会期:2024/06/08~2024/09/08
会場:Fondation Cartier pour l’art contemporain[パリ]
公式サイト:https://www.fondationcartier.com/en/exhibitions/matthew-barney-2

マシュー・バーニーの「SECONDARY」は5種類の映像が中心の展示である。スポーツが含み持つ暴力性と資本主義下のスポーツのスペクタクル的な側面を交錯させ、共同主観的な心理的ショックを作品化するインスタレーションとなっていた★1

この作品は1978年に行なわれたアメリカンフットボールの試合での事件を題材にしている。ニューイングランド・ペイトリオッツの選手だったダリル・スティングリーがオークランド・レイダースとのエキシビションマッチで、対戦チームのジャック・テイタムによる激しいタックルを受けた。それが原因となり、生涯にわたる下半身不随に至る大怪我を負った。頭部への外傷によってその場で選手生命を奪われた選手の痛ましい事件の映像が切り取られ、全米のメディアで繰り返し放映された。それは多くの人々に心理的なショックを与えるとともに、当時11歳だったバーニーの記憶にもある種の傷を残した。学生時代にアメフト選手として活躍したバーニーにとって★2、アメフトとこの事件は彼自身の経験と記憶に禍根を残すことになる。

プロのダンサーやアスリート、そしてバーニー自身が演者として登場し、出演者の多くが非白人やネイティブ・アメリカンである点も特徴である。60分に及ぶ映像では、フィールドエンブレム★3が描かれた試合用コートに選手やレフリーが佇み、試合前の宣誓やタックルの瞬間、下半身不随に至るまでの一連の過程を繰り返し再生(リプレイ)する。映像内のゲームにはルールのようなものは存在するが、ボールが登場して実際の試合が始まることなく、痙攣と綻びを暗示させるような身体の捩れや嗚咽音を繰り返すシュルレアリスティックなイメージの連続が写される。

「SECONDARY」展会場風景[筆者撮影]

物質的な流動性と時間の経過という二つの構造的な要素が描かれ、複数の身体を絶えず震わせながらも、過重な負荷により身を滅ぼす寸前の状態を維持し続ける。映像以外に出展されている彫刻作品やインスタレーションでは、粘土で象られたバーベルのプレートも展示される。このプレートを用いてバーニー自身が会期中に白壁へのドローイングを行なうことで、運動の痕跡が曲線で表わされ、物体が形状変化しながら柔らかさや硬直性、弾性、もろさなどの流動的な様子を描く。映像内では、タックルによって生まれる身体の隙間に陶器のプレートが挟み込まれる。それらが粉砕する瞬間に、二つの肉体を模した彫刻が、鈍い破砕音とともに身体の綻びを表象する。撮影の舞台であるニューヨークのロングアイランドシティにある倉庫跡地を改修したバーニーのスタジオ自体も、身体を表象したものとして本作を構成している。というのも、スタジオの床が剥がされ水道管が露わにされる大穴の映像の中で、土壁にタックルするテイタム役の演者が土砂によって土に呑まれるシーンが描かれる。

また映像内で登場するスタジオ外壁のサイネージは、過去数年間にわたってドナルド・トランプの任期終了までの日数をカウントダウンする時計として設置されてきたものである★4。Fondation Cartier pour l’art contemporainでの屋外展示物としても設置された「00:00」と表示のある赤色のサイネージは、試合終了のコールと共にダリル・スティングリーの選手生命の終わりを想像させる。そこでは個人/国家の終焉と再生が共に写し出されていると言えるだろう。

コートという一種の聖域の中で、複数の肉体が接触するスポーツを題材として抽象的な弔いの儀式風景を描く現代的なオペラのような作品だった。1978年の一試合で放たれたタックルの波紋が今日まで波及するトラウマかのように再生(リプレイ)されながら、繰り返し語られる神経への外傷と心理的な傷が探求されている。バーニーの初期作『拘束のドローイング』から現在に至るまでの作家活動の真骨頂とも言える、身体に備わる重奏的な感覚の連なりを内省的に知覚させる呪物崇拝のような制作実践をあえて回顧的に扱っている点も注目に値する。人々と社会の中で反響し続けるバイオレンスを個人の身体の領域を超えた芸術へと昇華させることでバーニーの新たな文脈への組み直しがなされた。

鑑賞日:2024/08/01(木)

★1──本展の会期は2024パリオリンピック・パラリンピックの実施期間と重なっている。2023年5月に作家のスタジオにおける展示で初演が行なわれたのち、欧米の4つのギャラリー(Galerie Max Hetzler, Gladstone Gallery, Sadie Coles HQ, Regen Projects)を会場とした同時的な個展での公開を経て、スポーツが都市そのものを形作るパリ五輪という舞台で展覧された点も重要である。
★2──医学部生として入学したイェール大学にスポーツ特待で進学するほどの名手だった。
★3──バーニー作品に頻出するモチーフ。楕円を貫通する長方体が組み合わさることで、体にかかる負荷を示す。
★4──https://news.artnet.com/art-world/matthew-barney-trump-countdown-clock-1923039