派遣期間:2024/10/02〜2024/10/07
公式サイト:https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/perform/exchange_perform/2024/10-01.html

(「レポート②:CAN/da:ns LAB 2024/スロー・デイティング」から続く)

今回のプログラムを通じてもっとも印象に残ったのはシンガポールの舞台芸術における教育/育成システムの充実である。まずもってそれはアーティストたちのプレゼン能力の高さというかたちで直接的に体感されることになった。この印象は今回のプログラムにおいてプレゼンを聞いている時間の占める割合が高かったこととも無関係ではないのだが、それにしてもシンガポールのアーティストたちが自分の作品を自分の言葉で語りアピールする姿は(日本の舞台芸術のアーティストの多くがその能力に欠けていることも相まって)私にかなり強烈な印象を残したのだった。

同時に、シンガポールのアーティストたちのプレゼンを聞いていて興味深かったのは、プレゼンをしているカンパニーやアーティストの作風が、必ずしも実験的なそれには限定されていなかったということである。実のところ、国を挙げての芸術文化推進の場だということもあってか、相当に幅の広いジャンル・作風のアーティストがその場には並んでいた。そこにはかなり有名だ(売れている?)というミュージシャンがいたりもしたのだが、そのミュージシャンも含め、アーティストたちは押し並べてプレゼン能力が高く、その点においてはジャンルや作風の違いはほどんど感じられなかったのである。だからこそ、ジャンルや作風のまったく異なるアーティストのプレゼンが並んでいても、さほど違和感を感じなかったのだろう(一方で率直に言ってしまえば同じようなトーンのプレゼンが続くことによる飽きも確実にあったのだが)。

プレゼン能力が高いだけではない。自分の作品について自分の言葉で語れるということは、それ以前に自作のコンセプトについて十全に思考を巡らせ、それを他者と共有可能なかたちに言語化できているということである。だからこそ、例えばda:ns LAB 2024におけるワーク・イン・クリエイションの発表(レポート②参照)のように、進行中のプロジェクトについてもほかのアーティストや観客に開き、意見を交わすことが可能になるのだ。これもまた日本の舞台芸術のアーティストの多くに欠けている能力だろう。

もちろん、必ずしもすべてのアーティストがこれらの能力を身につけなければならないわけではないし、身につけたからといってそれが即座に素晴らしい作品を生み出すことにつながるわけでもない(実際のところ、プレゼンのなかにもコンセプトの面白さに作品の面白さが追いついていないように思えるものは散見された)。それらがなくとも素晴らしい作品を生み出しているアーティストはたくさんいる。それでも、日本の舞台芸術においてこれらの能力はあまりに軽視されていると言わざるをえないだろう。「日本の舞台芸術を世界に」と言うのであれば、すでに活動をしているアーティストに対する支援と並行して、長期的にはこのような教育の部分からの変革が必要になるのではないだろうか。コンセプトを練り、言語化し、それを例えばプレゼンテーションのかたちで他者と共有し意見を交わす能力を養成することは、舞台芸術のアーティストの基礎を底上げし、作品の質の平均を引き上げることにつながっていくはずだ。

学校教育の外に目を向けてみても、シンガポールでは長期的な視野でのアーティストの育成が強く意識されているように思う。例えば今回のプログラムで視察したda:ns LAB 2024は進行中のプロジェクトに対してアーティスト同士で意見交換をすることで芸術的探究を推進することを目的としたプラットフォームであり、しかも短期間の交流と単発のプレゼンで終わるのではなく、年をまたいだ継続的なプロジェクトとして今後の展開も予定されているものだ。このコーチングプログラムをプロデュースしているDance NucleusはVECTORというパフォーマンスのショーケースもEsplanadeとの協働のもとで実施しており、CANにラインナップされていたJoshua SerafinはかつてVECTORにも登場していたのだった。「心理地理学Psychogeographies」をテーマに今年開催されたVECTOR#5には日本から山川陸と武田侑子のTransfield Studioも参加しているが(ちなみに武田は今回の派遣プログラムのスタッフのひとりでもあった)、これはそもそもTransfield StudioがEsplanadeのContemporary Performing Arts Research Residencyに参加したことに端を発するものである。オン・ケンセンのカンパニーであるT:>Worksも2023年からPer°Form Open Academyというアーティストの学びの場を開いている。これらのプログラムは必ずしも直接のつながりをもっているわけではないが、それでも、舞台芸術のアーティストにリサーチやワークインクリエイションのための場が提供され、それが作品の発表へと発展し得る環境がある程度は用意されていることは間違いない。


現地でのオフショット。Esplanadeの外の芝生にて

 

(「レポート④:日本のアーティスト育成プログラムを省みる」へ続く)

執筆日:2024/10/23(水)