会期:2024/06/21〜2024/06/30
会場:STスポット[神奈川県]
公式サイト:https://horobite.com/

あなたが世界を見るのと同じ仕方で世界を見ることは私には叶わない。そうと知りながら、それでも、だからこそ私はあなたの見ている世界を理解したいと思う。『音埜淳の凄まじくボンヤリした人生』(作・演出:細川洋平)を観た私が受け取ったのは、そんな切実な願い、いや、祈りだった。

男が自宅に帰ってくる場面から物語ははじまる。玄関でコートを脱ぎつつ「おい? 大介? いるか? 帰ったぞ、なんだ、いないのか」と家の中に声をかけるその男こそ「凄まじくボンヤリした人生」の主こと音埜淳(吉増裕士)だ。大介の不在を察した淳がパソコンに向かい「何だ、何するんだっけ」と取り掛かるべきことを思い出そうとしたところに息子の大介(亀島一徳)が帰宅する。大介を捕まえた父は「これは内緒なんだけどな」と前置きすると「宇宙人に会ってきた」と言い出し──。

[撮影:渡邊綾人]

物語は音埜家のリビングと書斎を中心に展開していく。STスポットの通常の配置から反時計回りに90度回転させた横長の舞台づかいがユニークだ。会場左手後方にある劇場入り口を玄関に、右手後方にある楽屋への開口部を台所の、劇場入り口/玄関と向き合う壁にある残り2カ所の(通常の舞台配置における出ハケ口にあたる)開口部をそれぞれ子供部屋と風呂・トイレの入り口に見立て、そのすべてから俳優を出入りさせることで劇場のつくりをフルに活用しつつ、戸建の間取りをSTスポットに重ね合わせる趣向。間取りは床面に貼られた養生テープのようなもので示され、リビングにはダイニングテーブルと4脚の椅子、書斎にはノートパソコンの載ったデスクが置かれている。隣り合うその二間とそれらを取り囲むように配置された廊下部分が演技空間となる。

[撮影:渡邊綾人]

[撮影:渡邊綾人]

その日は淳の弟で大介にとっては叔父にあたる丹波准(上村聡)の来訪が予告されていた。最近、音埜家を頻繁に訪れていながら来訪の目的がはっきりしない准だったが、実は妻とうまくいっていなかったらしく、別れて住むところも仕事もないのだと突然言い出す。そうして准は実家でもある音埜家に出戻るかたちで転がり込み、そのままなし崩し的に音埜親子との共同生活がはじまるのだった。

ところが、共同生活にはすぐさま不穏な影が差す。夜遅く、音埜家の真っ暗なリビングで何かを探す様子の准。そこに鉢合わせた淳はしかし「いくら名前にコンプレックスがあるからって、そんな急いで結婚しなくてもいいだろ」と脈絡のないことを言い出す。たしかに、准が音埜家を出て姓を変えたのは、兄と同じオトノジュンという名前が嫌でしょうがなかったからだが、それは30年も昔の話である。准が困惑しているところに大介が帰宅すると、淳は今度は「母さん知らないか?」と言い出す。大介の母・伊里音はすでに亡くなって久しい。だが、大介がトイレに入っているあいだに淳は「伊里音、迎えに行ってくる」とふらりと家を出て行ってしまう。気づいた大介は准とともに家の周囲を探し回り、3時間の捜索の末、家の書斎で淳を発見することになる。

淳の症状は明らかに認知症に類するものであり、やがて音埜家を訪れた伊里音の弟・楠木塁(八木光太郎)や、それどころかときに弟の准を認識できないまでに悪化していく。一方で本人は、時間の概念をもたない宇宙人と対話するうちに自身の世界に対する認識の仕方が変わってきたのだと言う。それは過去現在未来のあらゆる出来事を同時に把握するような、「すべてはあらかじめ決められていて」「同時的な意識で物事を遂行する」ような世界認識のあり方だ。「彼らの言語を習得してしまった」「父さんは、変わっていく」。そして「父さんは元には戻らない」。

[撮影:渡邊綾人]

お気づきの方もいようが、本作はあるSF作品のアイディアをもとに(当日パンフレットや上演台本では参考文献として明示されているが、ネタバレになってしまうためここではそのタイトルは伏せる)、そこに新たに二つの別の事柄を重ね合わせてみたものだ。ひとつは認知症患者の世界認識。もうひとつは俳優の演技アプローチだという。なるほど、自身は結末までの流れを知りながら、それでも「見ている人と協働して場を立ち上げ」「一瞬の積み重ねを繰り返して上演を紡いでいく」俳優の営為は、周囲の人間とは異なる(宇宙人のものと同じ)仕方で世界を認識する淳のそれに近いものがあるのかもしれない。

だが、両者は一体どのような関係にあるのだろうか。演技アプローチそのものは、物語の表面上にそれとして表われるわけではない。それでも、観客には必ずしも自明ではない両者の結びつきがわざわざ当日パンフレットに書き記されていたのは、それこそが自身も俳優である細川の祈りだったからではなかったか。淳が宇宙人との対話を通じてその世界の認識の仕方を身につけたように、俳優としての営為を通じてその世界の認識の仕方に少しでも近づくことができたなら──。

本作の初演は2015年。タイトルに冠された「ほろびて Re:シリーズ」は、ほろびての初期作品を再演しレパートリー化していく試みとのこと。俳優4人で簡素な舞台で演じることのできる本作はレパートリーとして各地で上演していくにふさわしい作品だろう。ここにこの物語の結末は記さない。たとえすべてがあらかじめ決まっていたとしても、それはその都度、上演されることによって届けられるべきものだからだ。

[撮影:渡邊綾人]

鑑賞日:2024/06/29(土)


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