会期:2024/06/14~2024/07/07
会場:EUKARYOTE[東京都]
公式サイト:https://eukaryote.jp/exhibition/rintaro_unno_solo_exhibition_2024/
神宮前に位置するアートスペース、EUKARYOTE(ユーカリオ)で開催された「奇跡」は、海野林太郎が天使として空を飛ぶに至る過程を映像とオブジェとともに展覧する個展である。
海野林太郎はこれまでにゲームや映画をモチーフにした映像作品を制作しており、《HOUSE》(2021)★1では『キートンの蒸気船』(1928)において背後から倒れてくる壁の窓枠と人物の立ち位置が奇跡的に一致して死を免れる有名なショットの再現に天使の姿をした人物が挑戦している。今回の個展は《HOUSE》を含む2021年の連作に登場した天使と思しき人物たちを捉える映像《飛行日記 20231205-20240524》が主となる。1階に6台、2階に11台、3階に1台のモニターが設置され、日記形式で語られる出来事を1階から3階にかけて追うように鑑賞する構成となっている。
まず特筆したいのは、鑑賞者に対する親切さである。映像はループで再生されているが、モニターごとに日付と尺が青字で手書きされ、映像のボリュームを鑑賞者に示してくれる。また海野のアイデアが徐々に具体化し、最終的には空を飛ぶというゴールへの道のりが時系列順に語られるのに合わせて、鑑賞者も地上から少しずつ上階へと上がっていき、空を飛ぶ最終シーケンスにおいて大きく流れる音楽を聴く。空へと向かう映像の流れと鑑賞者の試聴体験が沿うように会場がレイアウトされている。さらに最後の映像が上映される前には、2階までの映像をすべて見ているかを確認するメッセージと、再生が始まるまでのタイムコードがカウントダウンとして表示される。全体的に鑑賞者への気遣いを感じる。
こうした順路からときどき離れることも可能だ。日付によってモニターとモニターをつなぐように一定の方向が示されながらも、映像に関連するオブジェがところどころに置かれている。例えば試作に挑戦する映像の近くには3枚ペラと手回しドリルが合わさった《天使であり飛行機》が置かれ、プロペラの平面部にある無数の羽根を表わした筆致には飛ぶことへの執心が感じられる。
映像の内容について述べる。どのモニターも基本的に公園や川縁などにいる天使の格好をした2人の人物や風景を映し、字幕において海野の思考をつづる。例えば、千葉のゴルフ場跡地にアートスペースができそうなこと、そこでなら自分のプランが実現できそうなこと、久馬一剛『土とは何だろうか?』に土食みによる人と土の間接的な関係および徳冨健次郎(蘆花)『みみずのたはこと』について書いてあること、キリスト教の洗礼者である徳富蘆花が人は地上から離れられない存在と述べていること、そのことから飛ぶことができる存在に奇跡を感じること。(中略★2)国土交通省に無人飛行機の登録をしたこと、50秒のテスト飛行に成功したこと、ドローン専門の弁護士事務所にも相談したこと、アトリエに篭りきりで自宅に帰っていないこと、デモに行ったこと。
「天使は飛べるか」という問いに対して天使が昆虫の仲間であれば飛べる可能性があると記したブログを見つけたこと★3。
──こうした出来事の蓄積を把握したのち、鑑賞者はいよいよ3階の映像を見ることになる。3階には大きなひとつのモニターと、実際に海野が制作し、空を飛んだ無尾翼機が置かれている。映像に登場する2人の天使らしき人物のうち1人は海野であり、翼機の平面パネルには天使の姿をした海野が転写されている。
映像では2人が抱き合ったあと、海野である無尾翼機が空を飛ぶ。飛翔する海野はCGのように見える瞬間があり、そもそも誰も見たことがない「千葉の空に人型の無尾翼機が飛ぶ風景」を視認する際の知覚のバグのような感覚は、海野の代表作である《チュートリアル》(2019)★4を思わせる。映像は飛翔する海野を映し続けるが、無尾翼機を操作する人物と、それをカメラで捉える人物が異なり、飛行することと、その姿をドローンカメラで追うことというそれぞれの目的のための動きが二重の操作性としてズレながら視覚化され、その熱量も魅力である。
ところで飛翔する海野を見ていて、1973年に映像作家の中嶋興が発表した『チャイニーズ サイクル マシーン』を想起した。この作品はイラストレーターのペーター佐藤が描いた毛沢東の等身パネルを波打ち際に置き、その姿が燃えて灰になり、やがて海に流れて消えていく様子を捉えたものだ。50年の時を経て人型は海から空へと至って自在に飛び、その姿を捉えるカメラも動きを伴なうことにメディアの変遷を感じる。
展示会場には一連の映像とオブジェのほか、複数の描写で天使の姿を表出しようとするグラフィカルな映像《中間存在》や、スマホのゲームアプリをモチーフにした絵画作品2点があった。絵画のテーマは2021年には取り組まれていたもので、無料でマンガを読む代償などで見させられる広告動画として記憶している人も多いだろうスマホゲームの世界観を、額装も含めて宗教画のように提示している。2点のうち2024年に制作された絵画のタイトルは《奇跡》で、さまざまな困難を乗り越えて高みに昇り、祝福を受ける海野らしき天使の姿が描かれている。日常生活で遭遇した得体の知れないゲームワールドを宗教絵画の様式に止揚し、ここでも自らが生きる日常における奇跡性を定義し直しているように見える。
天使にとって飛ぶことは特別なことではないだろうから、飛翔を奇跡と捉えるならば空を飛んだ海野は人なのだろう(地上に残った羽をつけた人物が天使である可能性は残る)。《飛行日記 20231205-20240524》を中心とした個展「奇跡」は、人類の普遍的な欲求とも言える空を飛ぶことを叶えるストーリーを語る映像インスタレーションである。宗教が語る大きな物語を個々の物語として語り直すこと、上司からのきっかけ、友人の協力・対価の支払い、同好会メンバーからの助言、国土交通省への許可取りといった神話のステップをRPGゲームのように踏み進み、現代における奇跡のあり方を示す展示だった。
鑑賞日:2024/06/19(水)
★1──ICC 作品一覧 《HOUSE》
★2──インターネットでプランの参考になる図面を見つけたこと、友人たちに制作協力の依頼をしたこと、友人の父がラジコン同好会に所属していて飛行場で会う約束をしたこと、同好会のメンバーから市販の飛行機を一度作ってみるよう助言を受けたこと、呪文のように並ぶラジコン飛行機のパーツ名を見ると『ダニエル書』5章に登場する解読できない文字を恐れた王を思い出すこと。注文したラジコン飛行機を組み立てたこと、仕事と並行して制作をしていること、試作機は半分のサイズで作るよう助言されたが完成サイズで作ってみたこと、数秒のテスト飛行に成功したのち試作機は大破したが興奮したこと、同好会メンバーに助言をもらって改良版を2機作ることにしたこと。
★3──このブログ記事と思われる。https://arishiba.blogspot.com/2017/04/blog-post_13.html
★4──ICC 作品一覧 《チュートリアル》
[編集部注]記事内で言及される作品名に関して、一部訂正を行ないました。(2024年8月7日)