会期:2024/09/11~2024/11/04
会場:松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[東京都]
公式サイト:https://designcommittee.jp/gallery/2024/08/dg790.html

最近、家で湯を沸かすときに使用しているのは電気ケトルである。温度調節や保温機能が付いていて便利だからだ。ガス火で沸かすやかんを使わなくなって久しい私からすると、本展はなかなか新鮮だった。テキスタイルデザイナーの故・粟辻博の妻で、人形作家の粟辻早重は、知る人ぞ知るやかん収集家なのだという。本展では、彼女の150点以上ものコレクションから選りすぐられたやかんたちがお目見えしていた。彼女は、なぜ、これほどまでやかんを愛したのだろう。そんな思いで、山となって積まれたやかんを眺める。確かに1点1点を見ていくと、形や大きさ、色、素材がそれぞれに異なり、個性豊かであるのがわかる。

展示風景 松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[撮影:Nacása & Partners Inc.]

その個性を捉えて、彼女は数々のイラストに起こしているのだが、その時点でやかんを擬人化しているのである。両足が生え、両目が付き、やかんの口はそのまま口となるか、あるいは鼻か手となり、大きな肉体は途端に生き生きとし始める。そんなデフォルメされたイラストと使い古されたやかんとを対にして、彼女のもとにやってきた物語とともに壁際に展示していたコーナーでは、やかんの愛らしさがさらに強調されていた。そうか、やかんはそのユニークな形態から、台所用品のなかでも擬人化しやすい対象なのかもしれない。それゆえに、彼女はやかんを愛して止まないのか。イラストを観ていくうちに、その気持ちが少しだけ理解できたような気がした。

展示風景 松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[撮影:Nacása & Partners Inc.]

粟辻は、ふっくらとした女性の人形「ふとっちょさん」の作品でも知られる。「ふとっちょさん」にもやかんにも共通するのが、そのふくよかさだ。土偶《縄文のビーナス》ではないが、ふくよかな女性には原始的な神秘性があり、生命力の象徴に見立てられることがある。もしかすると彼女が「ふとっちょさん」ややかんに見出しているのは、そうした面なのかもしれない。人形作家の視点で暮らしの道具を見つめると、自然と目が留まったのがやかんだったというのが非常に興味深い。

鑑賞日:2024/09/21(土)