没後10年をへて再び注目を集めるデザイナー、アートディレクターの石岡瑛子。2023年から25年にかけて全国5館を巡回する「石岡瑛子 I(アイ)デザイン」は、石岡がデビューした1960年代からNYに拠点を移した80年代までの仕事を中心に、ポスターやCM、アートワーク、書籍など約500点のビジュアルを本人の名言とともに紹介することで、その創作の原動力となった「I=私」に迫ります。展示は2024年9月28日(土)より兵庫県立美術館で開催中。
会期に合わせて、当巡回展に関連した連載をartscape誌上で展開しています。展覧会が巡回する地域にゆかりのあるクリエイターに取材しながら、「いつの時代」も「どんな場所」でも輝きを失わないタイムレスな表現について考えるシリーズ企画です。
今回のゲストは、大阪を拠点に空間デザインとグラフィックデザインを手掛けるhsdesignのお二人。hsdesignは、建築家の長谷川哲也氏とグラフィックデザイナーのニコール・シュミット氏から成るユニットです。お二人とも神戸芸術工科大学でデザインを学び、現在まで京阪神でご活躍なさっています。インタビューの話題は石岡展の感想に始まり、石岡瑛子とヘルムート・シュミットという伝説的なデザイナーたちの生き様にまで及びました。(artscape編集部)

hsdesignのお二人。ニコール・シュミット氏(左)と長谷川哲也氏(右)[撮影:artscape編集部]

石岡展を観て──石岡瑛子の多面性

──石岡展をご覧になった感想を、まずはざっくばらんにお話いただければと思います。

ニコール・シュミット(以下、シュミット)──「第10回東京国際版画ビエンナーレ展」のポスターがとても印象に残りました。色使いや世界観も素敵ですし、いい意味で粗野な印象を受けます。じつは最近、ほかの展覧会でもこの作品を観ていました。「印刷/版画/グラフィックデザインの断層1957–1979」展(京都国立近代美術館/2024年5月30日~8月25日)で見かけた際には、石岡さんのお仕事だとは存じ上げませんでしたが、キャプションを見て石岡さんだと知り、今回の展覧会も楽しみにしていました。

「第10回東京国際版画ビエンナーレ展」ポスターを観るシュミット氏(右)。
本展監修者の河尻亨一氏(左)の解説を聞きながら[撮影:artscape編集部]
「石岡瑛子 I デザイン」(会場:兵庫県立美術館、会期:2024年9月28日~2024年12月1日)

──粗野さという感想はよくわかる気がします。他の石岡作品では、画面の隅々までコントロールされ尽くした質感が目立ちます。事実、展示されている校正紙を観ても、写真の部分も文字の部分も綿密な赤字が入っていますね。ですが、「東京国際版画ビエンナーレ展」ポスターに関しては、ある種の粗野さや即興性が見られます。作り方としても、つぎのような背景があったそうです──「ある日、外出の際に瑛子はふと思い立ち、当時広まり始めた街角のコピーサービス店を訪れる。そこで、自身が履いていた靴をカラープリント、あっという間に“私の版画”を完成させた」(『石岡瑛子 I デザイン』、朝日新聞出版、115頁)。

シュミット──立体物をコピー機で複写する際に背景が黒く潰れてしまわないように、白い紙をクシャクシャっと潰して靴の上に被せています。即興的に被せられた紙の陰影の中にうっすらとピンクや緑の色が(多分偶然に)浮かび上がってきたのではないかと想像します。そして、その緑の色を引いて、文字情報の色としている。ラフに作られているけれど、繊細でもあります。
 資生堂やパルコなどの力強いポスターデザインがある一方で、この「第10回東京国際版画ビエンナーレ展」や、数々のブックデザインなどもある。そういう意味では、石岡さんはとてもいろいろな顔をお持ちなんだろうなと思いました。クライアントそれぞれの要望に対して、「今回はこっちの顔で」という使い分けが──きっと自然にそうなるのでしょうが──ありそうです。どんなお題にも応答できる多面性があるのでしょうね。

長谷川哲也(以下、長谷川)──僕は展示されている人物クロッキーが印象に残りました。素早くシンプルに描かれた線が的確で、線に対する身体的な感覚をお持ちなのだろうと感じました。
 設計の世界でも、図面の中に同じような身体性を感じることがあります。手描きで描かれていた頃の図面を見ると、断面は太くしっかりと描かれ、奥にあるものは細く薄く描かれる。数値的な正確さ以上に、表現としての的確さを感じます。
 石岡さんの手で描くことで養われたこの身体的な能力は、すべてのお仕事に通底しているような気がします。文字を扱うにせよ、写真にせよ、レイアウトする際に、その身体的な能力に裏付けされた構成や表現が出てくるのだろうと思いました。

コラボレーションと「口説く」能力

──同じく平面のデザインがご専門のシュミットさんにとって、ご自身の仕事と比べていかがでしたか。

シュミット──立っている次元が違い過ぎて、比べるなんておこがましいです。わたしの場合は、石岡さんほど大規模な仕事は今のところ未経験。モデル、ヘアメイク、写真家、コピーライター、デザイナーのそれぞれが関わるようなお仕事ですよね。そこは自分にとっては未知の領域です。逆に質問するかたちになってしまいますが、石岡さんは仕事のプロセスにおいて、関わる人々とどんなやりとりをされていたのでしょうか。

──ともすれば我を通しているクリエイターに見られがちではあるものの、他者からの意見をよく求めていたそうです。また、石岡瑛子の伝記によると、彼女にとって制作は「お手合わせ」や「コラボレーション」もしくは「対決」とまで形容されるものだったようです。かなりの程度、現場の相手ありきのスタイルだったのでしょうね。

