophie Lovell, Fiona Shipwright (Eds.) Sonic Urbanism. Theatrum Mundi. 2019.