能登半島やドナウ川での豪雨による水害の被害の大きさが連日のように報じられています。とくに能登半島は、地震から生き延びた住民の方々に加え、復興作業に関わられていた方々も被害にあわれており、重要なインフラである道路や橋が寸断された状況に言葉が見つかりません。被害に合われた方に心からお見舞い申し上げます。
ブリスベン在住の建築家・土岐文乃氏から、水害のリスクの高い地域の活用についてのレポートをいただきました。気候危機によるリスクの高い地域は拡大してきていることを思うと他人事ではなく、どうサバイブし、コミュニティのちからを束ねていける都市計画がありうるのか、土岐氏のリサーチを参考に考えていきたいと思います。(artscape編集部)
Slacks Creek Green Link[写真提供:Candy Rosmarin / Logan City Council 撮影:David Clarke]
1.水に敏感な都市
オーストラリア、クイーンズランド州の南東部に位置するブリスベンは亜熱帯気候に属し、長期の干ばつの後、雨季が続くことで洪水が頻発するという特徴がある★1。入植以来、少なくとも5回の大洪水に見舞われおり、度重なる洪水と人口増加の圧力とのせめぎ合いのなかで都市は成長してきた。洪水後の対応は時代に応じて異なるが、特に2011年の大洪水を転機として、インフラ整備を中心とする治水事業から洪水を前提とした建築設計基準へとシフトした★2。
2022年のブリスベン川の洪水。川沿いに整備された緑地と遊歩道は高密度化する都市の貴重なオープンスペースであるとともに、洪水時には浸水区域として機能する[著者撮影]
近年ではブリスベンに留まらず、気候変動と加速する都市化を背景に、こうした水と都市との関係に関心が高まっている。2019年には、「Cooperative Research Centre for Water Sensitive Cities (CRCWSC)」★3の枠組みのもと、メルボルン・パース・ブリスベンの3都市における建築系大学でのリサーチスタジオの成果をまとめた書籍『In Time With Water: Design Studies of 3 Australian Cities』★4が出版された。そこでは、都市生態学・地形学・環境史の重ね合わせから、より水に敏感で自然・都市環境の変化にレジリエントな都市のあり方が考察されている。
2.都市と水辺の現状
ブリスベンにおける都市環境の違いに着目すると、市の中心部を貫くブリスベン川沿いはウォーターフロントとしての価値を高めるべく高度に人口化され、文化施設や商業施設、高級住宅地、大型倉庫・工場などが密集する一方で、周囲に数多くあるクリーク(支流)では、自然環境とともにある水辺空間が残されており、車移動を前提としたドライな郊外住宅地のなかに驚くほど緑豊かなオープンスペースを提供している。クリークの管理用通路を兼ねた遊歩道が整備されており、散歩やサイクリングを楽しむ人たちが多くいる。
左から順にイタカ・クリーク(Ithaca Creek)、エノゲラ・クリーク(Enoggera Creek)、ケドロン・ブルック(Kedron Brook)[著者撮影]
また、都市全体を見渡してみると、東に海、西に山があるブリスベンの都市はブリスベン川を境に南北へと展開しており、南北を走るハイウェイによって拡張し続ける郊外の生活が支えられている。これに対し、概ね山からブリスベン川へと流れるクリークはこれを横断するかたちになり、クリークを辿ると都市→郊外→農村とダイナミックな環境の変化を体験することができる。そして、そこは都市の問題が凝縮して見える場所でもあるのだ。
その一例として、著者が担当しているクイーンズランド大学のデザインスタジオで対象地としているスクラビー・クリーク(Scrubby Creek)を取り上げたい★5。全長60kmに及ぶスクラビー・クリークはブリスベンの隣町、ローガンの北端に位置しており、ちょうどブリスベンから広がる郊外が農村の風景に変わる境界線にあたる★6。このエリアの開発が始まったのは1970年代と比較的新しく、移民が多く集まり、230以上の異なる文化的背景を持つ人々が暮らす地域である。特にスクラビー・クリーク周辺は、洪水リスクが高く比較的土地が安価なため、低所得者層が住む住宅地、工業地域、廃棄物処理施設などが隣接して立地している。コミュニティの中心地はショッピングセンターであり、湿地公園ベリンバ・ウェットランズ・パーク(Berrinba Wetlands Park)などの貴重な自然資源がある一方で、クリークの価値は十分に見出されているとはいい難く、道路排水の流入やゴミの不法投棄による環境汚染が懸念されている。