長谷川──(シュミット氏に向けて)仕事のやりとりでけっこうヘコんでるときもありますよね。

シュミット──はい……。石岡さんのように相手を「口説く」能力がほしいです。音楽家のマイルス・デイヴィスや写真家のアーヴィング・ペンを説得していくストーリーにも表われているような、口説く能力ですね。

──デイヴィスとペンのあいだを取り持って、ジャズアルバム『TUTU』のジャケットを制作した際のエピソードですね。伝記にはこうあります。「ミュージシャンの撮影は引き受けないと噂されたペンだったが、瑛子の熱意に根負けしたのか、『わかった。引き受けましょう。マイルスとエイコのために』と快諾する」(河尻亨一『TIMELESS──石岡瑛子とその時代』、325頁)。

シュミット──日本語版のマイルス・デイヴィスの一対のレコードジャケットも素敵です。
(河尻さんのお話によれば)ありものの写真を使う必要があったこと、二つの別々の会社から発売せねばならなかったという事情があったにもかかわらず──だからこそ?──それぞれ写真は右目と左目、色は金と銀を使い分け、スマートに解決しておられる。オリジナルのタイトルロゴも、斜めの線が効いてて、有機的な写真の造形とのコントラストがかっこいいです。

石岡瑛子展を観覧中のシュミット氏[撮影:artscape編集部]
「石岡瑛子 I デザイン」(会場:兵庫県立美術館、会期:2024年9月28日~2024年12月1日)

ここにいない二人のデザイナーをめぐって

──シュミットさんと長谷川さんのコラボレーションについてもお伺いしたいと思います。ウェブサイトには、2023年にお二人の事務所が統合されるまでの沿革が簡潔に記されていますね。シュミットさんのお父様であるヘルムート・シュミットの名を冠したhelmut schmid designと、長谷川さんの事務所(H TE ARCHITECTS)がひとつになり、hsdesignが設立されたとのことでした。

シュミット──少し補足すると、私は2009年の終わりに、やはりヘルムートと働きたいと思って正式に事務所のスタッフとなり、二人で仕事をしていました。2018年の夏に突然亡くなってしまうのですが、急に看板を下ろすわけにはいきません。動いている仕事もありましたし、始まってもいないプロジェクトもありました。亡くなった後は、helmut schmid designを継いでいかねばと思っていましたし、それらの仕事をきちんとやり遂げねば、と必死でした。
 それらの仕事が一段落したことと、長谷川と一緒にいくつか仕事をしてみて、お互いに仕事の幅に広がりが出るのも良いと考え、二人でhsdesignを立ち上げることにしました。

長谷川──これまでの共同プロジェクトとしては、サイン計画や展覧会の会場構成とグラフィック、最近では、企業の記念施設内の展示空間に携わりました。空間とグラフィックのどちらの領域にもまたがる案件です。
 文字情報を載せるべき素材や空間の在り方、空間に置かれるべき文字情報の在り方を、意見交換しつつそれぞれ作業を進めます。普段三次元空間での構成を考えている僕と、紙面空間に配置をしているニコールと、互いに門外漢だからこそ出てくる意見が、意外と参考になったりするおもしろさもあります。

シュミット──二人で意見を交換できるのは貴重だなと感じています。ヘルムートは事務所で一人の時期も長かったのですが、一人でどうやっていたんだろう? と最近よく思います。一人で作業をしていると、どうしても悶々としてしまいます。だからでしょうね、ヘルムートは、家族にも仕事の途中経過をよく見せていました。私が子どもの頃から、それは変わりません。食事は自宅(同じマンションの別室)で取るのですが、その際、プリントアウトを持ってきて眺めたり、意見を聞いたりしていました。
 彼の晩年はわたしが実務を手伝っていたこともあり、自由な時間も増えていました。新聞を読んだり、読書に耽ったりしていることが多かったですね。インスピレーションを得るのは文章から、ということでした。なので、展覧会などには、ほとんど出向かなかったです。ただ、頭のどこかでデザインの思考が動いていたことも事実だと思います。夜に突然起き出して、作業場のほうに上がっていくこともしばしばでした。どこかしらでは仕事に追い立てられていた面があったのかもしれません(笑)。いま自分がその立場になり、追い立てられる気持ちがわかる気がします。

長谷川──そういえば、石岡語録ではないけれど、ヘルムートさんも自費出版の冊子シリーズ『タイポグラフィック リフレクション』などに言葉を残しています。

「helmut schmid : design is attitude」展ポスター[提供:ニコール・シュミット]

シュミット──そうそう。京都dddギャラリーとギンザ・グラフィック・ギャラリーでの「design is attitude」展のポスターにも使用した、彼の姿勢を書いた言葉もあります。「デザイナーがデザイナーになるのは偶然の一致によってではなく、たゆまぬ継続によってである」「継続とは働くことと探求すること、働くことと闘うこと、働くことと発見すること、発見することと見ること、見ることと伝達すること、そして再び、働くことと探求すること」。そして最後に「デザイナーは自分に対して真実でなければならない。デザインは姿勢である。」とあります。
 この「石岡瑛子 I デザイン」展の醍醐味は、膨大なグラフィック作品でもありますが、同時に石岡瑛子の力強い言葉の数々を通してご本人に出会うこと、というお話がありました。真摯な制作の現場から出てきた言葉たちは、とても響くものがあります。本当に「刺さって」きます。

──ここにいない二人のデザイナーをめぐって、その共通点まで含めてお話ができたように思います。今日はありがとうございました。

石岡瑛子 I デザイン
会場:兵庫県立美術館
会期:2024年9月28日(土)~2024年12月1日(日)
開館時間:10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日 ただし10月14日(月・祝)、11月4日(月・振休)は開館、10月15日(火)、11月5日(火)は休館
公式サイト:https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2409/