本展は、第2回目となるThe 5th Floorのキュレーター・イン・レジデンスの成果展として開催されます。

一般的に、吸血鬼の姿は鏡に映らないと信じられている。魂がないためだという説もあるが、より興味深い一説によると、当時の鏡は研磨された銀で作られており、銀が悪を退ける聖なる物質であるためだと言われている。もしかすると、吸血鬼がフィルムに映る理由はそれかもしれない。吸血鬼が時間ベースのメディウムであり、むしろ時間そのものに抵抗する存在であると考えるのはなんと皮肉なことだろうか。彼らはしばしば見知らぬ他者として存在する。私たちと似たような外見を持ち、私たちと同じように考えるが、それでもやはり異なる存在である。しかし、吸血鬼は許されなければ、招かれなければ入ることができないということを忘れてはならない。

ある亡霊が私たちに憑いてまわる――植民地主義の亡霊である。世界中のあらゆる土地は、直接的に植民地化されたかどうかに関わらずこの亡霊に取り憑かれており、タイや日本も同様である。そうした時代は遠い過去のものだと考える人もいれば、いまだ私たちはその最中にいると考える人もいるが、亡霊が依然として存在することは否定できないだろう。それは自らの輪郭をぼやかすように進化したが、どれほどその姿を変えようとも、依然として暗闇の中で作動し続けている。かつて死んだと考えられていた統治の形態は、単に時代に合わせて適応し、残酷な迫害から寄生的な搾取まで、かつて明らかであった神話的な暴力が世俗的な姿へと外見を変えたに過ぎない。

(ブラム・ストーカーやジョン・ウィリアム・ポリドリによる)近代の吸血鬼は、国家の中央集権化と産業化による新しい搾取労働の概念に対する不安が具現化したものとして、近代初期(1800年代)に一般的な概念として登場した。獲物はもはや死ぬことなく、空っぽになるまで吸い尽くされ、近代性を提唱する一方で貴族的性格がブルジョワへと引き継がれ保持された体制による、持続的かつ継続的な暴力である。吸血鬼は常に保守的な力であり、変化に抵抗し、自らの歴史とそれを変えた者たちに対して誇りを持つ。永遠の命を執拗に求め、時間の無情な進行を拒絶することで、彼らは単なる不死の表象のカタチとなるのである。

「ラマヴァニア:影の主君」は、植民地主義および産業化の時代のアジアの歴史における地政学的力学を通じて、そのような存在へと迫る試みである。タイおよび日本による西洋の勢力に対抗する近代化の試みは、互いに並行している。両国とも技術的な進歩だけでなく、自国の超自然的存在、神々や吸血鬼との関係を再構築することによって、国家の統合を図った。自らの帝国主義的な転換、自身による植民地化、そして国家の再定義と引き換えに独立は達成され、その結果、個人が神となり、ある人々は不死となったのだ。

(プレスリリースより)

会期:2024/07/03(水)〜 2024/08/04(日)
会場:The 5th Floor (東京都台東区池之端 3-3-9 花園アレイ 5F)
開催時間:13:00〜20:00
閉場日:火、水、木 *初日の7/3のみ水曜オープン
入場料:500円
アーティスト:アノン・チャイサンスック、永田康祐、ナーナット・タナポーンラピー、ティーラパット・ウォンパイサンキット、佐藤朋子
キュレーション:ポンサコーン・ヤナニソーン
主催:The 5th Floor
問い合わせ先:The 5th Floor
E-mail:info@the5thfloor.org
公式サイト:https://the5thfloor.org