派遣期間:2024/10/02〜2024/10/07
公式サイト:https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/perform/exchange_perform/2024/10-01.html
(「レポート③:プレゼン能力と育成プログラムについて」から続く)
日本の舞台芸術界に長期的な視野に立ったアーティスト育成プログラムはどれだけあるだろうか。もちろんコンペティションはいくつもあり、その受賞者には受賞公演の機会が提供されることも多いが、しかしそれはあくまで単発の公演の場の提供にとどまるものであり、リサーチやクリエイションの過程を支援するものではない。現在の日本には残念ながらそれらを支援し、公演単位でなくアーティストの育成に関わるようなプログラムはそれほど多くはないのだが、それでも注目すべき取り組みは存在している。そのいくつかを紹介したい。
公演をゴールとするクリエイションだけでなくリサーチやトライアルにも場を提供しているプログラムとしては、例えば城崎国際アートセンター(KIAC)のアーティスト・イン・レジデンスが挙げられる。昨年からは豊岡演劇祭に合わせてKIACレジデンス・セレクションとして滞在制作の成果を発表する場も設けており、育成プログラムこそないものの、KIACがアーティストの取り組みを長期的に支える重要な場となっていることは間違いない。ちなみに、今年2024年のKIACレジデンス・セレクションで上演されたコーンカーン・ルーンサワーン『Mali Bucha: Dance Offering』はその後、Esplanadeでも上演されていた。また、2023年のKIACレジデンス・セレクションで上演されたユニ・ホン・シャープ『ENCORE – mer』はこの12月に三部作の二作目にあたる『ENCORE – violet』とともにYPAM2024のYPAMディレクションの一作として上演が予定されている。
同じようにアーティストにレジデンスの場を提供しているDance Base Yokohama(DaBY)は、レジデンスアーティストの成果を広く一般に公開しつつ、愛知県芸術劇場との共同製作によるレパートリー作品をパフォーミングアーツ・セレクションというかたちで積極的に発信してきている。アーティストに長期的にクリエイションの場を提供しつつ、プロデュース面にDaBYが積極的に関わることでその成果を発表する場を用意し、さらにそれをレパートリー作品として長く上演されるものに育てていく長期的な視野をもっているという点で、現在の日本の舞台芸術界においてはほとんど唯一無二の場所と言ってよい。パフォーミングアーツ・セレクションは愛知公演を経てYPAM2024での上演が予定されている(YPAMではほかにショーケースの上演も予定)。
DaBYのレジデンスアーティストのひとりであるハラサオリが参加しているPORT: Performance or Theoryは「パフォーマンスアート、パフォーミングアートの両分野の作家を対象とした、相互批評や言説化のためのアーティスト・プラットフォーム」ということで、いわゆる育成とは異なるものの、アーティスト自身が自分たちの取り組みを相互批評を通じて深化させていくための場として運営されているユニークな取り組みだ。
やや方向性は変わるが、KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭(KEX)もまた、アーティストとの関係を長期的な視野のもとで育んできている。例えば2021年に現在の共同ディレクター体制(川崎陽子、塚原悠也、ジュリエット・礼子・ナップ)になってから新設されたKansai Studiesではローカルなアーティストによるローカルな(=京都や関西の)文化のリサーチに焦点が当てられ、公演などの成果発表を前提としないリサーチとその成果の共有が行なわれている。海外からの招聘アーティストに関しても、例えば昨年のKEXで上演されたウィチャヤ・アータマート/For What Theatre『ジャグル&ハイド(演出家を探すなんだかわからない7つのモノたち)』は、KEX2021におけるウィチャヤ・アータマート/For What Theatre『父の歌 (5月の3日間)』の招聘からの継続的な関係の成果としての泰日共同製作作品としてあった(共同ディレクターの塚原とアーティスト・音楽家・サウンドデザイナーの荒木優光がクリエイションに参加)。あるいは、今年上演された穴迫信一 × 捩子ぴじん with テンテンコ『スタンドバイミー』における穴迫と捩子という意外すぎる組み合わせは、両者がともにKEXの会場のひとつでもあるTHEATRE E9 KYOTOのアソシエイトアーティストであったことから打診されたものだったのだという。ローカルな劇場とそのアソシエイトアーティストの取り組みに次なる展開を用意するこのプログラミングは、国際的な芸術祭であること(=グローバルなものであること)とそれが京都という地域を舞台としたものであること(=ローカルなものであること)を両立するきわめて優れた取り組みと言えるだろう。
一方の東京芸術祭には東京芸術祭ファームという人材育成の枠組みがある。このなかにはラボとスクールの二つの枠組みがあり、スクールは舞台芸術に興味関心をもつ学生などの若い世代を対象に、東京芸術祭のプログラムや関連イベントに触れる機会を提供するプログラムとなっている。一方のラボがアーティストらを対象とした人材育成の枠組みで、Asian Performing Arts Campと呼ばれるアジアを拠点に活動する若手アーティストたちのアートキャンプを中心としつつ、制作やライター、過去には演出助手や通訳者など、クリエイションに関わるさまざまな人々の育成も行なっている点に特色があるプログラムだ。過去にはAsian Performing Arts Camp、Farm-Lab Exhibitionと段階を経て、最終的には国際共同制作による本公演をも視野に入れた長期的な育成の枠組みとして構想されていたのだが、現在は規模が縮小され、Asian Performing Arts Campとそこに関わる制作アシスタント、アシスタントライターを対象とする単年のプログラムになっている。ファーム出身者はすでにさまざまな現場で活躍しており、育成プログラムとしては十分な成果を挙げているものの、長期的な育成の場としての機能が大きく縮小されてしまったことはきわめて残念である。優れた育成プログラムであるだけに、再びの規模拡大を望みたいところだ。
今年度からは芸術文化振興基金の助成/委託による複数年度にまたがる国際展開を見据えた人材育成支援事業「クリエイター・アーティスト等育成事業」が始まるなど、舞台芸術における長期的な人材育成のスキームは少しずつ増えてきている印象もある。しかし、残念ながらリサーチやコンセプトメイキングの段階からアーティストとプロジェクトを育てていくようなプログラムはいまだほとんどないのが現状である。precogが今年実施している「世界に羽ばたく次世代アーティスト・スタッフの育成事業 創造のための国際性を学ぶ 次世代の舞台芸術を担う人材育成プログラム BRIDGE」も、メンターを配置するなど育成の側面を強く打ち出してはいるものの、いかんせん現時点で発表されているプログラムは4カ月弱という短期間のものであり、長期的なものとは言いがたい。日本の助成金や予算の仕組みのもとではなかなか長期的な計画を立てることが難しいことも理解できなくはないのだが、真に日本の舞台芸術を豊かなものにしていくためには、それを育む土壌をこそ用意しなければならないことは言うまでもないだろう。
現地にて。シンガポール初のドラァグ・バー「TUCKSHOP」、の隣の店の看板[筆者撮影]
執筆日:2024/10/23(水)