会期:2024/07/05~2024/09/09
会場:千總ギャラリー[京都府]
公式サイト:https://www.chiso.co.jp/gallery/exhibition/g2_2024_7/

「誰もが知っている名画」を簡略化した筆致で軽快に描き直す飯田美穂。モナリザ、ラファエロ、ボッティチェリ、フェルメール、フラゴナール、アングル、ゴヤ、マネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ゴーギャンなど、主に西洋美術史上の人物画(その多くは女性像)を引用し、両眼と口を3つの点(∵)に還元・簡略化する手法は一貫している。本展では、タブローから離れ、「秘儀荘」として知られるポンペイの壁画と、《貴婦人と一角獣》として知られる15世紀末のタペストリーを引用した絵画作品が展示された。

[提供:千總ギャラリー]

タブローであれ、壁画やタペストリーであれ、鑑賞者が「あの絵だ」とわかるのは、多くの場合、画集などの印刷媒体やネット上で複製画像を見て知っている・・・・・・・ことによる。飯田自身の制作態度も、そのことを隠さない。飯田の作品が「名画の引用」、より正確には「複製された名画のイメージの引用」であることは、本展の細部に仕掛けられている。展示作品の「元ネタ」の作品画像が載った画集のページを撮影したインスタント写真が、しれっと置かれているのだ。また、実在の絵画を軸にミステリや恋愛小説を紡ぐ作家・原田マハの小説の表紙と、その表紙を「絵画」として描き直した飯田の作品が並ぶ。原田の本の装丁には、小説のネタであるムンクやマティスの絵画、《貴婦人と一角獣》のタペストリーの画像が用いられているが、飯田はその表紙から「原田マハ」という著者名を消去して描き直し、あくまで「画像」としての認知を試みる。


[提供:千總ギャラリー]

[提供:千總ギャラリー]

コピー(複製画像)のコピーという二重化と、3つの点に簡略化された顔。飯田は、「誰もが知っている、どこかで見たことがある」アイコニックな西洋名画を、「∵」すなわち自身のアイコンとしてさらに記号化する。それらは、「タグのように飯田の署名化がなされた絵画作品」として再び流通していくのだ。あるいは、両眼と口を「∵」に還元する操作は、私たちはなぜそれを「人の顔」だと認識するのかという認知の問題にも接続しうる。


[提供:千總ギャラリー]

さらに、引用された「名画」の大多数が(ベルト・モリゾという例外を除き)男性画家によって描かれた女性像であり、ヌードも多いことは、フェミニズム的な読解へと拡張することも可能だ。男性画家によって描かれた女性像は、「理想化されたヌード」として匿名化され、(ゴヤの《裸のマハ》のように特定のモデルが存在しても)性的視線の対象物として、個人としての顔貌を(半ば)奪われている。「∵」に簡略化された彼女たちの顔は、「無表情」だが「かわいい」と感じさせる点で、ハローキティのキャラクター戦略とも通じる(ちなみに、サンリオの公式見解は、ハローキティを「猫」ではなく「明るくてやさしい女のコ」であるとしている)。飯田が描き直す「名画」の女性像もまた、「無表情に見える」からこそ普遍的に受け入れられる「かわいさ」でもって鑑賞者を見つめ返し、彼女たちの匿名化と個人の顔貌の剥奪について逆説的に突きつけているとしたら、恐ろしい「反逆」である。

[提供:千總ギャラリー]

鑑賞日:2024/07/05(金)