上:ブリスベンとローガンの洪水マップ。およそ中央にスクラビー・クリークが位置している
下:曲がりくねった緑の範囲がおよそのスクラビー・クリークの位置。クリークを介して様々な都市環境が隣合っている様子がわかる。住宅地は若い家族が多く、教育施設も多く立地している[著者作成]
ベリンバ・ウェットランズ・パーク。湿地帯は第二次世界大戦後に砂の採掘によってつくられた人工のもの。1990年代より手つかずだった場所が市の公園として整備された。公園のほとんどは保全・修復エリアであり、外来樹木の伐採によるオーストラリア原生植物および在来野生生物の再生、小動物のための巣箱の設置など生物多様性保護のための努力を続けている[著者撮影]
左:住宅地とクリークの関係。住宅地は高いフェンスで遮られ、クリークは裏の空間になっている
右:ゴミの不法投棄。しばしば見かけるショッピングカートやタイヤは郊外の象徴ともいえる[著者撮影]
3.クリークの再生計画
こうした状況に対し、ローガンは水辺の健全性と快適性を取り戻すべく2011年にサミットを開催し、全市を対象とした10年間の基本構想と、市内で最も都市化された隣り合う二つのクリーク、スラックス・クリーク(Slacks Creek)とスクラビー・クリークの具体的な再生計画をまとめた★7。残念ながら報告書をオンラインでみることはできないが、詳細な生態系および水質の調査から都市化のインパクトを読み取ることができ、これに基づいて包括的な将来計画と具体的なアクションプランが提示されており興味深い。
このうち、スラックス・クリークのプロジェクト「Slacks Creek Green Link」(2020)が先行している。工場群の裏となっていた通路を遊歩道として整備し、黄色を基調とするスーパーグラフィックスによってクリークをブランディングした。これまで認識されていなかったクリークの全体像を強調するとともに、橋、休憩所、トイレ、オブジェ、ゴミ箱、案内標識、照明、CCTV監視カメラなどのエレメントを際立たせる効果がある。犯罪率が高い地域ということもあり、クリークを魅力的なオープンスペースにし、アクセス性・安全性を高めることは、地域とクリークとの関係づくりにおいて重要な一歩といえる。
Slacks Creek Green Link[写真提供:Candy Rosmarin / Logan City Council 撮影:David Clarke]
クリーク沿いの様々な環境をつなぐ黄色のスーパーグラフィックス。ところどころ水辺の植樹の様子もうかがえる。折り紙の船を模した照明(右下)は洪水の高さに設定されており、洪水時には水に浮かんでいるように見える
また、スクラビー・クリークにおいても地道な努力が始まっている。都市部のクリークでは、道路や鉄道がクリークの連続性を分断したり、人工的な水路によってクリークが本来持つ自然システムが断絶していたりする。これを改善するために、クリークの活性化・美化・浄化を三本柱とし、オーストラリア原生種の植樹や浸食された土手の緑化、魚の生息地の保護と連結、環境DNA調査、コアラ探知犬によるコアラ生態の把握、鳥や小動物の巣箱の設置と維持管理、ゴミの清掃、環境教育プログラムやイベントの実施、解説板の設置など、市民と協働しながら実に多種多様な活動を行なっている★8。また、スラックス・クリークのコンセプトを引き継ぎ、青色を基調とした標識などで全体的なつながりを可視化している。
ゴールド・アダムズ・パーク(Gould Adams Park)[著者撮影]
左:「Mess is the Best(散らかっていることがベスト)」。荒れているように見えても、空洞化した木や枯れ枝は小動物にとってよい隠れ場や住処になるため意図的に残されている。在来種の魚はのんびりした泳ぎ方をするという。コンクリート堰は魚の移動の妨げになり、数を減少させる原因となるため、石のステップに変えて魚道を確保する必要がある
中央:鳥や小動物の巣箱
右:送電線の足元のスペースを活用した植樹エリア。送電線の維持・管理に影響を及ぼさないように一定の高さに保たれる方法で植えられ、怪我や病気になった野生動物をケアするための飼料用プランテーションになっている。奥にアーバンキャンパーの姿がみえる
この二つのクリークの対比は興味深い。スラックス・クリークにおけるプロジェクトが既に都市化してしまった自然環境と人との接点をつくる方法を示しているのに対し、流域が広く長いスクラビー・クリークは生態系再生を中心にプロジェクトを展開している。いずれにしても人の介入がなければクリークの環境は都市に負け、自ずと破壊されてしまう。これを防ぐためには、クリークの全体像とつながりを認識し、そこに生じている多様な環境の変化に気づき、参加し、価値を見出すことを促すアクションが必要なのだ。
