HOKKAIDO PHOTO FESTA は札幌在住の写真家大橋英児が実行委員長となり、北海道内の写真家たちが集い、自分たちの力で立ち上げた現代写真のフェスティバルだ。「北海道」で「写真」となると、ネイチャーフォトを思い浮かべる向きもあるだろうが、決してそれだけではない。現代写真を目指す写真家が、彼らの目を通して北海道を再発見し、新しい時代に繋いでいくことを目指し、回を重ねてきた。
写真家による写真家育成のための場作り
北海道の写真フェスティバルといえば東川町で開催されている写真甲子園、東川町国際写真フェスティバルなどの一連の事業が有名だが、当事業は、行政が主体となる町おこし的な側面を持つイベントとは異なり、写真家自身の制作活動の貢献に焦点を当てている。批評家やキュレーター、出版社とのつながりをつくり、このフェスティバルを通して北海道という地域から国内外へと活躍の範囲を広げ、ステップアップしていくこともまた目的のひとつとしている。これはかつて開催されていた六甲山国際写真祭を参考にしたのだという。海外から招聘された著名なレビュアーなど多彩なゲストが写真祭という短い期間に集い、密にコミュニケーションを取りあい、自身の作品をプレゼンし、語り合うという機会を、北海道でもつくりたいと考えた。参加対象は北海道各地、あるいは日本の地方都市で写真家を目指す人々であり、教育プログラムや継続的な写真家育成のベースになりたいと考えているという。オンラインでのイベントも積極的に行ない、その恩恵を受けながらも「写真」の物質性が大切であると考え、リアルな場としてのイベントの開催や、展示や発表の場を継続的に提供している。
フェスティバルの初回は2018年。札幌市中心部のギャラリーなど3会場で写真展を、そして公開ポートフォリオレビュー、写真家たちのためのワークショップ、フォーラムを開催。この構成はその後の2019年、2021年、2022年と大きな変更なく続いた。初回は森山大道など高名な作家による写真展が実施されたが、2回目以降は、前回のポートフォリオレビューの受賞者の写真展を実施することで、イベントの活性化と参加する写真家のモチベーションの向上に繋げてきた。
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2022 ポートフォリオレビューの様子[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2022 ポートフォリオレビューの様子[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2022 レクチャーの様子[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2019 ポートフォリオグランプリ受賞・写真集出版記念 桑迫伽奈 写真展「不自然な自然」展示風景[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2022「写真でつなぐ」展示風景―ポートフォリオレビュー・ファイナリストの写真作家2人と、屋久島国際写真祭(YPF)から推薦を受けた作家1名からなる写真展[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
ポートフォリオレビューグランプリから展覧会へ──中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」
5回目の開催となる今年は、8月末に札幌市内ギャラリーで展覧会がスタートしたのを皮切りに、オンラインフォーラムや、トークイベントを実施。そして9月18日から 9月30日には、モエレ沼公園ガラスのピラミッドで中西敏貴による展覧会「Land of Fusion 地と記憶」が開催された。中西敏貴は2022年のHOKKAIDO PHOTO FESTAポートフォリオレビューのグランプリ受賞者だ。それが今回の展覧会、写真集の出版へと繋がった。
中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」より[© Toshiki Nakanishi]
1971年、大阪生まれの中西は30年以上前から北海道へとたびたび訪れ自然風景を撮影してきた。2012年からは美瑛町に移住し、雄大な大雪山系をフィールドに人々と自然との関わり方を探求し、撮影を続けてきた。
今回発表した作品は34点。北海道東部のオホーツク海沿岸を中心に残るオホーツク文化の遺跡を追った写真群だ。映し出されるのは雪が積もった竪穴住居跡や草むらに埋もれている墓、クマの頭骨や環状列石、ブルーシートに覆われた草原など。写真にはキャプションはない。いずれもドラマチックな光やダイナミックな自然風景などからは少し距離を置いた静かな風景だ。それとは明確にはわからないものも多いが、そこにはオホーツク人が住んでいた痕跡が映し出されている。
中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」より[© Toshiki Nakanishi]
