会期:2024/05/15〜2024/05/19
会場:下北沢 OFF・OFFシアター[東京都]
公式サイト:https://gekidansport.com/
「あのときああしていたら」。そんな後悔は「いまこうではなかったのに」という思いとなかなかにわかちがたく、ときに現在を蝕む毒となる。もちろん、この現実世界において過去を書き換えることは不可能だ。いまとは別の現在も存在しやしない。しかしだからこそよりいっそう、反実仮想の思いは募るだろう。劇団スポーツ『略式:ハワイ』(作・演出:内田倭史、執筆協力:田島実紘)はそんな不可能を可能にしようとする「青春記憶改竄コメディ」だ。
物語は「何か後悔していることはありますか?」と問われた山戸みのる(田島)が「部活を辞めたことかな」と答えるところからはじまる。「今思えば、あれでその後の人生が変わっちゃったんじゃないかって。あの時辞めなきゃよかったのかな、みたいなことを今でもずっと思っていて」。その言葉に応じるように、舞台上では過去の出来事が再現されはじめる。
[撮影:林賢五]
10年前。高校2年生の山戸(内田)は剣道部を辞めようとしていた。厳しい稽古に理不尽な体罰。今日こそは辞めようと毎日のように思い、退部届をカバンに忍ばせながらも出せないでいる日々。そんなある日、ハードな練習で朦朧としていた山戸は、帰り道の踏切で電車に轢かれそうになる。危ういところを救ったのはたまたま通りかかった同級生の斜(竹内蓮)だった。それまで特に接点のなかった二人だったが、斜はその後も何かと山戸にちょっかいを出し続け、ついには「一緒にバンドやろう」と持ちかけるまでになる。「ずっとやめたかったんでしょ」となぜか手にしている山戸の退部届を差し出す斜。それが最後のひと押しとなり、山戸は退部届を出す決意を固めるのだった。しかしここで10年後の山戸(以下みのると表記)が介入してくる。部活を辞めたら人生が狂ってしまう、それは人生の退部届けなのだと主張するみのる。そして二人は退部を回避しようと「やり直し」をはじめるのだが──。
[撮影:林賢五]
さて、以下では「やり直し」の顛末に触れることになる。本作は6月30日(日)23:30まで(視聴は7月7日(日)23:30まで)の期間限定で映像配信も行なわれている。未見の方はぜひ配信を観てからこの先を読み進めていただきたい。
みのるは山戸が退部届を出すのをやめさせようとするがどうしてもうまくいかない。そもそも退部届を斜に拾われなければよかったのではと踏切で助けられる場面をやり直してみたりもするのだが、何度やり直しても退部届は斜に拾われてしまう。本作の前半ではそうして未来への分岐と思しき地点に戻ってはそれをさまざまにやり直し、しかしやはりどうしても結末を変えることができずにまた別の地点へ、というパターンが繰り返されることになる。過去の重要な出来事(たとえば「斜に踏切で助けられた」)が書かれたボードにみのるが上書きした「お題」(「退部届を落とすな!」)をクリアしようと奮闘する(がうまくいかない)山戸の姿が楽しい、これぞ「青春記憶改竄コメディ」なパートだ。
[撮影:林賢五]
[撮影:林賢五]
そうしていくうち「やり直し」は徐々にエスカレート(?)していく。バンドでウクレレ担当の田端(端栞里)や担任の三重先生(タナカミエ)、剣道部の純平(てっぺい右利き)に前の席の佐世保(武田紗保)もなぜだか「やり直し」に介入しはじめ、やがてみのる=山戸が知るはずのない過去までもが明らかになり、そしてやり直されることになる。それでも結末は変えられない。
業を煮やした山戸は「やっぱりこっちの方がワクワクする」と剣道部をやめバンドを組んだルートを辿りはじめる。だが、その先に待っていたのは斜のいない未来だった。純平に体罰を加えた体育教師に抗議に行った斜はその教師を殴り退学に。バンドも解散し斜と別れたきりになった山戸は2年後、斜が事故死したという知らせを受け取るのだった。
だが、その事実を知った山戸はみのるに問う。お前は斜に最後に何を言いたかったのかと。「忘れた」「何も思い出せない」と応じるみのるになおも山戸が投げかける言葉はどこまでも真っ直ぐだ。「いまならなんて言う? 今。お前からみて、今。10年後の今だったらなんて言いたい?」。現在から過去へと向けられた後悔は、こうして過去から現在に向けられた問いへと反転する。
ともに行くことが叶わなかった修学旅行を思い「ハワイ、一緒に行きたかった」とこぼすみのる。山戸たちはそれをどうにか実現してみせる。海はブルーシート、BGMは田端のやめてしまったウクレレ、波音は三重先生のこぼしてしまったコーヒー(豆)、衣装は純平の(パワハラ顧問から奪い取ってきた)アロハシャツ、ハイビスカスのレイは佐世保が斜に渡せなかった花、そしてトロピカルジュースは山戸と斜が一緒に飲むことのなかったお汁粉だ。ありあわせの、略式のハワイは演劇的想像力の結晶であると同時に、それぞれが抱えた後悔で実現できる精一杯の現在でもあっただろう。
[撮影:林賢五]
そもそも、体罰の横行する部活を辞めることも、教師の暴力に抗議の声をあげることも、間違った選択などではなかったはずだ。それでもその選択が望まない未来を招き、後悔を生むことはある。だからこそ抱えた後悔を、変えられない過去をなかったことにするのではなく、後悔を抱えたまま現在を生き、未来を思い描くこと。みのるが斜に投げかけた最後の言葉はここには書かない。
劇団スポーツの次回公演『徒』は目覚めると監禁状態にあった人々が自分たちの置かれている状況について考察を繰り広げる「不条理誤謬コメディ」とのこと。8月28日(水)から9月1日(日)まで下北沢の小劇場・楽園にて。
[撮影:林賢五]
[撮影:林賢五]
鑑賞日:2024/05/16(木)