4.クリークからみた郊外の可能性
車で訪れる郊外は茫漠としていて捉えどころがない。しかし、クリークを軸に見直してみると郊外の暮らしのさまざまなキャラクターが見えてくる。そのいくつかを紹介したい。
1)リサイクルとスポーツ
スクラビー・クリークのおよそ中央に位置するベリンバ・ウェットランズ・パークの隣には廃棄物処理施設Browns Plain Waste and Recycling Facilityがある。ゴミの埋め立て地であるが、その一角に南半球最大といわれるリサイクル施設Logan Recycling Marketがある。文字通りマーケットであり、埋め立て地から救済されたありとあらゆるアイテムが並び、ショッピングカート単位で購入することができる。購入する人たちは再販することを目的としており、自分たちで修理したり、コンテナを使って自国に送ったりするという。周辺の工業地域にも専門的なリサイクル業者が数多くみられ、郊外という場所とリサイクルの結びつきが伺える。
Logan Recycling Market。埋め立て地につくられたリサイクル・マーケット。金・土・日オープンで、新しいものが集まる金曜日の朝は長蛇の列ができ、朝市のような活気がある[著者撮影]
ちなみにクリークの西側には旧埋め立て地であるウォーラー・パーク(Waller Park)があり、1980年代よりこのあたりで人気を誇るBMXのトラックCentenary Plains BMX Clubがある。また、クリークの東側にある旧バター工場を文化施設に転用したKingston Butter FactoryではBMXの歴史展示が行なわれている。このほかにも、クリーク周辺の洪水危険区域には大小さまざまなスポーツパークがあり、クラブ活動が活発であるなどスポーツが郊外の重要なカルチャーであることがわかる。現在の埋め立て地はあと7年で満杯になる予定であり、その後はスポーツ施設になる可能性が高い。郊外の生活を支える埋め立て地はスポーツ・カルチャーを支える場所に変わっていく。
Centenary Plains BMX Club。埋め立て地につくられたBMXのトラック。林の向こう側にクリークが隣接している[著者撮影]
Kingston Butter Factory。1907年に建設されたバター工場を転用したミュージアムとシアター。幾度かの改修を経て、2022年リニューアル・オープン。ローガンの過去と現在に関するミュージアムで、バター工場の歴史、アボリジナルの物語、子供たちの絵画、BMXのカルチャーを展示。毎月ナイトマーケットも開催している[著者撮影]
2)コミュニティを支える存在
スクラビー・クリーク沿いで最も大きな工業地域の一角にLogan City Men’s Shedがある。Men’s Shedとはオーストラリア全土にみられる伝統的な会員制のコミュニティスペースで、もともとは女性よりも感情について語ることが少ない男性の孤立を防ぐ目的で設立された。現在は女性にも開かれ、Women’s Shedも増えてきている。メンバーの多くは、引退した年配の男性であるが、身体的・精神的な病を抱えている人や、生きがいを求める若者など地域の全てのメンバーに開かれている。活動内容は場所によって異なるが、生産的活動を行なうことがキーで、このMen’s Shedでは木材加工・金属加工を中心としており、壊れた家具の修理、動物の巣や学校で使用される工作キットの制作、マーケットやバーベキューなどを行なっている。郊外という場所の特性上、加工業の経験のある人が多く、学び合いの場になっているという。制作には周辺の工場からもらい受けたさまざまな素材を使用しており、地域に支えられながら地域に貢献する活動を行なっている。プレッシャーのない、昔ながらの仲間意識に満ちた安心できる環境のなかで、自分の好きなプロジェクトに取り組むことを重視しており、キッチンとワークショップからなるスペースは田舎の作業小屋の雰囲気を漂わせている。
Logan City Men’s Shed。機能的な空間配置。入口/ディスプレイスペース、キッチン、ワークショップと空間が続く。ベランダのような半屋外空間は休憩スペースに。裏庭には倉庫があり、その先にクリークがみえる[著者撮影]
Men’s Shedのおよそ5km東、洪水リスクの高い場所にMarsden Libraryがある。一見、普通の小さな図書館にみえるが、想像以上の役割がある。サードプレイスが極端に少ない郊外では、図書の貸し出しよりも人の居場所を提供することが重要だという。この地域では特に小中高生の居場所、若い移民家族のコミュニティ形成と英語教育、子育て支援、家庭内暴力被害者のシェルター、高齢者の生きがいづくり、近年増加しているホームレスの居場所などに課題があり、これにさまざまな角度からアプローチしているのが図書館なのである。そこではシンプルに安全でいられる居場所、エアコン・トイレ・電源などの最低限のインフラが価値を持っている。