北海道に残存するオホーツク文化の遺跡は5世紀から9世紀までのものと推定される。海洋狩猟民であったオホーツク人は、北からオホーツク海を南下してきた、大陸にルーツを持つ集団で、アイヌ文化に影響を与えたと考えられている。中西はかつて北海道に住んでいた彼らの足跡を追体験するように撮影を続けてきた。
これらの写真は、コロナ禍をきっかけに、北海道という場所・歴史を見直そうと2020年から撮影しはじめたものだ。大阪出身の中西は子供時代から近所に古墳などの遺跡があったり、お墓があったりと、昔の人々の生活の上に、現代の生活があることを、身をもって感じる機会が多かった。しかし、今回追った北海道の遺跡群は忘れ去られたような佇まいで、看板すら立っておらず、そこには人の気配もない。土地の歴史が分断されたようなそれらの場所に一つひとつ足を運び、写真で「見える」ように撮りためていった。北海道に住んでいる人たちが、ここには3万年前から人が住んでいて、その時代ごとに人々の生活があり、今がある、というのがわかるプロジェクトにしたい──。それは和人によって「北海道」と名付けられる前のこの土地に住む人々の日常と現代のわれわれの生活が地続きであること、歴史や文化は国や時代を超え、グラデーションのように繋がっていることを示すための行為でもあった。現代の貝塚ともいえるごみ処理場の跡地に造成されたモエレ沼公園という場所に、もうひとつ、本展の写真群がレイヤーとして重なることで、3万年もの前から北海道で暮らす人々の歴史的な繋がりを立体的に感じられるようにも思える。私たちの立っている場所の下には、何が眠っているのか。開拓の歴史の名のもとに見えなくなってしまっているものは何なのか──。和人の歴史をインストールすることで見えづらくなっている文化が、そこに確かに存在したのだと、写真を見ることを通して知る機会となる。
中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」展示風景[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」展示風景[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
本展の空間構成にも触れたい。展覧会場はモエレ沼公園の屋内施設「ガラスのピラミッド」。ガラス張りのアトリウムには、幅4mほどの大きなバナープリント2点、すり鉢状の階段の底面には出土品の写真が展示された。メイン会場の写真は、和紙にプリントされ、人が歩くことで風が生まれ揺れる、軽やかな空気感を持つよう展示された。鑑賞者が作品にアクセスできる、作品と鑑賞者の隔たりをなくしたいと作家が天井からプリントを吊ることを提案したという。軽やかで光の満ちた空間に、オホーツク地方の涼やかな空気が行き渡るかのような美しい構成であった。
本展のキュレーターは何必館・京都現代美術館の梶川由紀が担当。現在、入江泰吉記念奈良市写真美術館では本シリーズの完全版ともいえる展覧会「The New Land」も開催中で、こちらも梶川がキュレーションを担当している。
中西敏貴、梶川由紀によるギャラリートークの様子(9月18日開催)[© HOKKAIDO PHOTO FESTA]
本フェスティバルのディレクターであり、2019年のポートフォリオグランプリを受賞した写真家の桑迫伽奈は、「作家1人でできることは限られており、飛躍のための場所が必要。そうしたプラットフォームになれば」と語る。本フェスティバルを通して生まれたネットワークが、作家のアイデアをブラッシュアップさせ、作品集や展覧会へと昇華させる。世代を超えたコミュニケーションとつながりが新たなクリエーションとして展開していく。5回目の開催にして、その成果が見えるフェスティバルとなったと言えるのではないだろうか。
北海道の作家発の創造の場を目指す本フェスティバルの未来に、今後も注目していきたい。
HOKKAIDO PHOTO FESTA 2024
会期:2024年8月31日(土)〜9月30日(月)
会場:GALLERY ESSE <ミニギャラリー>、モエレ沼公園、札幌市図書・情報館1階サロン、茶廊法邑ギャラリー
公式サイト:https://www.hokkaidophotofesta.com/
HOKKAIDO PHOTO FESTA2022ポートフォリオレビュー グランプリ受賞展
中西敏貴「Land of Fusion 地と記憶」
会期:2024年9月18日(水)〜9月30日(月)
会場:モエレ沼公園 ガラスのピラミッド アトリウム2/スペース2(北海道札幌市東区モエレ沼公園1-1)
公式サイト:https://moerenumapark.jp/20240918_hpf2024/
中西敏貴「The New Land」展
会期:2024年9月7日(土)〜11月24日(日)
会場:入江泰吉記念奈良市写真美術館(奈良県奈良市高畑町600-1)
公式サイト:https://naracmp.jp/QgZ_oVyS/NZT_sFCz