会期:2024/04/05~2024/08/25
会場:Musée d’Art Moderne de Paris[パリ]
公式サイト:https://www.mam.paris.fr/en/expositions/exhibitions-carte-blanche-ari-marcopoulos

「Carte blanche for Ari Marcopoulos」は、パリ市立近代美術館(MAM Paris)がアリ・マルコポロスの作品を新規収蔵した記念で開催された常設展企画でありながら、美術館の収蔵作品をアリ自身が「編集」することで、スケートボードの運動性と様式が構成に組み込まれた展示だった。

「Carte blanche for Ari Marcopoulos」展会場風景
[筆者撮影]

1957年にアムステルダムで生まれ、1979年にニューヨークへ移り住んだアリ・マルコポロスは、アンディ・ウォーホルのファクトリーでプリント助手、アーヴィング・ペンのスタジオで撮影アシスタントとして働いた異色の経歴をもつ写真家・映像作家である。ジャン゠ミシェル・バスキアやキース・ヘリングなどのアーティストとも親交を深め、ダウンタウンコミュニティに接近する一方で、彼が関心を持ったのは都市やストリートで出逢ったスケートボーダーや黎明期のヒップホップシーンにあった。1980年代半ばのアンダーグラウンドなカウンターカルチャーが色濃く反映され、既存の秩序に抵抗する若者のアーティストやミュージシャンのポートレートを撮影しながら、一般市民やストリートキッズのスナップも等価に写した。そうして階級の格差を取り払い、都市における人々の文化的・空間的な結びつきを再解釈した。加えて、彼の特徴は作品数の多さにあり、これまでに200冊以上の書籍やZINEを出版している。流通する媒体をコミュニケーションそのものとして捉え、編集や印刷を即興的かつ瞬発力をもって組み立てる彼の作風は、撮影者としての身体能力の高さとスナップに研ぎ澄まされた一種の嗅覚を感じさせる。

この企画の起点となったのは、短編映画『Brown Bag』(1994/2020)である。同作は2021年にMAMコレクションが購入したものだが、2020年にマルコポロスのアトリエにあった紙袋の中で発見されるまで存在が忘れ去られていた映像群である。ワールドトレードセンターやブルックリン橋の高架下など、ニューヨークのスケーターの拠点となった場所でのスケートボーディングの様子が撮影され、ニューヨークを象徴する都市風景と人々の関係がプレイを通して再編集される。スナップシューターもスケートボーダーも、ともに都市空間の公共的な側面を私的なものとして瞬時に簒奪しながら、しかし決して長期にわたって占有することはない。パブリックな場を読み替える点で共通性をもつと考えられる。

『Brown Bag』[筆者撮影]

本展ではMAMコレクションが管理してきた近現代の美術作品から、都市文化に親しまれていた身体、怪我、そして建築というテーマで選定された24点の作品がアリの作品と共に編まれるように構成されることで、彼のインディペンデントな手法と美術史からの引用が展示される。公共施設やギャラリーでのオープニング会場に丸木の作品を運び込み空間を変質させるパフォーマンスで知られるアンドレ・カデレの作品や、1930年代のパリのグラフィティを記録したブラッサイの写真は、公共空間におけるストリートの拡張性を想像させる。ハンス・ベルメールやジョルジョ・デ・キリコの形而上学的な作品は既存の身体を解体し、スケートボード文化が街中の多面的なサーフェイスを身体のように扱いながら再構築する様子を暗示させる。セザール・バルダッチーニによる段ボールを正方形に圧縮した偶有的な彫刻やイサ・ゲンツケンのコラージュ作品もまた、平面的なイメージを物質的に捉え直す還元的な作用を引き起こす。

また収蔵品と対比するかたちで出展されているアリの作品は、連続的な動きのシークエンスをグリッド状に並び替えた写真のパネルや、異なる状況にあるスケーターたちのポートレートと環境を写した写真を即興的にブリコラージュした壁面、スケートボードパークのレールを彷彿とさせる仮設的な什器に貼り付けられたものである。アリはイメージの横断を身体と運動の中に見出し、美術館の中に持ち込むことで、イメージを非連続的に切断し再接続するスケートボーディングの感覚を呼び覚ます。

パリ近代美術館があるパレ・ド・トーキョーの広場はスケートボーダーのスポットとしても有名で、筆者が訪れたパリ2024オリンピック・パラリンピック期間には、市内に点在する市民開放型のスポーツ施設「Club 2024」のスケートボード施設が中央広場に出現し、美術館の中からも歓声が聞こえるほど盛り上がりを見せていた。また美術館の裏路地ではその祝祭的な風景と対比するように、一般のスケートボーダーが日常的なボーディングを行なう練習風景も見られた。二つの異なる公共性が同居するこの場所で、アリがスケートボーディングを通して描く街の風景が新たな側面を明らかにする気配を感じさせる機会だった。

鑑賞日:2024/08/01(木)

★──https://olympics.com/en/paris-2024/the-games/celebrating/clubs-2024