Marsden Library。安普請でつくられた倉庫のような図書館。洪水危険区域に建っているため半高床式になっている。室内はなんでもない一室空間で全体が見渡せるようになっている。大きな開口はクリークのみに向けられており、郊外の喧騒は感じない[著者撮影]
残念ながら、いまのところクリークとこれらの場所に直接的な関係性はない。こうしたクリーク沿いのさまざまな資源(自然・空間・人)のつながりの可能性を見出し、クリークに支えられ、またクリークを支える郊外のコミュニティを構想しようというのが大学デザインスタジオの主旨である。水辺のリスクが周囲に漂う資源をつなぐ場所を提供する。そんな郊外のあり方を考えるきっかけになることに期待したい。
★1──現在の洪水危険区域はBrisbane City Council City Plan 2014で確認することができる。
★2──Paola Leardini, Kaan Ozgun and Antony Moulisによる論考 “The Reverse River Delta of Brisbane” ★4によると、1893年と1974年の洪水後はダム建設や河川拡張・浚渫などのインフラ整備が行なわれた。この間、長期にわたって大洪水が起こらなかったため、戦後の人口増加と郊外開発において洪水常襲地域での住宅建設が加速したという。また、1974年洪水後のダム建設を背景とする洪水基準値の引き下げが2011年の洪水の被害を拡大させたことを踏まえ、洪水管理に対するアプローチの根本的な転換を図り、洪水を想定した建設環境をつくることを目指す指針が提示された。具体的には、5段階に設定された洪水危険区域に応じて土地利用や建物用途、habitable(居室)とnon-habitable(トイレ、倉庫、ガレージ等)の高さ設定、床下空間のデザインなどの設計基準が定められている。
★3──2012年に設立されたオーストラリアの研究センター。経済発展と成長、生活の質、都市を構成する生態系への水の貢献を評価することで、都市のデザインや建設、管理の方法を変えること目的としている。https://watersensitivecities.org.au/
★4──Edited by Nigel Bertram and Catherine Murphy, In Time With Water: Design Studies of 3 Australian Cities, Crawely: UWA Publishing, 2019.https://uwap.uwa.edu.au/products/in-time-with-water-design-studies-of-3-australian-cities?srsltid=AfmBOoqiIOb2lhNWgGkD8QYZtcQap_kIfGhwX3GRy6YcDxnJqW-pIl01
★5──本稿の内容は、著者が大村洋平、ジョナサン・コピンスキー(Jonathan Kopinski)と共同で担当しているクイーンズランド大学修士デザインスタジオ「Suburban Creek Landscape」でのリサーチに基づいている。リサーチにあたり、Logan City Councilに多大なるご協力をいただいた。
★6──地図はBrisbane City Council City Plan 2014およびLogan Flood Portalをもとに作成。異なる行政自治体の地図を統合しているため、示されている洪水の指標は異なる。
★7──2011 Logan Waterways Summit, Logan’s Rivers and Wetlands Recovery Plan 2014-2024, The Slacks Creek Recovery Plan(2013), The Scrubby Creek Recovery Plan (2019)
★8──クイーンズランド州南東部にはLand for Wildlifeという非常に強力な組織があり、そのネットワークを通じて自然的価値を所有する土地所有者と協力し、その価値を高め、管理している。その他の市民参加の例として、市の担当課はiNaturalist Australiaというアプリの利用を推奨している。動物、植物、昆虫、菌類などの写真をアップロードするとAIによって種類を特定できる。このアプリを通して市は市民から情報を収集し、特定の種の生息地域の把握などに役立てている。